モンブラン
「これがモンブラン。」私はテーブルの上の栗のケーキを指さした。
「うん、うん。」向かいのピンク髪の少女が慌ててうなずく。
「で、こっちもモンブラン。うちの猫。」ケーキの横の三毛猫を指さす。
「うん、うん、うん。」
「一つは食べるモンブラン。もう一つは食べないモンブラン。」三歳児に言い聞かせるみたいに、一音ずつ区切るように言った。「……これでわかった?」
「承知でござる!」少女はひょい、と敬礼した。
そして猫を抱き上げると——耳にガブリ。
モンブランは虚無の顔で、長く「にゃぁ……」と鳴いた。
「何してんだよ!?」慌てて猫を奪い返した。
少女は小首をかしげて、きょとんと私を見る。
「そっちのモンブランを食べるでござる?」
死ぬ!
「三秒前に言ったことも忘れるなら、鳥のエサでもついばんでたほうがいいんじゃない?」呆れて言った。
「『食べるモンブラン』と『食べていいモンブラン』は別物でござる! 食べるかどうかと、食べていいかどうかは別でござる!」ぷんすか腰に手を当てると、髪がピンクから赤に変わった。
あ、そういう解釈もできるのか?
間違ってはいない。……いないんだけど、脳みそに納豆でも詰まってる人間しかそっちに行かないだろ……。
「……ワ〇ピって知ってる?」聞いた。
「知ってる知ってるでござる!」怒りが一瞬で消え、髪もピンクに戻った。
「君があの主人公。ただし食べたのは『常識シュレッダーの実』で、作者はフロイトだ。」
「えぇ〜……?」少女は唇を尖らせ、がっくり机に突っ伏した。髪は今度は灰色だ。
変わりすぎだろ。
ツッコミたい。どういう原理だよ?
感情と同期してんのか? タコでもそこまで気分コロコロ変わんないだろ!
「にゃ〜」少女は目を細め、ケーキをモンブランの前にすっと押し出した。
「シャーッ!!」さっきので懲りたモンブランは、まったく寄ってこない。
「むぅ……」
悔しそうにケーキを引っ込め、茶色いクリームを指先でちょん、とすくって口に入れた。
「んん〜!」初めてこんな旨いものを食べたみたいに、顔がぱぁっと晴れた。
……と思った次の瞬間。
ケーキを——皿もフォークもまとめて——口に押し込み、飲み込もうとした。
「おいおいおい、死ぬぞ! 吐け!」私は慌てて両手で彼女の頬を押さえ、皿とフォークを吐き出させようとする。
「い……や……!」口いっぱいで、拒否だけははっきりしていた。頬は、UFOを丸のみしたばかりのハムスターみたいに膨らんでる。
ごくり。
……飲み込んだ。
やばい、やばい、やばい。終わった。
その瞬間、脳内を言葉とニュースの見出しが雪崩みたいに埋め尽くす。
——「過失致死」。
——「自殺教唆容疑」。
——「衝撃! 神奈川の男子大学生、モンブランで少女を誘い出し……」。
——「ケーキで人は殺せる? 専門家:犯人は中国雑技団だ」。
ああああ! どうしよう!
私の人生、ここで終わりなのか? ただ静かに今日を終えたかっただけなのに!
モンブランは「にゃっ」と鳴いて私の膝から飛び降り、視界の外へすたすた消えた。巻き込まれたくないらしい。
そのとき、リコニコが隣に来て、肩をぽんぽん叩く。
「へーきなのだ。」
絶望しながら顔を上げると、リコニコはケロッとしていた。
こ、これは……
ありえない!
「お前……病院に連れて行くべきか、それとも精神病院か?」
リコニコはにこっと笑って、髪がまた温かいピンクに変わった。
「いらないでござる。リコニコはもともと人間じゃないでござる!」
「何回も聞いたけど……これはもう信じるしかないな……」
このリコニコという少女は、昨日、横浜駅の近くで拾ってきた——いや、保護した。
宇宙人だと言い張って、地球に来た理由は「成人式」のためだとか。
交番に連れて行こうとしたら、何が何でも嫌だと抵抗された。
でも、こんな頭のおかしい危険人物を放っておくわけにもいかない。
私は問答無用で引きずっていった……はずだった。途中で今夜サボテン特番があるのを思い出して、気づいたら家に連れて帰ってしまっていた——
明日でいい。サボテンのほうが大事。
今となっては、どう考えても間違いだった。
「それで、成人式って何をするんだ? 終われば地球からおさらばできるの?」私はため息をつき、まだ幼さの残る顔を見た。
「そう! 終わったらおさらばできるよ。内容はね……」
リコニコは髪を一本抜き取り、掌にちょこんと乗せた。すると、ありえないことが起こった——
レーザーみたいな細い光が天井を突き抜け、髪をふわりと持ち上げる。それを土台に、透明なパネルが層になって組み上がっていった。
「待って待って待って! その光どこから!? 屋根を撃ち抜くな!」慌てて叫んだ。
「大丈夫だよ。リコニコが保証する。すっごく安全。」
自信満々に言うくせに、手のひらから白い煙がもくもく立ち上がってきた。
「安全なわけあるか!! 手が焦げるぞ!!」
「これは正常な現象でござる。」
そう言いながらも煙はどんどん濃くなり、嫌な音まで鳴り始める。
ジ——ッ……シ——ッ……
パネルが完成しかけた、そのとき。
光が手のひらを撃ち抜き、パネルがぽとん、と落ちた。
リコニコはびくっとして、慌ててパネルを拾い上げる。壊れていないのを確認して、ようやくほっとした。
「ふぅ。危なかった。リコニコのiMind Pro、無事でよかった。」穴の開いた手で、額をぬぐう。
「手! その手が無事じゃない!! その穴でシャボン玉でも吹く気かよ!!!」
「あれ?」リコニコは今さらみたいに自分の手を見た。
「『あれ?』じゃねぇよ! 痛覚も自律神経もログアウトしてんのか?」
「えへへ。」照れくさそうに後頭部をかいた。
リコニコ……
お前……本気で言ってるのか……?
ツッコまれないと死ぬ病気なのか?
誰か助けてくれ!
「もう好きにしろ……私はサボテンに水やってくる……」精根尽き果てて立ち上がり、ベランダへ向かった。
私の顔が完全に崩れたのを見て、リコニコは慌てて袖をつかむ。
「待って! 成人式の内容、知りたくないの?」
「今知りたいのは、十六歳くらいの『でござる系』電波女を受け入れてくれる施設があるかどうか……」
リコニコは一瞬固まり、次の瞬間には泣きわめいた。
「リコニコを実験に送らないで!」私の裾をぎゅっと握って、涙目で見上げてくる。「リコニコ、解剖されたくない! お願い!」
『でござる』はどうした!?
「施設は人を解剖しない!」思わず言い返した。
「やだやだやだ!」泣き叫び続ける。
ドン!
隣の住人が壁を思い切り叩いた。
「ほら! 小さな声で! ここ、防音悪いんだから!」
「うわああ——解剖されちゃう!」でも、泣き声はますます大きくなる。
「だから叫ぶなって——」
「リコニコが解剖されちゃう! ううう……」
ピンポンッ。
ピンポンッ。ピンポンッ。ピンポンッ。ピンポンッ。
ピンポンッ。
呼び鈴が、苛立ったリズムで鳴り響いた。
思わず唾を飲み込み、冷や汗をかいたままドアを開けた。
案の定、怒り心頭の隣のお姉さんが立っていた。
怒ってるだけじゃない。少し崩れかけていて、「院試に落ちたら、樹海にピクニック連れてくからな」「お前のナノレベルの良心を鼻の穴から尻の穴まで解剖してやる」だのと、わけのわからないことまで言い出す……。
背筋を伸ばし、ただただ叱られるしかなかった。
隣のお姉さんは二、三言怒鳴って帰るつもりだったらしい。――が、リコニコがまた泣き出してしまった。「解剖」「解剖」と。
爆発する寸前、最速で謝ってドアを閉め、リコニコをなだめに戻った。
隣のお姉さんは報復みたいにベルを数回連打して、バタン!とドアを閉めて部屋へ引っ込んだ。
「リコニコ、地球の映画とか漫画で見たんだけど……ああいう施設って、すごく怖い場所なんだって……。」リコニコはすすり泣きながら言った。
……だから交番に行きたがらなかったのか?
口癖も、自称も……まさか、それ由来だったりするのか……。
「全然怖くないって。あれは善意の人たちが、行き場のない子どもを助ける場所だ。映像作品みたいなところじゃない。」
「ほんと?」
「ほんと。」
「ほんとにほんと?」
「ほんとにほんと。」
「リコニコ、そこに送られたりしないよね?」
「しない。あれはただの冗談だよ。」苦笑した。
リコニコの髪はまたピンクに戻り、にこにこしながら私の右太ももにちょこんと座ると、透明なパネルを机に置いた。
そこには理解不能な言語が並んでいた。とにかく、文字がここまで奇形に育つのを私は初めて見た。
リコニコは私の心を見透かしたみたいに、指でパネルをすっとなぞる。瞬間、日本語に切り替わった。
「とにかく、リコニコの成人式は、この任務を全部こなすことでござる。」
よく見ると任務は十個。うち八個は完了、九個目は進行中、十個目は非表示だった。
……いや、抽象的にもほどがある。
たとえば「オウムに『ホッホッホ、いい安産型だ……』と言わせる」。悪意しか感じない。これはもうテロだろ。
あるいは「地下鉄で、最後の瞬間に優先席じゃない唯一の空席を奪い取る」。
映像が、脳内で勝手に再生された――
疲れ切って車内に滑り込み、やっと座れると思った瞬間、縮地を極めたおばさんに横取りされる。私は諦めて一時間立ちっぱなし。
――成人式っていうより、地球人を嫌がらせしてないか?
しかももっと恐ろしいのは、これらの任務が全部「完了」になってることだ……。
「最後の任務、見えないんだけど?」私は聞いた。
「九つ目をクリアしないと表示されないの!」いたずらっぽくVサインを返した。
ってか、手の穴いつの間に治ってんだよ!?
……やめた。深く考えたら負けだ。
パネルを下へスクロールすると、九つ目の任務は「地球人ひとりの性別を転換する」だった。
待て。
ここにいる「地球人」って、私だけじゃないか?
「リコ――」
言いかけた瞬間、体が彼女の髪に絡め取られた。
長い髪が生き物みたいに、ぐるぐると四肢を縛り、顔さえ逃さない。
声を上げる暇もなく、ピンク色の繭に包み込まれた。
「ん――ん!」
もがいてみたが、声が出ない。髪の隙間から、外がかろうじて見えるだけだ。
予想通り、あの忌々しい光がまた降り注いだ。
細長い光の柱が全身を這い回る。まるで人形を精密に彫刻しているみたいに。
ジ——ッ……シュ——ッ……
電流が走るような、麻酔を打たれたような感覚。全身が痺れて、何も感じなくなっていく。
……のに、数秒後。
私はあっさり解放された。良心でも芽生えたのかと思った。
「お前、いい加減――」口にした瞬間、嫌な予感がした。
俺の声、こんなに細いわけねぇだろ!
他の部位を触って、私は二つ理解した。
一つ。性転換って、数秒で済むのか?
二つ。リコニコの血は何色だ――っ!?
「やった! これで最後の任務だけでござる!」リコニコはiMind Proを持ち、きらきらした顔で言った。
「ぎゃああああ!!!」私はその細い腕で彼女の首をがくがく揺さぶった。
「え……? どこか故障したでござるか?」困惑して画面をとんとん叩く。
「俺を元に戻しやがれ! 地球から出ていけ!! 今! すぐ! 今すぐ!!!」
「あの、最後の任務は『全人類が無条件であなたの願いを一つ叶える』でござる。」彼女はぺろっと舌を出した。
「はぁ――っ!? そんなことできるのはチンギス・ハーンくらいだろ!!」
そのとき、外で突然、凄まじい音がした。
ドガン!
私の理性がまだログインする前に、玄関のドアが蹴り飛ばされた――隣のお姉さんが暴跳しながら入ってくる。
「天城空……貴様ァ!」彼女はまず怒りながら私を指さしたが、現場を見渡すと怒りが困惑に変わった。「……え?」
「にゃ~」モンブランがどこからともなく現れ、私の足首にすり寄ってくる。
「あっ、女装プレイってわけか!」彼女はひらめいたように言った。
「にゃ~」
※台湾の作者です。本作は日本語版として連載しています。
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