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ようこそ! メリヴェール王立探偵事務所へ  作者: 恵良陸引
Episode 1 ようこそ!

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Episode 1 ようこそ!(その2)

 「何だ、いったい。騒々しい」

 さっきから顔をしかめることばかりで、ヒルディーの表情も険しくなってきている。メルルは硬直した姿勢のまま、忘れかけていた緊張がのどもとにせりあがるのを感じていた。


 「聞いてくださいよ所長ー」若い女性。

 「いや、俺の話を聞いてください、実は……」若い男性。

 「勝手に話を始めないで。だいたい、あんたさぁー」

 「そんなこと言ったって、俺も必死なんだよ、本当に!」


 「いいかげん、その漫才みたいなやりとりをやめろ」

 声は低く、大きくはないがヒルディーがそう発言した途端、ふたりは口をつぐんだ。見ると、ふたりとも顔が蒼ざめている。やっぱり所長さんは怖いひとなんだ。メルルは充分に理解した。


 「まずはヴィクトリアに尋ねる。これはいったい何の騒ぎだ?」

 ヒルディーはさっきのトーンのまま尋ねる。ヴィクトリアと呼ばれた女性は蒼ざめた顔を引きつらせた。


 「え、ええとですねぇ。こちらにいる男性はヨアヒムといいまして、私のちょっとした知り合いなんです。正確には行きつけの居酒屋の常連仲間ってとこです、はい。で、そのヨアヒムなんですが、捜査でも調査の依頼でもない相談事を私にしてきたんですよ。そんな話は聞いてられないと断ったのに、事務所までついてきちゃって……」

 ヴィクトリアは「ね、しょうがないでしょ」と言いたげな様子で説明する。並んでみないとたしかなことは言えないが、ヒルディーと同じぐらいの背格好だ。大きく胸の開いたドレスの上から白衣を羽織っている。細い銀縁メガネが理知的で、どこか研究者を思わせるが、大きな胸と胸元の開いた服装のせいで、未成年のメルルでさえ蠱惑的な印象を抱かせた。


 「ここはよろず相談所ではない」

 ヒルディーはそう言いながらも、「いったい、何の相談をヴィクトリアに持ちかけたのだ?」と、ヨアヒムに話しかけた。


 ヨアヒムと呼ばれた男は、少しあばたの見える、かなり若い男だった。酒を嗜むということは彼も成人男性なのだろうが、メルルと年齢が近いように見える。


……やっぱり、王都で暮らすと年をとらないんじゃない?

 メルルはそう思った。


 ヨアヒムの態度もまた、成人男性と言うには頼りないものだった。ヒルディーの質問に目をあちこち泳がせながら落ち着きのない表情だ。


 「どうだ?」

 ヒルディーにうながされ、ヨアヒムは顔をあげた。


 「……実はですね……、この魔法道具を見ていただきたいのですが……」


 ヨアヒムは事務所に入ったときからひとつの箱を抱えていた。魔法道具と言うからには、それに何かの魔法道具が入っているのだろう。魔法道具に馴染みのないメルルは興味を抱いた。


 ヨアヒムはヒルディーの机の上に箱を置き、そこから平べったいものを取り出した。それは分厚いまな板のようなものに、2枚の皿がくっついたものだ。


 「これは、適格審査の術式が施された魔法道具です」

 ヨアヒムは説明を始めた。さきほどよりはだいぶ落ち着いている。

 「実は俺、ここと同じブロックにある、魔法石店で働いてるんです。魔法石店とは材料の石から魔法道具に使うための宝石を精製するところで、俺はそこで見習いをしています。見習いと言っても、もう5年働いてます。最近は、自分で宝石を精製することもあるんですよ」

 ヨアヒムはそういいながら道具を裏返して見せた。

 「ほら、ここにも宝石が埋め込まれているでしょ? これが魔法石。魔法道具を動かすために欠かせないものです」

 ヨアヒムは道具をもとの向きに置き直した。


 「昨日、親方の指示である種類の魔法石の精製をしたんですが、見た目は問題なくてもきちんと機能するかは別問題でして……。そこで、この道具の登場となるんですが、これを使って精製した魔法石が規格にあったものか判定してもらうんですよ。

 ここに2枚の皿がありますが、ここに鑑定する石を載せて鑑定ボタンを押します。皿の近くにそれぞれガラス玉が埋め込まれているでしょ? もし、規格にあっていればこのガラス玉が青く光り、規格外であれば赤く光るんです。昨日は、この作業で8個の石を合格と鑑定して取り分けておいたんです。

 ところがです。ところがですよ、今朝、店にやって来たら8個だったはずの宝石が9つになっているんです! どういうわけか不適格の石が1個混じっちゃったんですよ!」


 「それが問題になるのか?」ヒルディーは不思議そうに尋ねた。「この道具でもう一度鑑定すればいいだろうが」


 「この道具はですね、回数制限があるんですよ」

 ヨアヒムはいまいましそうに答えた。

 「この道具はこれひとつにつき、50回までしか鑑定できないんです。昨日で48回使ったから、残り2回分しかないわけですよ。2回鑑定し終えると、こいつはただのガラクタになってしまうわけで……」

 ヨアヒムはそう言いながら魔法道具を傾けて見せた。「ここに残数が表示されてますが、ほら、ね……」

 見ると、板のまんなかあたりに数字が浮かび上がっていて『2』と表示されている。これが『0』になると、この道具は使えなくなるのだろう。


 「予備はないのか?」


 ヨアヒムは力なく首を振る。「ありません」


 「道具を扱う店から取り寄せられないのか?」


 この問いにもヨアヒムは首を振る。「近くの店をぜんぶ回りましたが、まったくダメでした。この道具はそんなに利用者がいないので、どの店もあまり仕入れていないんですよ」


 たしかに、魔法石の適格鑑定しか使えない道具など、一般的に使われているとは思えない。


 「予備を置いてないってだらしないと思われそうですが、今日は親方と兄弟子が出張でアンセルムの街に出かけることになっていまして、そこでこいつの予備を買い入れる予定だったんです。魔法都市アンセルムなら間違いなく手に入れられるので」

 アンセルムの街のことはメルルも聞いたことがある。魔法の研究が盛んで、王都や、ほかの主要都市とは違い、商業以外で栄えているところだ。


 「魔法道具と言えば、王都でもマントン商会ってところが有名で、そこも当たったんですがね。そこもダメで次に仕入れるのが来月になるって話なんです」


 「来月まで待つわけにいかないのか?」


 「この宝石の納期が今日の昼なんです。あと2時間しかないんです」

 ヨアヒムが困っているわけが理解できた。


 「それで君はヴィクトリアに相談しようとした、ということか」

 「そのとおりです」

 ヨアヒムは頭を下げた。


 「だからぁ、見当違いもいい話なんです」

 ヴィクトリアが口を挟んだ。

 「残り2回で、9個の石を鑑定する方法を考えてほしいって。無理筋の話にもほどがあるでしょ!」


 「だ、だって、君は王立魔法学院で博士課程まで進んだのだろ?」

 ヨアヒムは反論するように言った。「ひょっとしたら、この魔法道具の回数制限を解除することだってできるんじゃないか?」


 「一応、私、公務員」

 ヴィクトリアは自分の鼻を指さした。「違法改造なんてこと、技術的に可能でもするわけないでしょ!」


 「そもそも、どうして回数制限なんてあるんです?」

 メルルが口を挟んだ。「本格的に壊れるまで自由に使えるようにすればいいのに」


 「そりゃあ、制作者が自分のためにしたんでしょ」

 メルルとは初対面であるにもかかわらず、ヴィクトリアはそのことに疑問も感じない様子で答えた。


 「この魔法道具を考えたひとは、あえて回数制限を設けた。そうすりゃ、この道具は繰り返し購入してもらえる。回数制限がなかったら、一度売れちゃうと次、いつ売れるのかわからないじゃない。商売だってあがったりよ」


 「そういうものなんですか」


 ヴィクトリアは腕を組みながら大きくうなずく。「そ。それが世間ってものなの」


 そして、メルルの顔を見つめながら、「ところで、あんた誰?」


 「ヨアヒムさん。ちょっといいですか?」

 メルルはヴィクトリアの問いにかまわずヨアヒムに話しかけた。


 「この道具にはなぜ2枚のお皿がついているんです? 適格、不適格だけでいいなら、お皿はひとつで充分じゃないですか」


 「たしかにお皿ひとつの道具もあるよ」

 ヨアヒムはうなずきながら答えた。「でも2個ついているのは、同時に2つ鑑定できるんだ。2つ同時でも1回分。お得じゃないか」


 なるほど、たしかに。


 「あと、鑑定するのはお皿ひとつにつき、宝石1個なんですか? 一度に何個も入れて鑑定するのはできないんですか?」


 「……できないってわけじゃないけど、まとめて鑑定しても不適格が混じっていたら赤色の判定が出る。たとえ、残りがすべて適格だとしてもね。もし、ぜんぶ適格だったら青色に光るだろうけど」


 「あ、わかった!」

 ヴィクトリアがぽんと手を打った。「運が良ければ一発でわかるわよ」


 ヨアヒムは不思議そうにヴィクトリアの顔を見つめる。「どういうこと?」


 「9個の宝石を4つずつに分けるの。余った1個はそのまま置いておく。で、4個に分けたものをそれぞれ鑑定皿に載せて、鑑定ボタンをポンッ。もし、両方が青色に光れば残った1個が不適格の石ってことよ」


 「もし、片方が赤色に光ったら?」


 「そ、そのときは赤く光った分だけ半分に分けて鑑定。そうすれば、また片方が赤く光るから、それをもう半分に分けて鑑定すれば……」


 「それじゃ3回になるじゃないか」

 ヨアヒムは冷静にツッコんだ。「しかも、最初の1回を外したら終わりじゃないか」


 「あんた、ギャンブル好きでしょ?」


 「そういうギャンブルは遠慮したいかなぁ」


 メルルはふたりのやりとりを聞きながらも視線だけは魔法道具に注がれていた。

 精製された魔法石9個のなかに不適格のものが1個。それを鑑定できる道具は2グループ同時に鑑定できるが、残り2回分しかできない。9個もの石をそんな回数で鑑定することがはたしてできるのか……?


 ふいにヴィクトリアの言葉が頭に蘇った。

――もし、両方が青色に光れば残った1個が不適格の石ってことよ……。


 残った1個が不適格だとわかる? つまり、それは……。


 「……あ……」


 メルルは小さな声をあげた。わかった。この方法なら……。


 「あんた、いったいどうしたのよ。ちなみに、あんた誰?」

 ヴィクトリアがふたたび尋ねる。しかし、メルルはそれに答えることができなかった。ある考えに頭のなかを占められてしまったからだ。


 「私、わかったかもです」


 「だから、何?」さっきから相手されていないヴィクトリアは少し苛立った様子だ。


 「9個の宝石から鑑定道具を2回だけ使って不適格の1個を探し出す方法です」

 メルルは自信たっぷりに答えた。

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