Episode 1 ようこそ!(その9)
結果は大成功。
壁の奥にはレトがもぐり込んで待ち構えた。
店の唯一の出入り口には、メルルがあらかじめ魔法陣を仕込んで待機して、逃げ出したデキータを無力化させたのだ。
遺体を処分する現場を押さえられたデキータは観念し、すべてを白状した。デキータには浪費癖があり、いつも金に困っていた。それはアンセルムで働いていたときからで、カーターが王都で独立するときについて行ったのも、そちらのほうがより多くの金を手にできると考えたからだった。
しかし、店は繁盛しているとまでは言い難く、デキータの収入も大して増えなかった。
事件前には、金に困ったデキータはカーターに給料の前借りを頼むようになっていた。しかし、事件の直前、たび重なる前借りをカーターに注意されたうえ、前借りも断られてしまった。
逆上したデキータは思わずカーターの首を絞めてしまったのだ。気がつけば、カーターは自分の足もとで死んでいた。
デキータは焦った。計画的な犯行でなかったため、遺体をどうするか考えがまとまらなかったのだ。しかし、このままにはできない。ぐずぐずしているうちに納品に出かけたヨアヒムが戻ってくる。そうなれば、ヨアヒムに遺体を見られてしまう。
デキータは近くの棚から移動棚であるワゴンを引っ張り出し、そこへもぐり込んだ。壁の板を引っ張りはがし、もともと奥にあった空間を露わにさせた。ひとまず、遺体をそこに隠そうと考えたのだ。板をもとどおりにはめ込み、ワゴンを棚に戻そうとしたとき、床に宝石がひとつ転がっていることに気づいた。ワゴンには同じ石が入ったトレイがある。
そこで、石はこのトレイからこぼれ落ちたのだと反射的に判断して、トレイに石を放り込んでワゴンをしまった。
それからは何食わぬ顔で、戻ってきたヨアヒムと会話して過ごしたのだ。
まさか、魔法石の数が合わないことにヨアヒムが騒ぎ出し、それがきっかけで事件が発覚するとは、デキータもさすがに想像すらできなかった。
こうして、魔法石の謎がからむ事件は解決した。
だが、メルルの問題はまだ解決していなかった。
事務所に採用されるかどうか。合否の判断を聞かされていない。たぶん、昨夜、自分は活躍した。レトさんがそう段取ってくれたからだけど。いやいや、それでも、自分は役に立つって証明できた……はず……。
考えながらメルルは自信がなくなるのを感じた。
ヒルディーは常に冷静で、感情に流されない。自分のアピールがあまりにも感情論に訴えたようなものなので、まるで勝算が立たないのだ。
そのせいで、応接のソファでヒルディーと向かい合ったメルルは完全に委縮していた。
「さて……」
ヒルディーは話を切り出した。「君がこの事務所で働くかどうかだが……」
来た! ついに来てしまった!
メルルは思わず目をつむる。
「どうかね。ここで働きたいか?」
メルルは目をぱちくりと見開いた。「え?」
ヒルディーは表情を変えずに話を続けた。「私は昨日、君がもし、今でもここで働きたいなら、私は考えてもいいと言った。つまり、君の考え次第だ」
それって、え? え?
メルルはすぐに言葉が出なかった。
「……あの、所長さんは、私がここで働くのに資格もないし、メリットもないっておっしゃってましたが……」
「ああ、言った」ヒルディーは認めた。「だが、私はこうも言ったぞ」
――探偵という仕事がどういうものか見ておくといい。それでも君の『やりたい』の気持ちが変わらなかったら、私も君の合否について、もっと真剣に考えるとしよう……。
「あ、あれって……」
「君は、探偵という仕事がどんなものか実際に目にしたわけだ。レトが話したとおり、正義の仕事じゃないこともわかったはずだ」
直接証拠のない状況で、探偵事務所はデキータを逮捕するため罠を仕掛けた。その作戦に自分も関わることになったわけだが……。そう、探偵事務所は容疑者を逮捕するために策を弄することもあるのだ。それを批判的に評することはたしかにできるだろうが……。
メルルは周りを見回した。レトは、メルルたちには背を向けて自分の机で書類仕事の最中だ。おそらく憲兵本部に今回の事件を報告する書類をまとめているのだ。
コーデリアは、ぼぉっとした表情で頬杖をついて窓の外に視線を向けている。その姿にデキータの嘘を見破った鋭さは感じられない。
ヴィクトリアもまた、自分の席で爪磨きに専念している。相変わらず胸のはだけた服装で、理知的な顔つきと合っていない。しかし、メルルの事情を知ってから、メルルのことをずっと気にかけてくれた。今も仕事をせずに爪磨きしているのは、こちらの様子をうかがうためだと、メルルはすでに気づいていた。耳をすませるのに神経を使い、さっきから同じ爪を磨いているからだ。優しく、情の深いお姉さんなのだ。
このひとたちと一緒に仕事をする。
それはきっと素晴らしいことに違いない。
メルルは正面のヒルディーに視線を戻した。
ヒルディーも、この仕事は正義でないと言った。だからどうだと言うのだ? メルルにとって、正義は自分にとってそうだと思うのが正義なのだ。メルルは彼らのなかに正義はあると感じた。自分たちのすべきことに真剣なのだと。それが、メルルが信じる正義の姿だった。
「ぜひ、ここで働かせてください! 昨夜、一緒に探偵の仕事を体験して、その思いはもっと強くなりました!」
「そうか。こちらこそ、と言いたいところだが、君を正式な探偵として雇うわけにいかない。さすがに若すぎるし、資格もないからな。法的な問題も残されている。だが、探偵助手の見習いとしてなら君を迎え入れることができる。それこそ、法のすれすれってところだがな。それでもいいかね?」
探偵助手見習い。たしかに、かなりあいまいな立場だが、メルルに異存はなかった。なあに、今の自分にはそれぐらいでちょうどいい。そこから自分は、自分を高めていくんだ!
「どうぞ、よろしくお願いします!」
メルルは勢いよく頭を下げた。
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ギデオンフェル王国の王都メリヴェール。
『メリヴェール王立探偵事務所』は、王都の中心部を離れた、やや小さい店が立ち並ぶ商店街の一角にあります。ちなみに地図から探すことはできません。
もし、そこを訪ねるのなら、緩やかでも、だらだらと長い坂を登り、少しごつごつした石畳の歩道を進んでください。やがて、大きな屋敷が立ち並ぶ高級住宅地に入ります。『グラン・パシェ公園』を左に見ながら先へ進むと、住宅地が切れ、こじんまりとした建物が並んだ区域に入ります。ここが商店街です。
そこでは花屋を探してください。大小さまざまな色鮮やかな花を毎日店頭に並べたその店は、どこよりも華やかで目につくことでしょう。
その花屋が入っている建物は2階建てで、店の隣に2階へ続く階段があります。階段を昇ったすぐ右手に木製の大きな扉があり、そこに『メリヴェール王立探偵事務所』と書かれたプレートが目に入ります。
休業日は不定期なので、今も業務を行なっているかはノックして扉を開けてみるしかありません。扉が開けば営業中です。
事務所に入ると、大きな応接用のソファが眼の前で腰を据えています。奥が直接見えないよう小さな衝立が立っていますが、小さすぎてあまり役には立っていません。
ですが、そこからひょいとひとりの少女が顔をのぞかせるので、あなたはきっと驚くでしょう。衝立で見えないくらい、小柄の可愛らしい女の子ですから。
彼女は魔法使いが身に着ける服装をしていますが、魔法使いではありません。立派な、この事務所の一員なのです。あなたを見つけると、彼女はにっこりと笑いかけ、あなたの前まで駆け寄ってくるでしょう。
そして、ほんの少し首をかしげて、満面の笑みであなたにこう伝えるのです。
「ようこそ! メリヴェール王立探偵事務所へ!」と。
【Episode 1】まとめ
この物語は、あらすじ紹介にあるとおり、『こちらメリヴェール王立探偵事務所―夜咲く花は死を招く―』に続くものです。本当は、メルルが事務所に迎え入れられる話を加えたうえで『こちらメリヴェール王立探偵事務所―パンドラの箱に希望はない―』と続けたかったのですが、今日までそのエピソードのアイデアがなかったため、実現しませんでした。
今回も、この『ようこそ――』のアイデアはなく、魔法石の鑑定問題のアイデアだけが存在していました。ところが、それをまとめているうちに、これは『夜咲く――』の続きに使えるぞ、と思いついたのです。完全に後出しじゃんけんです。つまりは、Episode 1の後のアイデアもあやふやなまま出航した、という話で……。この先、どうなるか自分でもわかっていませんが、『ようこそ――』が皆さまに喜ばれるような作品になるよう努めるつもりです。今後もどうぞご期待(?)ください。




