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ようこそ! メリヴェール王立探偵事務所へ  作者: 恵良陸引
Episode 1 ようこそ!

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8/9

Episode 1 ようこそ!(その8)

 「上の棚にあった不適格の石のひとつが、どうして下の棚の適格鑑定された石だけ集められたトレイに入っていたのか?」


 レトは話し始めた。デキータを捕らえる前の夕方のことである。

 メルルは事務所でレトたちが戻ってくるのをヒルディーやヴィクトリアと待っていた。ふたりはメルルに何も教えてくれない。いや、ヴィクトリアも何もわかっていないようなので、教えようにも教えられないのだろうが。


 レトとコーデリアはそろって事務所に戻ってきた。メルルの待ちかねていた顔を見ると、レトは少し苦笑を浮かべた。そして、全員が座って話を聞けるよう、奥の会議室で話し始めたのである。


 「そりゃ、上にあった石が何かの拍子に下へ落ちたんでしょ?」

 ヴィクトリアは簡単に答えたが、

 「普通、落下物は途中で軌道を内側に曲げたりしない」

 コーデリアが指でぐいっと曲げるしぐさをしながら否定した。


 「コーデリアさんの言うとおりです。落下物は何らかの力を受けないかぎり、通常は真下へ落ちます」

 レトもうなずいたが、「ただし、落下する先にトレイがあった場合はどうでしょう?」と続けた。


 「適格鑑定された石は移動できるワゴンの上に載っていた。つまり、石が落ちたとき、ワゴンがあの棚の手前に移動していた、ということね?」


 「その可能性はあると思いました。とは言うものの、石がトレイのなかに落ちる確率はかなり少ないと思います」

 「だよね」

 「もっと確実なのは、何者かが落ちた石を拾い、ワゴンに載せられたトレイのなかに入れた場合です」


 「どういうこと?」ヴィクトリアは首をかしげた。


 「つまり、その人物は石が落ちるところを見ていなかった。しかし、床、あるいはワゴンの上に転がっている石を見つけ、トレイからこぼれ落ちたものだと早合点したのです。

 なぜ、石が落ちるのを見ていないのか?

 ワゴンを動かした人物は、棚に振動を与える行動をしていたから。一番考えられるのは、ワゴンを動かしてできた空間にもぐり込み、そこで棚を振動させる行為をしていた、ということです。

 この場合であれば、棚から石が落ちるところは見えません。また、石が小さいので、落ちた音に気づきにくいでしょう。

 ただ、転がっている石を見つけた人物は、ワゴンのトレイにも気づくはずです。転がっている石と、トレイの石は、見た目はまるで同じでした。そのため、この石はワゴンを動かした際、あのトレイからこぼれ落ちたんだと思い込んでしまった。拾った石をトレイに入れてしまっても、それは無理もないかと思います」


 それを聞いてメルルは目を丸くした。適格鑑定された石しかないはずのトレイに、不適格の石がなぜ混ざったのか。メルルも疑問に思っていたが、現場を見ただけでレトは答えを見つけていたのだ。しかも、メルルでも納得できる無理のない考えだ。


 「あの8個の魔法石が9個に増えた真相は、そういうことだったのね」

 ヴィクトリアも納得したようにうなずいた。


 「そう考えれば、次の疑問が浮かびます。その人物は何者で、なぜ、そんな行動をしたのだろうと。また、棚の下で何をしていたのだろうか、と」


 「あのひとたちは自分たちの行動を説明したとき、そのことについては誰も話さなかったよね」

 ヴィクトリアが腕を組みながら言った。「つまり、話したくないことだった」


 「そのとおりです。ここで、カーター氏が行方不明であるという事実がつながってくるのです。

 彼らの話を整理すれば、カーター氏は普段どおりの行動をしていた。しかし、ヨアヒムさんが出かけたあと、戻ってくるまでに何かが起こった。それは弁当箱が残されていたことから推測されます。もし、予定どおりに帰宅の途についていたのなら、カーター氏は弁当箱を手にしていたはずですから。

 店にいたのはカーター氏のほかにデキータ・アニデーシです。つまり、カーター氏が姿を消した事情に、アニデーシが関わっている可能性が非常に高い。

 そして、何者かが棚の下で何らかの行動をしている。そこから考えられるのは……」


 この時点でレトは答えを言わなかったが、メルルの頭のなかには恐ろしい想像が絵のように浮かんでいた。

 それは、棚の下にぽっかりと開いた空間に、ぐったりしたカーターを押し込んでいるデキータの姿だった。


 「カーターさんの遺体を棚の下の奥に隠したのね……」

 ヴィクトリアが暗い表情で言った。


 レトもまた暗い表情でうなずく。

 「あの店はもともと積み荷の一時保管所でした。物をしまうための空間は多かったはずです。それをカーター氏が自分の作業場に改装したわけですが、それにアニデーシも関わっています。とうぜん、どの壁の奥にひとをひとり隠せるだけの空間があるかも知っていたわけです」

 そうだ。自分もそれを聞いていたから、さっきの想像が浮かんだんだ。メルルも心のなかでうなずいた。


 「もちろん、これが殺人ではなく、拉致、誘拐事件の可能性もあります。この場合、カーター氏が、壁の奥でただ意識を失っているだけかもしれません。それを確認したいと思いましたが、さすがにアニデーシの見ている前でそれをするわけにいきませんでした。そこで、アニデーシが店を離れたすきに、シラーナ夫人にお願いして店の鍵をお借りして入ったわけです」


 「その結果は……」

 ヒルディーが続きを促す。

 「カーター氏は見つかりました。残念ながら、すでに亡くなっていました」


 「首に圧迫痕があった。カーターさんは首を絞められたの」

 コーデリアが付け加える。どうやら、コーデリアもカーターの遺体を確認したようだ。


 「あの……」

 メルルが手をあげた。「遺体は見つかっている。状況はすべて誰かが犯人であることも示している。それなのに、あのひとを逮捕しないんですか?」


 「今、君が言ったとおりだ」

 答えたのはヒルディーだ。「アニデーシがやったという直接的な証拠がない。あくまで状況証拠だけだ」


 これには、状況を理解したヴィクトリアがうなずいた。

 「もし、今、アニデーシを逮捕して追及しても、壁の遺体について知らないと言い張られてしまうだけよね」


 「だけど、まだ手は残っている」

 レトは立ち上がった。

 「おそらく今夜、アニデーシはある行動をするはずです。それは遺体の始末をすること。あのまま遺体を放置すれば屍霊化グールかして暴れ出すことは必至です。そうなる前に遺体を処分しておきたい。できれば誰にも見つからないままで。

 アニデーシはおそらく遺体を壁から引き出し、運河へ捨てると思います。その際、首の切断をするかもしれません。それが遺体を屍霊化させず、かつ、誰にも見つからないように処分できる方法です」


 「それについて報告するわ」コーデリアが手をあげた。

 「デキータは、私たちと別れたあと、市場でのこぎりを買っていた。それと、運送業者に頼んで荷車を1台借りていた。カーターさんはかなり太っているという話だったから、担いで運ぶのは難しいみたいね」

 あのとき、コーデリアは別行動すると言って別れたが、デキータの尾行をしていたのだ。


 「本当は殺害したときに運河へ捨てる考えがあったかもしれませんが、そこまで運ぶのは無理だと判断した。それで、ひとまず壁の奥に隠したんじゃないでしょうか」

 レトが説明をはじめたが、メルルはとつぜん気がついた。


 「あ、あの……、レトさんがあのひとを怪しいと考えたのはわかりましたが、コーデリアさんもあのひとを疑っていたんですか?」

 店の前で別れたとき、コーデリアはアニデーシを尾行するために別行動をとった。それは、コーデリアがアニデーシを疑っていなければしないはずのものだ。つまり、店を出た時点でコーデリアはそう考えていた、ということだ。

 「コーデリアだけじゃない。私もだ」

 ヒルディーも声をあげたので、メルルは目を丸くした顔をヒルディーにも向けた。「しょ、所長さんも?」


 どうして? なぜ、ふたりはあのひとを怪しいと考えたの?


 「僕も、事務所で彼らの話を聞いた時点でおかしいと感じていたんだよ」


 「どうしてです?」


 「待ち合わせの時間にカーター氏が現れなかったときの行動について、アニデーシの説明はこうだった。カーター氏の自宅を訪ね、その不在を確認した。そのあと、夫人を伴って、いきなり憲兵本部に捜索願いを申し込んだ」

 「……あ……」

 メルルは気づいた。

 「変です。なぜ、自宅にいないとわかったとき、もう一度店に寄って確認しなかったのか」

 店にはヨアヒムがいるはずだ。念のため、店にカーター氏がいないか再確認し、ヨアヒムにも確認をするだろう。たとえ、カーター氏がいなくても事情を説明し、何か情報が入ってこないか今後の対応をヨアヒムに指示することだってできたはずだ。それをしなかったのは……。


 「店に確認したところで、カーターさんがいないことを知っているからですね? わざわざ店に寄る必要がなかった……」


 「そういうこと」レトはうなずいた。


 「私も同じところで彼に不審を抱いた。だから、この案件に対応することを決めたんだ」

 ヒルディーはレトに話を振られたとき、「いいだろう」と答えていた。あの時点で、ヒルディーはデキータを疑い、調べることにしたのだ。レトはわざわざ「事件性は明らかではありませんが」と断っていたにもかかわらずだ。いや、レトの確認に、ヒルディーは明確に答えたのだ。これは事件だと。


 「中央駅での行動にはもうひとつおかしいところがあった」

 コーデリアが付け加えるように言った。

 「当日便で、翌日には事情を説明し、今後について話し合いたいという手紙を送るなんて、行動が早すぎる。まるで、カーターさんが死んでいるって知っているみたいじゃない。でも、あの時点では待ち合わせの時間にカーターさんが来ていなかっただけなんだよ」

 言われてみればそうだ。状況の確認が進むにつれて、カーターが行方不明であることが明らかになってきたはずなのに、もっと早い時点でその対応をしていたのである。もし、カーターがつい寝坊しただけだったら、その対応は見当違いもはなはだしいことになる。


 それぞれが具体的に根拠を話してくれたので、メルルも自分のなかにあった違和感に納得できた。

 メルルもヨアヒムが「ちょっと店を離れたときに何かあったのでは」と言ったとき、「それは違う」と反論したかった。それは、店を閉める時間に出かけるのであれば、カーターは弁当箱を持って出かけるはずだからだ。つまり、そのまま家へ直帰するはずなのだ。弁当箱が残されていたということは、カーターは店を出なかったのではないか。そう思ったのだ。


 しかし、メルルの思考はそこから先に進まなくなってしまった。もし、そうであるならカーターはどこに消えてしまったのか? 店のなかで消失してしまったのか? それではヨアヒムの「ちょっと店から離れた」のほうが常識的な考えに思えてしまう。


 すごい。このひとたちは本当にすごい。

 メルルは衝撃的な感覚に捉われながら思った。謎に対して、それぞれがきちんと推理して答えを得ている。レトがすごいのは知っていたが、ヒルディーやコーデリアもまるで負けていない。ヴィクトリアだけ「へぇー」と感心しているのが気になるが。

 ともかく、ここまでわかればデキータを一刻も早く逮捕するだけだ……って、あれ?


 「あ、すみません」

 そこでメルルは気がついて謝った。アニデーシが怪しいと気づいた話に夢中になって、レトの話の腰を折ってしまっていたのだ。

 「たしか、まだ手は残っている……。そういう話でしたね?」


 「そう」レトは気にしていない様子でうなずいた。


 「一応、伏線を張っておいたんだ。遺体の処分は急がなければならないこと。処分方法として目の前の運河に捨てるのが最適だとか」

 あのとき、レトはずいぶんと配慮のないことを言っていると思っていたが、あれはデキータを罠にかけるために吹き込むためだったのか。メルルは新たな驚きで目を丸くした。


 「コーデリアさんがデキータの行動を確認して遺体を処分するための準備を進めていることもわかった。あとは網を張って待ち構えればいい。つまり、遺体を処分する現場を押さえてしまえば犯行の証明になるってわけさ」


 そういうことだったのか。メルルはようやくすべてを理解できた。


 「おそらく行動に移すのは今夜。つまりヨアヒムも店を出たあと、ということだ。

 私たちは容疑者確保のための行動に移る」

 ヒルディーがそう言いながら立ち上がった。凛々しい軍服姿なので、まるで何かの軍事作戦でも行なうかのようだ。


 そう言えば、ヒルディーは自分に『最終試験を出す』と話していたが……。


 「君も手伝ってくれないかな?」

 レトはメルルに話しかけた。

 「え、私も、ですか?」

 メルルは驚いて聞き返した。


 「君なら、容疑者に大ケガをさせず、確保できる方法を持っているじゃないか」

 「私が、ですか?」

 困惑が先に立って、同じようなことを聞き返してしまう。


 「ケルン市の事件で君がやってみせたことさ。君は攻撃魔法以外でも魔法が使えただろ?」


 「あ……」メルルは思わず声をあげた。「『脱力の陣』!」

 「対象を体力的に弱体化させる魔法ね」ヴィクトリアがつぶやく。どうやら、ヴィクトリアは魔法に詳しいようだ。


 メルルはヒルディーに視線を向ける。ヒルディーは相変わらずの無表情だ。しかし、メルルはヒルディーの言う『最終試験』がこのことだと思った。


 「お任せください! やってみせます!」

 メルルは勢いよく胸を叩いてみせた……。

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