Episode 1 ようこそ!(その5)
「本当にいいんですか? 私もついてきちゃって……」
メルルはヒルディーの背後から小声でささやいた。
メルルたちは揃って『カーター魔法石店』へ向かうところだった。『メリヴェール王立探偵事務所』と同じブロック内にあるということで、かなり近い。それで全員歩いて向かうことになったわけなのだが……。
「君もついてきたまえ」
立場の決まっていない状況で、どう行動すべきかわからず立ち尽くしているメルルにヒルディーは声をかけてきたのだ。
「私も、ですか?」メルルは目を丸くする。採用が決まったわけじゃないのに?
「探偵という仕事がどういうものか見ておくといい。それでも君の『やりたい』の気持ちが変わらなかったら、私も君の合否について、もっと真剣に考えるとしよう」
ヒルディーの言葉にメルルは真顔に戻った。「よろしくお願いします」
「では行くぞ」
レトは『カーター魔法石店』の3人を連れて先に事務所を出ている。コーデリアとヴィクトリアのふたりも続いて事務所を出た。ヴィクトリアにすればメルルの正体がわからないままだが、仕事を優先し自分の疑問は保留することにしたようだ。質問を繰り返したりはしなかった。
こうして一行は『カーター魔法石店』に向かっているのだが、歩いているうちにメルルの気持ちがくじけかけてしまった。自分の立場を明かすことなく、さも事務所の一員の顔でこの行方不明事件に関わろうとしていることに多少後ろめたくなったのだ。さすがに胸を張れる状況ではない。
「君は何を気にしている?」
ヒルディーは振り返ることなく聞き返した。「これは君にとっても重要な機会だろう?」
それはそうなのだが。しかし、なぜ、いきなり事件に関わらせてくれるのか。メルルには理由がさっぱりわからなかった。さっきの宝石鑑定の件では、たしかに差し出がましい口出しをした。それは、自分が役に立つ人間なのだと主張したかったせいもある。しかし、半ば無意識に、いや、ほとんど勝手に身体が動いた、と表現するほうが正確だろう。あの行動が、ヒルディーのメルルに対する考えに影響を与えたのか。それが確認できない状況でメルルは不安でいっぱいだった。
メルルの不安をよそに、目的地である『カーター魔法石店』はすぐに着いた。徒歩で数分の距離だった。探偵事務所は表通りに面したところにあるが、魔法石店はその裏側の運河に面した道沿いにあった。
「こちらです」
ヨアヒムは鍵束をじゃらじゃら言わせながらカギを開けた。
店は平屋建てで、こじんまりとしたものだった。一行はヨアヒムにうながされるように店に入る。ただ、レトの肩に乗っていたカラス――アルキオネだけは店の屋根まで飛んで、そこで羽を休めた。店に入るのは遠慮したいらしい。
店のなかは思った以上に狭く感じた。両側の壁に、天井まで届きそうなほど棚が並び、どの棚にも大小さまざまなトレイが置かれている。正面の奥に大きな窓があるので室内は暗くない。とはいえ、陽の光が直接入るわけでないので、大して明るくはないのだが。
窓の近くには3人が作業するためと思われる、3台の作業机が並んでいた。それぞれ、大、中、小の大きさだ。おそらく大きさ順に、親方、兄弟子、ヨアヒムのものだろう。机の上には大小さまざまな道具が並んでいるが、大きいと言ってもせいぜい大人の手のひらほど大きさしかない。
「道具はぜんぶ小さいんですね」
メルルは作業机に並べられた道具を見つめながら言った。こういう場所は初めてなので、好奇心が抑えられなかったのだ。「のこぎりとか鉈とかないんですか?」
「お嬢ちゃん、宝石をのこぎりや鉈で切ったりはしないよ」
ヨアヒムが冷静にツッコんだ。「ここにそんな物騒な道具はない」
しまった。余計なこと言っちゃった……。メルルは小さくなってヒルディーの陰に隠れた。ヒルディーの視線が気になったというのもある。
「なんかここ……、宝石を扱うような場所に見えないね」
ヴィクトリアが感想をもらすと、デキータが「そうです」と進み出た。
「もとは、とある商会のもので、運河から荷下ろしした荷物を保管するところでした。そこを親方が買い取って工房にしたのです。当時、一緒に来た俺も改装を手伝いました」
たしかに、ここは『店』と表現するには、客が商品を選ぶような場所には見えない。『店』と言うよりは、今、デキータが言ったように『工房』のほうが適切だと思える。
レトはあたりを見回しながら、「どうも、カーターさんは戻られていないようですね」とつぶやいた。
「そうですね……」ヨアヒムは暗い表情で答える。デキータとシラーナは無言だったが、それがかえって深刻に感じているように見えた。
「では、皆さん。事情を聞かせていただけませんか?」
レトは向きを変えると、3人に話しかけた。
「カーターさんは、ずっとこの店で働いていたのではないのですか?」
レトの問いにシラーナが進み出た。
「主人はもともと『アンセルム魔法工房』の職人として働いておりました。10年前に一念発起して王都で独立したんです」
「そうですか」
レトはうなずくと、デキータに顔を向けた。
「では、あなたも『アンセルム魔法工房』で働いていたのですね?」
「ああ、そうだ」デキータはうなずいた。「でも、俺も王都で働きたいと思っていたから親方に頼み込んでついてきたんだ」
「俺はここで弟子入りさせてもらいました」
ヨアヒムが続けて答える。
「5年前にはもう、ここは評判の店でしたからね。手に職をつけたかった俺には理想のところでした」
ヨアヒムはそう言いながら店の壁に向かって歩き出す。そこには細かく仕切られた棚が並んでおり、ヨアヒムはある棚の前に立つと身をかがめた。見ていると、棚の一部を引っ張り出している。どうも棚の一部は可動式で、引き出すとそのままワゴンになるようだ。
「今日納品する魔法石はここのトレイに入れてあったんです」
ヨアヒムはワゴンの上を指さした。そこにはいくつかの丸いガラス製のトレイが並んでいる。いずれも何かの宝石が入っていたが、ひとつだけ空のトレイがあった。
「こいつです」ヨアヒムは空のトレイを示した。
「で、この不適格の石は、この上の棚にしまっていたんです」
ヨアヒムはポケットから宝石をひとつ取り出しながら言った。それは、さっき改めて鑑定で見つけ出した、規格に合わない宝石だった。
「お前、何かしたのか?」デキータが顔をしかめたので、ヨアヒムは慌てたように両手を振った。「とんでもないですよ! ただ、不思議なことが起こっただけで」
ヨアヒムはデキータとシラーナに、選び出した8個の魔法石が9個になったことを話し始めた。
ヨアヒムが説明をしている間、レトは店内をぶらつくように歩きながらあたりを見渡している。その様子は何かめぼしいものがないか探している買い物客のようだ。
「けっきょく、お前が宝石のしまい方をしくじっただけじゃないのか?」
説明を聞き終えたデキータは呆れたようだった。
「そ、そんなことないですよ。不適格の石だって、こっちの棚にきちんとしまっておいたんです!」
ヨアヒムは同じ棚の上部に手を伸ばすと、ひとつのトレイを取り出した。ワゴンに載せられたトレイと同じものだが、そちらにはたくさんの宝石が入っている。山盛りの状態で、ちょっとしたはずみでこぼれ落ちそうだ。
「これ、これですよ。ここにぜんぶまとめてたんですよ!」
「ずいぶんとダメなのがあるのね」ヴィクトリアが山盛りのトレイに顔を近づけて言った。「ちょっとしたはずみでこぼれ落ちそうじゃない。これだけダメにして合格は8個だけだったの?」
「ち、違う違う! これは、今まではじき出された不適格の石が入っているだけだよ。昨日の分だけじゃないんだ」
「不適格の石をこんなに集めてどうするつもり?大事に取っておいても役にたたないんでしょ?」
ヴィクトリアの厳しいツッコミが続く。ヨアヒムはますます焦りの表情を見せた。
「魔法石として不適格でも宝石だからね。もちろん、装飾品としての値打ちなんてほとんどないけど、建材や、道具のあしらいなどに転用できるんだ。その場合、少量では引き取ってもらえないから、ある程度たまるまで保管していたんだよ」
「ああ、なるほど」
ヴィクトリアは納得したようだ。
「でも、どうして、納品用を保管していたトレイに、不適格の石が混じったんでしょうか?」
メルルはつい、疑問を口にしてしまった。言ってしまってから慌てて口を押さえる。また、でしゃばっちゃった。ちらとヒルディーの様子をうかがうが、彼女は無反応だ。メルルはそこでほっとした。
「だから、こいつが間違えたんですよ」
デキータは完全に決めてかかっている。ヨアヒムは顔を赤くした。「お、俺、間違えていません!」
「でも、実際にそうなってるじゃないか」
この言葉に、ヨアヒムを黙るしかなかった。
「魔法石の謎はいったん、置いておきましょう」
レトが口を挟んだ。どうも、さっきヨアヒムが説明していたのをしっかりと聞いていたらしい。店の様子を探りながらも、耳は大事な情報を聞き漏らすまいとしていたようだ。
「皆さんの話を整理すると、オウヤ・カーターさんの昨日の行動は、これまでと変わらないものだったと聞こえます。カーターさんの様子にまるで異常がなかったと。そうですよね?」
3人は同時にうなずいた。
「ええ」
返事も同時だ。
「どうか、店のなかをもう一度確認してもらえませんか? 何か違和感を覚えることなどございませんか?」
「そう言われてもねぇ……」
デキータは困惑したように室内を見回す。ヨアヒムはさっき石をしまった棚に近づいて、異常がないか調べ始めた。
「私がここに入るのは、もうほとんどしばらくぶりなので、何かわかるかどうか……」
シラーナは自信なさそうな声で数歩奥へ進んだが、ある一点に目が行くと立ち止まった。
「どうされましたか?」
レトが話しかけると、シラーナはひとつの作業机を指さした。
「あ、あれ、主人の弁当箱の包みです。昨日、私が主人に持たせたものです」
レトはシラーナが指さす方向へ進むと、大きな布にくるまれたものを持ち上げてみせた。
「これですか?」




