Episode 2 シャーロックを探して(その6)
メルルのまっすぐな問いは、王国有数の大貴族をたじろかせた。
実際にハーヴィング伯爵は一・二歩後ろへ下がったのだ。「お、お前は何を……」
「レトさんから聞いていたんです。このお屋敷の敷地には礼拝所や墓地があるということを。でも、コニーちゃんの説明では、お庭にあるのは礼拝所らしい建物のことぐらいで、墓地のことはひとことも出てきませんでした。ただ、彼女が足を踏み入れてはいけない森があることを話していました。その森には、お墓があるのですよね?」
伯爵はすぐに答えない。険しい表情でメルルの顔を見つめるばかりだ。メルルはかまわずに説明を続ける。
「コニーちゃんが話すお屋敷のことを聞いているうちに、そのお屋敷がここではないかと考えるようになりました。犬を外に散歩させる必要がないくらい広い庭を備えていて、しかも礼拝所があるところなんて、レトさんも少ないと話してましたので」
「たしかに」レトは認めた。
「そうであれば、お墓はどこにあるのでしょう? コニーちゃんが唯一立ち入ることを許されない場所。森のなかだと思いました。それは、森のなかが危険なのではなく、コニーちゃんに見られたくないもの、たとえば、コニーちゃんのお母さんのお墓があるのではありませんか?」
コニーの母親は、コニーの手紙に一度は返事を書いた。しかし、以降途絶えたのは、そうすることが不可能になってしまったからではないか。メルルはそう考えた。幼い娘のためなら、多少の無理をしてでも返事は書き続けただろうと思うからだ。そうであればコニーの母親はすでに……。
伯爵はまだ何も答えない。
「そして、シャーロックくんのお墓も」
「お前にどうしてそこまでわかる?」
伯爵の声には怒気が含まれていた。「この敷地に一歩も入っていないお前が」
「コニーちゃん、本当は気づいているんです」
メルルの答えに、伯爵の顔が初めて動揺のものに変わった。「なんだと?」
「シャーロックくんのことはもちろん、お母さんのことも。でも、大人の誰も本当のことを教えてくれないので、いえ、嘘しか話してくれないので、その嘘を信じる努力をしていたんです。私はそれに気づいたからこそ、森のなかにお墓があるとわかったんです」
「嘘を信じる努力……」
コニーは驚いただけで泣き出すほどの女の子だ。しかし、母親のこと、シャーロックのことを話しているときは、必死で涙をこらえていた。うすうすわかっていたから。それでも、大人の嘘にわずかな期待を抱き、必死でそれを信じ込もうとしていたのだ。
本当はすでに失われた可能性。母親が元気になって戻ってくること。シャーロックが戻ってくること。しかし、コニーはそのありもしない『もし』のために、手紙を書き続け、シャーロックを捜そうとした。メルルは、そんなコニーのことが哀しいと思った。あの子をそのままにできないと思った。
「差し出がましいことだと承知しているのですが、コニーちゃんに本当のことを教えてあげるわけにはいきませんか?」
「本当のことだと!」
伯爵は激昂して怒鳴り声をあげた。そして、慌てて屋敷を振り返る。コニーの姿がどこにもないとわかると、ほっとしたようにメルルに向き直った。
「お前、何を言っているかわかっているのか?」
伯爵の声にはまだ怒気が残っていた。「あの子はまだ7歳なんだ。母親がすでに死んでいるという事実がどれほどあの子を傷つけるか、どれほど残酷なことか、お前にはわからんのか?」
「そうですね。わからないのかもしれません。ですが、彼女は7歳ですでに、大人の嘘に合わせようとしているんです。そうやって大人の嘘と折り合いをつけようとしているんです。それもまた残酷なことではないでしょうか? 伯爵様のおっしゃるとおり、彼女はまだほんの7歳なのですから」
メルルの言葉は、伯爵の全身から放たれていた怒気を消してしまった。伯爵は弱々しい老人の姿となって顔を少しうつむかせた。伯爵はうつむいた姿勢のまま、しばらく無言だったが、やがて、ぽつりぽつりと言葉がこぼれてきた。
「そうだな……。お前の言っていることも正しい。子どもに大人の嘘と折り合いをつけさせるものではない。
だがな……、愛するひとを喪った哀しみにくれる姿をお前は直視できるのか? たった7歳。まだまだ母親に甘えたい年ごろだ。あの子に、母親の死の現実を突きつけられるのか? あの子の顔が哀しみに歪むのを見ていられるか?
私はそれを見るのが恐ろしい。あの墓所にはもともと妻の……あの子の祖母の墓がある。あの地へ行くたびに思い知るのだ。愛する者に二度と会うことのできない、あの深い喪失感を。7歳の子どもにはあまりにも酷ではないか?」
「そうですね。私もそう思います。ですが、嘘に嘘を重ねることをコニーちゃんはどう受け止めるでしょうか? いずれは向き合わなければならない現実に目をそらすことを、彼女は覚えようとしているんですよ」
そう。現実から目をそらすことを覚えたら、彼女はどんな人間に育っていくのだろう。その業もまた、酷だ。
メルルは自分の考えが正しいのか、本当のところ自信は持てなかった。しかし、コニーの涙をこらえる姿を放っておくなど、今のメルルにはできなかった。こらえる理由があまりに残酷すぎる。
「ひとつ教えてくれ」
伯爵はメルルに尋ねた。「お前はシャーロックが死んでいると、どうしてわかった?」
「シャーロックくんを探すために、私たちは憲兵の詰め所に向かいました。そこなら、もし、シャーロックくんが保護されていれば見つかるかもしれなかったからです。ですが、シャーロックくんは見つかりませんでした。それだけであれば私もわからなかったんですが、応対してくれた憲兵の方がこう話したんです。『探し犬はここ1か月扱っていない』。そして、『犬を探すひともここには来なかった』と」
メルルは伯爵の脇から奥へ目をやった。コニーを屋敷まで送り届けたバンスが、こちらへ戻ってくる姿が見えたのだ。
「敷地内から消えたシャーロックくんを本当に探すなら、少なくとも近くの憲兵詰め所に問い合わせだけはするはずです。ですが、この数日はおろか、ひと月以上も誰ひとり探し犬の問い合わせがなかったんです。それはつまり、このお屋敷のひとたちは詰め所に尋ねていないということなんです。どうして? それは、シャーロックくんの行方を探す必要がなかったから。すでに見つかっていたから。そうではないですか?」
「……シャーロックは、庭で死んでいるのが見つかった。朝、庭の手入れをする者によって」
伯爵は認めた。そのすぐそばで、執事があるじを心配そうに見つめる。
「あの子が生まれてからずっと一緒だった、あの子にとって兄妹同然の存在だ。母親と同様、あれの死を伝えるわけにいかなかった。だから、私は屋敷の者にあれを密かに葬らせ、このことは決して口にしてはならないと強く命じた。あの子は一所懸命あれを探していたが、いずれ諦めることを願っていたのだが……」
しかし、鋭敏な少女の感性が、大人の取り繕った笑顔を読み取ってしまった。コニーは、母親のことに勘づき、その感覚のまま、今度はシャーロックのことにも気づいたのだ。それでも、彼女は必死で信じようとした。シャーロックはただ庭から出て行っただけだと。もし、シャーロックを見つけられたら与えようと、犬用のクッキーを手にしながら。
「バンス」
伯爵はうつむきぎみの姿勢のまま、執事を呼んだ。執事はそっとそばへと寄る。「何でしょうか、旦那様」
「あの子はどうしている? 休んでいるのか?」
執事は首を振った。「お部屋には入られましたが、ずっと窓辺に立っておられます。お庭の見える窓からです」
「そうか……」
伯爵はしばらく目を閉じていたが、やがて決心したように目を開いた。
「あの子を応接間まで呼んでくれないか。大事な話があると」
「かしこまりました」
本当であれば、メルルはここで屋敷を辞するべきだろう。しかし、もうひとつ、残酷な話をする必要をメルルは感じていた。
「あの、伯爵様」
メルルは話しかけた。
「あとひとつ、コニーちゃんにお話ししていただいてもよろしいでしょうか?」




