Episode 2 シャーロックを探して(その7)
「麻薬が見つかった、と聞いたが」
『ルッチ』が話を切り出した。
探偵事務所近くのカフェ。ルッチはレトとひとつのテーブルを囲んでいた。小さい椅子が3つある、丸いテーブルだ。その上には湯気の昇るティーカップがふたつ。
「ええ、見つかりました。報告書はお読みに?」
「いや、概略を伝えられただけだ。だから、お前に聞くんだよ。詳しい話を」
レトはカップに口をつけた。少しだけお茶を飲むと、カップを静かに下ろした。
「あの件は、本当はものすごく単純な話だったんです。
監視執行官に追われたマルコムは、証拠になる麻薬入りクッキーを隠そうと塀越しに放り込んだ。それがハーヴィング伯爵の敷地でのことだった。本当はそれだけのことでした。ですが、そのクッキーを庭に放し飼いにされていた犬が見つけ、中身を食べてしまった。人間にとっては一時的な快楽をもたらすものでも犬にとっては毒だった。しかも、それを一度に全部食べてしまった犬は……、シャーロックは死んでしまったんです」
「死んだ犬を見つけた伯爵は、孫娘を悲しませまいと、その事実ごと墓に埋めてしまったわけだ」
「かん口令を敷かれた屋敷の者たちは、麻薬入りクッキーを捜しに来た監視執行官や僕にも事実を伏せ、何も教えてくれませんでした。そうでなければ、あのクッキーはすぐに見つかったわけですが」
「あるじの命令は絶対だからな。許しもないのに、正直にぺらぺらしゃべるわけはないな」
ルッチは納得したようにうなずいた。
「しかし、そのお許しがよく出たな」
「今回は、メルルの働きがすべてでした。
彼女は伯爵の孫娘と知り合い、その過程で犬が何らかの理由で急死したのだと気づきました。そこで、伯爵にシャーロックが死んだことを孫娘に伝えていただき、さらに、その死因を調べる許可を得てほしいと頼んだのです」
「たしか、伯爵の孫娘は幼いのだろ?」
「7歳です」
「すごいことを頼んだな!」
「ええ。あのとき、僕もそう思いました。ですが、シャーロックの死を伝える覚悟をした伯爵は、そのことも承知してくれました。ただし、コニーさん……、伯爵のお孫さんの名前ですが、彼女が拒絶したら許可できないとも」
「なんか、緊張的な場面だな」
「そうですね。本当にそうです。ですが、それは杞憂でした。コニーさんは、シャーロックの死を、いえ、母親の死も落ち着いた表情で受け止めてくれました」
真実を聞かされたコニーの反応は、誰も予想していなかったものだった。まるで前から知っていたような表情で、「そう」とうなずいただけだったのだ。
「お前もその場に同席していたんだ」
「メルルもです。伯爵がそうするようにおっしゃりましたので。それはともかく、コニーさんはきちんと事実を受け止めてくれました。そのうえで、彼女から申し出たんです。シャーロックがどうして死んだのか調べてほしいと」
「7歳の娘が」
「そうです。わずか7歳の娘さんが、です。それには伯爵も驚いていらっしゃいました。伯爵は初めて涙を流し、コニーさんに事実を伏せていたことを詫びておられました」
そのときの場面をレトは思い出した。伯爵が涙を流しながらコニーを抱きしめたとき、コニーもまた涙を流して泣き出した。祖父の身体をしっかりと抱きしめて。ようやく、彼女は本気で哀しむことができたのだ。自分自身を騙し、哀しみから目をそらすことから解放され、誰にもはばかることなく哀しみの涙を流すことができたのだ。
「コニーさんの許可を得て、シャーロックをお墓から掘り出しました。お腹を調べた結果、大量の麻薬が見つかった。そういうわけです」
「事件は単純だったが、何かいろいろ考えさせられる事件だったな」
「そうですね」
ふたりはしばらく無言になってお茶を飲んだ。すでにぬるくなっていたが、ふたりともそれを気になどしなかった。
「それにしても」ルッチがふたたび切り出した。「メルルちゃんには驚かされる」
「今回のことでは本当にそうです」
「真実を見抜いても、犬の墓を暴かせてほしいとまで考えたりするか?」
「メルルは、コニーさんを一個の人間だと扱ったんです。彼女もまた、それにふさわしい態度で応じてくれた」
「ほんの女児と扱わなかった」
「難しいですよね、実際」
レトはしみじみとした表情でつぶやいた。
「子どもはやはり子どもです。ですが、僕たちと同じ人間でもある。どう扱うべきか、どこでその線引きをするのか。こういうことは本来、年齢で線引きできるものでありませんから」
「法律では線引きするけどな」
「あくまで便宜的なものです。精神的なものや思考的なもの、いえ、そのひとそのものを判断するのに、年齢は参考程度のものであって、そのひとの本質を表すものではありません。麻薬に手を出したマルコムのことを、大人だからとか、そんな基準で考えたりはしないでしょう?」
「たしかに」
ルッチは、ほーっと大きく息を吐いた。「俺はひとつ、大きな考え違いをしていたよ」
「何です?」
「もちろん、メルルちゃんのこと。俺はあの子を事務所には似つかわしくないと言った」
「考えが変わりましたか」
「お前もそうだろ?」
レトはすぐに答えなかったが、「否定はしません」とつぶやいた。
「甘ちゃんかと思ったが、現実も直視できる。優しいだけでなく、厳しさも持っている。いや、優しさのなかに厳しさが含まれているってところか。そう思わないか?」
「そうですね」レトは認めた。
「彼女のそういうところが、今回、事件以外のことも解決したと、そう考えています」
レトはそう言いながらカップの残りを飲み干した。
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「どうだ、コニー。今日はいい天気だな」
ハーヴィング伯爵の庭。森と言うには小さな森の前。そこで伯爵はコニーの手をとった。伯爵は黒い喪服姿だった。コニーも黒いドレスに身を包んでいる。伯爵とつないでいない手には小さな白い花束。
「うん、そうだね。おじい様」
コニーは祖父の手を握り返した。
「お母さまに何をお話しするか考えたのか?」
「うーんとね……、内緒!」
「内緒か……」
しかし、伯爵は笑顔だった。そこには取り繕ったものは見られない。「さ、行こうか。シャーロックにもお話ししよう」
「うん!」
祖父と孫娘のふたりは互いに手をつないだまま、静謐な森のなかへと足を踏み入れていった。
【Episode 2】まとめ
『Ragnarok of braves』では大活躍のルッチさん、いえ、ルチウス王太子登場のお話しです。この方は放っておくと本当に出番がないので、ここで登場いただきました。
ちなみに、今回は扱うテーマのほうに重点を置いたので、ミステリとしては弱い内容になったかと思います。ですが、今回はこれでいこうと考えました。このエピソードを読まれて、どのような感想をお持ちいただけたか知りたいと思います。




