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ようこそ! メリヴェール王立探偵事務所へ  作者: 恵良陸引
Episode 1 ようこそ!

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Episode 1 ようこそ!(その4)

 「あら、おかえり。レトちゃん。意外と早かったね」

 ヴィクトリアはレトに視線を移すと声をかけた。メルルは事務所にレトが不在なことに気づいていたが、『意外と早かった』の言葉で、やはり、用事で出かけていたのだと思った。

 レト――レト・カーペンターは、メリヴェール中央駅で別れたときと同じように左腕に大きな鎧を身に着け、肩にはカラスをのせていた。あれから一日しか経っていないのに、メルルは自分の心がパァッと明るくなる感覚になった。あまり自覚していなかったが、やはり心細かったのだ。


 レトはざっと事務所を見渡し、メルルがヒルディーの机の前に立っているのを目にとめた。話しかけたくてウズウズしているメルルと違い、レトの表情に変化はない。同じような気持ちどころか、メルルと会えて嬉しそうな様子さえ見せない。

 「お邪魔になるようでしたら、別室で僕だけが対応するようにしますが」

 むしろ、メルルから離れようとする。それは、面接がまだ終わっていないと考え、席を外したほうが良いと判断したようだ。事実、そうなのだが。


 「え、ええー? おふたりともどうしてここに?」

 驚いたような大きな声があがり、レトの話はさえぎられた。声の主はヨアヒムだ。


 「お前こそ、どうしてここに?」

 若い男も意外そうな表情で顔をしかめた。こちらも驚いているようだ。


 「お知り合い?」

 ヴィクトリアがヨアヒムと来客のふたりを交互に見る。ヨアヒムは数歩進み、

 「さっき少しだけ話に触れた、アンセルムに行っているはずの兄弟子です。で、こちらは親方の奥さん」

 と、ふたりの紹介をした。兄弟子と呼ばれた人物は30歳前後ぐらいで、口もとが引き締まった、やや固い印象の男だった。そして、親方の奥さんと紹介された婦人は60歳前後か。小柄で非常に痩せていた。そのせいか全体的に弱々しい印象だ。


 「あなたこそ、どうしてここに?」

 親方の妻が不安そうな表情でヨアヒムに尋ねる。「あなたはお店にいたんじゃないの?」


 「いや、ちょっと急な困りごとが起こりまして……。ですが、つい今しがた解決したので問題ございません。ご安心ください」

 ヨアヒムは少し慌てたように早口で答えた。


 「憲兵本部でイレス・ポンシボー隊長に例の件をご報告したあと、インディ・シザイシヴ伍長に呼び止められたのです」

 ここでレトが説明をはじめたので、ヨアヒムはほっとしたように後ろへ下がる。これ以上、余計なことを説明せずにすんだからだろう。

 「インディ伍長は、このおふたりと話していたのですが、これは憲兵本部が扱うような話でないから探偵事務所で持ち帰ってくれないかとのことです」

 レトはメルルにちらりと視線を向けると、ヒルディーに戻した。「ただ、事務所以外のところで依頼を受けるわけにいかないので、おふたりにはここまで足を運んでいただいた次第です」


 「主人の行方がわからなくなったのです」

 親方の妻が切り出した。「どうか、皆さんでお探しください!」


 「待ってください、ご婦人。ここで依頼内容をお話しになってよろしいのですか?」

 ヒルディーは、なおも話し続けようとする親方の妻に片手をあげて制した。

 「ここには大勢のひとがいますが……」

 ヒルディーは「大勢」と言ったが、視線はメルルにだけ向いていた。


 「別に秘密にする話じゃない」

 兄弟子が首を振って答えた。「それより、大勢のひとに訊いてもらったほうが、いざ探してもらうとき同じ話を繰り返さずにすむだろう」


 「……そうですか」

 ヒルディーはちらとレトを見てからうなずいた。メルルは、自分がこの事務所から出なければならないと思っていたが、ほかの者だけでなく、ヒルディーまでもがそのことを言いださないので、このまま居座ろうと考え直した。もし、このまま事務所から出ると、二度とここに戻れないような予感……、いや不安があったのだ。


 事務所には入り口近くに応接用のソファとテーブルがあった。

 レトは3人をそこへ案内すると、事務所を代表するようにひとりで向かいに座った。ヒルディーは自分のデスクにいて、コーデリアとヴィクトリアはその場で立っている。どうやら、そこで話を聞くつもりらしい。メルルもヒルディーのデスクそばに立ったままでいることにした。


 「ご依頼の話の前に、まずは、皆さんのことを教えてください」

 3人が座ると、レトはこう切り出した。


 「自己紹介か? じゃあ、まず俺からしよう。俺の名はデキータ。デキータ・アニデーシだ」

 ヨアヒムの兄弟子はそう名乗った。続けて、

 「わたくしはシラーナ・カーターと申します。『カーター魔法石店』の店主、オウヤ・カーターの妻でございます」

 親方の妻も名乗る。


 メルルは、『何だろう、このひとたちの名前の適当感』と思ったが口にしなかった。


 最後にヨアヒムが名乗ったあと、デキータが話をはじめた。


 「実は、俺と親方は今朝、王都を発って、アンセルムの街へ行くはずだったんだ。しかし、待ち合わせ時間が過ぎても親方が来ないので、親方の家を訪ねたんだ。そうしたら、親方が昨夜から帰っていないって奥さんから聞かされて……。それで、奥さんとふたりで憲兵に親方を探してもらうよう本部まで訪ねたんだが、あそこじゃ行方不明者の捜索は受け付けていないって断られたよ。それでも食い下がってお願いしていたところへ、あんたが通りかかったって話だ」

 「待ち合わせ場所はどこですか?」

 レトはデキータの顔を見つめて質問する。


 「駅馬車の停留所だよ。メリヴェール中央駅だ」

 「待ち合わせの時間は?」


 「7時。7時10分発のアンセルム行きに乗るはずだった」

 「どのぐらいカーターさんを待ったのですか?」


 「30分ぐらいだな。親方は時間に正確なひとなので、馬車の時間が過ぎても来ないのはおかしいと思ったんだが、念のため、それぐらいは待ったよ」


 「そして、すぐカーターさんの家に向かった」


 デキータは小さくうなずいた。「ああ」


 レトはシラーナに顔を向けた。

 「シラーナさん。カーターさんは普段帰りが遅いとか、まったく家に戻らないとか、そんなことがある方でしたか?」


 シラーナは首を左右に振った。「いいえ。主人はあまり遅くまで仕事はしませんでした。いつもは私が夕食の準備が終わる時間には帰ってきました」


 「ですが、昨夜は帰って来なかったんですね。お探しにならなかったんですか?」


 「はい……」

 シラーナは身体を丸めるようにしてうつむいた。


 「わたくし、王都で10年近く暮らしていますが、買い物に出かける市場あたりしか道に自信がないのです。主人の店も、昼間であれば訪ねることができますが、陽が落ちてしまうとまるで見当がつかなくなるので……」


 「それで店まで探しには行かなかったということですね?」

 「はい……」シラーナはますます身体を縮こまらせた。


 「今朝になっても主人は帰ってこず、どうしたものかと迷っていたところ、こちらの……」

 シラーナはデキータに視線を向けた。

 「主人のお弟子さんが主人を迎えに来て、それで、主人が店を出てから家に帰っていないのだと知りました」


 「カーターさんは昨夜お店を出て帰られたのですね?」


 レトの問いに答えず、デキータは横を向いた。ソファにはシラーナを中央に、右をデキータ、左をヨアヒムが座った形だったが、デキータはシラーナの頭越しにヨアヒムの顔を見たのだ。


 「親方は先に帰りましたよ」

 デキータに言われたわけでもないのにヨアヒムが答えた。

 「たぶん晩の7時までには」


 「たぶん、とは?」


 ヨアヒムは頭をかいた。「いや、俺、昨日は夕方から納品に出かけていて、帰って来たときが7時ころだったんです。そのときは、店には兄弟子ひとりだけでした」


 「親方はいつもの時間に店を出ました」

 デキータが後を引き継ぐように答える。「たいてい6時半ころです」


 「兄弟子の言うとおりです」

 ヨアヒムはうなずいた。


 「デキータさん。昨日のカーターさんに、これまでと違うところは見られませんでしたか?」

 レトはデキータに尋ねた。「どこか落ち着かないとか、心配ごとがありそうだったとか、とにかく普段とは違う行動、態度のことです」


 「いや、そんなところは見られなかったなぁ」

 デキータは否定した。


 「ヨアヒムさんはどうです?」

 「いや、俺も何も気づかなかったです」

 ヨアヒムは腕を組んだ姿勢で首をかしげてみせた。思い当たることがまったくなさそうだ。


 「お酒はよく嗜まれる方でしたか? つまり、泥酔するほど飲まれることがありましたか?」

 デキータは、ヨアヒムと一瞬目を合わせたが、ふたり同時に首を振った。

 「いいえ。親方が飲みに出かけるのを見たことがありません」

 ヨアヒムがそう言うと、デキータはうなずいた。「飲めないわけじゃないんですがね」


 「主人は泥酔するほど飲むようなひとではありません」

 シラーナも否定した。「あのひとは家では飲んでいました。ですが、コップ1杯分と決めていたみたいで、決まった量しか口にしませんでした。もちろん、飲んだら暴れるようなところもございません」

 シラーナは思い出すように天井を見上げた。「あのひとは堅実な性格でした」


 「健康上の問題は? 何か持病がございますか?」

 「たしかに、あのひとはかなり太っていますが、健康に問題ありませんでした。少なくとも医者にかからなければならない病気はしていません」


 「では、仕事上のトラブルはございませんでしたか? 支払いに関することとか」

 レトは3人の顔を見渡しながら尋ねた。この質問にも3人は首を振るだけだ。


 「特に何も。そりゃ、あまり繁盛してませんが。それでも店をやっていくのに困るほどじゃないですよ」

 ヨアヒムが代表するように答えた。


 「所長」

 レトは身体の向きを変えると、ヒルディーに話しかけた。


 「この件の事件性はまだ明らかではありませんが、魔法石店を起点に捜索すべきだと思います」


 「明らかでない、とは?」

 ヒルディーは静かな表情で尋ねた。


 「今朝の時点で、憲兵本部に身元不明の遺体や、意識不明の患者を収容したという情報がなかったからです。もし、それらの情報が回っていれば、インディ伍長も、その照会はしたでしょうから」


 「ふたりを門前払いにはしない、と」

 「ええ」


 「いいだろう」

 所長は椅子から立ち上がった。

 「この件を扱うことにしよう」

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