Episode 1 ようこそ!(その3)
「ヨアヒムさん。鑑定する石はここに持って来てるんですか?」
メルルがヨアヒムに尋ねると、ヨアヒムはうなずきながらズボンのポケットに片手をつっこんだ。
「ああ、ここにあるよ」
ヒルディーの机に置かれた宝石を前にして、メルルは説明を始めた。
「実際に鑑定する前に、私の考えが間違っていないか一緒に検証してください。私が考えたのは、この宝石を3個ずつに分けることなんです」
メルルは実際に宝石を3個ずつに分けた。宝石はどれも真珠のように虹のような光沢をたたえている。どれも同じ大きさ、色味で、見た目だけでどれが不適格の石なのか判別できない。いや、だからこそヨアヒムさえ道具を使って鑑定しているのだ。
「ここで2つのグループをそれぞれ皿に載せて鑑定します。これで1回目。もし、両方が青色に光ったら、残った3個に不適格があるってことです」
「私の考え方に似てるわね」
ヴィクトリアがつぶやくとメルルは大きくうなずいた。
「ええ。ヴィクトリアさんの考えを参考にしましたから。
それで、残った3個を鑑定するわけですが、今度はひとつずつをお皿に載せます。余った1個はそのままです。そこで鑑定。これで2回目。もし、この場合も両方が青色だったら……」
「残った1個が不適格の石だ!」
ヨアヒムが大声をあげた。
「すごい。これなら探し出せる!」
「もちろん、どれか赤く光ればそれが不適格の石だとわかります。もし、最初の1回目で赤く光る皿があったら……」
「最後まで言わなくてもわかる! その赤く光った皿の3個から2個を鑑定すればいいんだ!」
ヨアヒムは興奮したように声をあげ、メルルは「そのとおりです」と言って静かに頭を下げた。
「どうやって、今の方法を考えついた?」
ヒルディーは静かな口調で尋ねた。
「この道具の使い方を、君は以前から知っていたわけではないだろう?」
「ええ。今初めて知りました」
メルルは正直に答えた。
「ですが、私、気づいちゃったんです。この魔法道具は、たしかに2皿分しか鑑定できませんが、今回に限り、3皿分鑑定できるんだって」
「3皿分?」ヒルディーは首をかしげた。
「ヴィクトリアさんが最初説明したとおりです。2皿鑑定したとき、同時に余ったものも鑑定できるんだって。なぜなら、目的の石はひとつだけということが確定しています。だったら、本来、鑑定されない3つ目のグループも消去法で目的のものがあるかどうかわかっちゃうんです。だからこそ、ヴィクトリアさんは余りをあえて出すこと前提で最初の提案を出されたんですよね? ただ、あの考えでは最初の1回を外したら終わっちゃうんですが……」
「もう、その話はやめて」
ヴィクトリアは片手をぶんぶんと振った。恥ずかしそうな様子だ。
ヒルディーはメルルとヴィクトリアのやりとりを眺めながら、さきほどのできごとを考えていた。
……9は3の2乗。つまり、3の倍数で鑑定を行なえば2回で1つの正解を絞り込めることをこの娘は気づいたんだ。ただし、数学の素養から導き出されたものではない。ヴィクトリアの考えを学び、自分なりに推論を組み立てたんだ。
この娘の経歴には初等教育しか修了した記録がない。高等数学はかじってもいないだろう。しかし、この娘は正解を導き出した……。
ヒルディーは、昨夜にレトと話したことを思い出した。
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――『明日、憲兵本部に出頭せよ、ですか?』
レトは聞き返すと、ヒルディーは『不満か?』と返した。
ヒルディーは今朝と同じデスクでレトと話していた。レトはやや小柄な若者で、なぜか左腕だけを覆う鋼鉄製の鎧を身に着けていた。その肩にはカラスが一羽とまっている。アルキオネという名前で、どういう経緯かレトになついて離れようとしない。
『いいえ。ですが、明日の朝、本部へ直行となると……』
レトにためらいの表情があるのをヒルディーは見逃さなかった。
『明日、あの娘の面接に立ち会うことができない、と』
『意図的に所長が手配したわけじゃありませんよね?』
『ずいぶんと穿ったことを言う』ヒルディーは怒ることもなく、むしろ含み笑いを浮かべた。『私が、君の横やり程度で面接に影響されると思っているのか?』
『いいえ』
『この件は偶然だ。ケルン市の事件は特殊なものだったからな。憲兵本部は、あれを魔王のしわざでないかと心配しているのだ』
『あの事件に魔王はからんでいません。ただ魔族がからんでいただけです』
『それを、君の口から直接聞きたいというわけだ』
『やれやれです……。詳細はきちんと報告書にまとめておいたのに』
『そう言うな。彼らは彼らで、きちんと仕事をしようとしている。たしかに愚直だがな』
『所長は僕より辛らつですね』
『甘い判断を嫌うだけだ。だから、メルルという娘についても会ってやる、ぐらいに思っておけ。私が採用するだろうと本気で思っているのか?』
『そうですね。それについては彼女が当日、何を話すか、ですが……』
レトは少し考え込むような表情になった。
『でも、たぶん、このことだけは言うでしょう。彼女は自分の『やりたい』に責任を持つと』
『ほう』
『自由意志のなかにも制約はある。責任というものがあることを自覚しているんです、彼女は。なかなか頑固者ですが、芯の通ったひとです』
レトはそう言いながら、『所長はそういうひと、好きでしょう?』と笑いかけた。
ヒルディーは顔をしかめる。『戯言はよせ』
『それに……』
レトは思いついたような顔で天井を見上げた。
『ひょっとすると、所長も気づくかもしれません』
『何をだ?』
『彼女のことを『面白い』と』
レトは具体的には答えず、それだけを言った。
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あのときはレトの発言の意味や意図がまったくつかめなかったが、今になるとわかる。まるでレトはこの現在を予知していたかのようだ。
……そう。この娘には意外性がある。こちらの想像を軽く飛び越えて行動することがあるのだ。
たしかに、たしかにこの娘は面白い。
冷静なはずのヒルディーの心に、どこか沸き立つものが感じられた。
はっきりとは言えないが、『見つけた!』という快哉をあげたい気持ちに近い。
「やった! こいつだ!」
メルルの言ったとおりに鑑定道具を使っていたヨアヒムが大声をあげた。ひとつの宝石をつまみあげて顔を輝かせている。
「良かったですね、納期に間に合いそうで」
メルルがそう話しかけると、ヨアヒムは顔を輝かせたままメルルの手を握った。
「ありがとう、お嬢ちゃん! 恩に着る!」
ヨアヒムはヴィクトリアにも顔を向けた。
「ヴィクトリアも本当にありがとう。ここに来てよかったよ」
「どういたしましてって言いたいとこだけど私の手柄じゃないし。それに、そろそろ話してくれない? あんた、いったい誰なのよ?」
ヴィクトリアは腕を組んでメルルを見下ろす。怒っているというより、いいかげん知りたいという様子だ。
それを聞いてヨアヒムは目を丸くしてメルルを見つめた。
「え? この事務所のひとじゃないの?」
ここはきちんと名乗るべきだろう。メルルは自分の胸に手をあてて自己紹介を始めようとした。
しかし、これは扉の開く音で中断された。
事務所にレトが入ってきたのだ。しかし、レトはひとりではなかった。年配の女性と背の高い若者も一緒だった。
「ただいまです、皆さん。それと、依頼者を連れてきました」
レトは開口一番、そう報告した。




