Episode 2 シャーロックを探して(その4)
「シャーロックは、わたしが生まれたとき一緒におうちにやって来たの。シャーロックも生まれたばかりの子犬だったんだって」
道すがらコニーはシャーロックについて説明をはじめた。
「コニーは今いくつなの?」
「7さい」
ということは、シャーロックも7歳ということだ。しかし、まだ幼いコニーと違い、シャーロックは完全な大人ということになるが。
「どんな犬なの? 特徴……、ええっと、どれぐらいの大きさで、どんな色とか模様のある犬なのかな?」
7歳の子どもに『特徴』という言葉を使っても通じないだろう。メルルは子どもに伝わる単語探しで苦労しながら尋ねた。
「うーんとね、大きさはこれぐらい」
コニーは片手をお腹の高さにかかげる。「でも立ち上がったら、わたしより大きいんだ」
中型犬以上ってことかな?
「毛並みは? 白いの? 黒いの?」
「どっちも」コニーは答えた。「頭と背中に黒い毛が生えてるの。どっちも丸くて大きいんだ」
「犬種……、なんて種類……、シャーロック以外に何か呼ばれているお名前とかあったかな?」
『犬種』、『種類』。どちらも伝わらなさそうなので、メルルは大慌てで言い直す。
「『しゅるい』……? たしか、『ざっしゅ』だって、お父様はおっしゃってた」
雑種か……。どういう姿なのか想像が難しくなってきた。
「あとね、顔がぐーんと長いの。鼻の周りも黒いんだよ」
雑種だが猟犬型ということか。おおざっぱだが、メルルはなんとなく特徴を把握できたように思った。
「ね、お姉ちゃん。今、どこに向かってるの?」
コニーはメルルと手をつなぎながら大通りを歩いていたが、顔をメルルに向けて尋ねた。
「憲兵さんの詰め所。ここから近くにあるの。そこにはね、飼い主のわからないペットが保護されることがあるの。まずは、そこにシャーロックがいないか確かめてみるの」
「ふーん」
コニーはわかったような、わからなかったような、あいまいな反応だった。
それを見て、メルルは表情を少しこわばらせて先へ進んだ。そもそも、詰め所にはひとりで行くつもりだった。コニーを家まで送り、自分だけで捜す。しかし、コニーは自分も行くと言い張って聞かなかった。それでも説得しようとしたら、ぐずり始めたのだ。ふたたび大号泣でもされたらかなわない。メルルはどうにかなだめたが、けっきょく一緒に出かけることになってしまった。妹や弟も泣きだしたら手がつけられないところはあったが、扱いに困ることはなかった。しかし、コニーの扱いはどうも勝手が違って戸惑うのだ。
コニーを家まで送ろうとしたのは、まだ幼い女の子をひとり外に歩かせるわけにいかないと考えたのはもちろんだが、両親、せめて母親だけにでも直接謝罪したいと思ったのだ。しかし、母親のことを口にすると、そのときもコニーは表情をこわばらせ、家には帰らない、シャーロックを探すんだと言い張った。メルルは家庭に何か事情があるのかもと感じたが、さすがにそこまではつっこんで話を聞くことはしなかった。こうして、メルルはコニーと手をつないでシャーロックを探すことになったのだ。
もともと、捜査をするためにこのあたりの地図は頭に入れている。行方不明のペットを探すなら、まずはもっとも近い詰め所を訪ねるのが一番だと思った。うまくいけば簡単に解決するかもしれない。
「シャーロックくんはいつ、どんなふうにいなくなったの?」
メルルは少し反省の気持ちを抱きながら尋ねた。本当なら、それを真っ先に訊くべきだったはずだが、コニーの号泣で気が動転してしまって、ものを尋ねる順序が頭のなかから吹っ飛んでいたのだ。
メルルの質問にコニーは自分の人差し指をおでこに当てた。
「うーん。シャーロックがいなくなったのはこの間。満月の日の晩」
満月の日。つまり4日前だ。コニーの屋敷がどこか気になってきた。マルコムの事件があったのも4日前なのだ。
「わたしが起きたときには、もうシャーロックはいなくなっていたの」
違うのかもしれない。メルルは考え直した。マルコムが確保されたのは4日前の夕方だと聞いている。コニーの話では、その晩にシャーロックが行方不明になっているのだ。マルコムがシャーロックをどうにかできたとは思えない。
「夜の間にいなくなったんだ。夕方にはいたの?」
コニーはゆっくりうなずく。
「シャーロックに晩ごはんをあげて、お庭でおやすみなさいしてからそれっきり。本当はお屋敷に入れてあげたいんだけど、おじい様がダメだって」
「おじい様がいるんだ」
「すっごい大きいお屋敷なんだけど、ここは犬が入ってはいけない場所なんだって」
子どもの物差しだから、言葉通りに受け取るわけにいかないだろうが、それでも広い屋敷に住んでいるのだろう。メルルはコニーの上等な服装に目をやりながら思った。
「シャーロックはお庭がイヤだったのかな?」
犬が敷地から逃げ出した可能性はあるのだろうか。メルルはそこを確認したかった。
「そんなことないと思う」コニーは否定した。「前のおうちはお庭が狭かったけど、今はこーんなに広いんだから。引っ越して一番はしゃいでたのはシャーロックだったと思う」
コニーは両手を思いっきり広げてみせるが、残念だがそれで広さがどれぐらいかわからない。ただ、シャーロックが思う存分駆けまわることができたというなら、かなり広いのだろう。しかし……。
「最近、引っ越したの? 大きいお屋敷に。おじい様と?」
「ううん。引っ越したのは前の満月の日だったけど、おじい様のお屋敷に引っ越したの。一緒にじゃないよ」
前の満月の日ということは先月ということか。「シャーロックは引っ越してから、お外で遊んだことはなかったの?」
「お庭が広いんだもん。お外に出してあげなくてもシャーロックは走り回っていたよ」
やっぱり貴族の屋敷って……。
「わたしも一緒にかけっこしたんだよ。ずっと走るのできたの。ほんとに広いんだ」
そうそう。小さい子って、かけっこ大好きなんだよね。
メルルは妹や弟を思い出した。ふたりともどこにそんな体力があるのか、延々と走り回っていた。メルルも巻き込まれてかけっこに興じていたが、真っ先にへばってしまうのはいつもメルルだった。ただ、遊んでいたのは果てのない野原だったりするので、メルルは必死でつかまえなくてはならなかった。自由にさせていたら本当にいなくなりかねなかったのだ。
「お屋敷の門は、いつも締まっていたの?」
妹や弟には悪いが、思い出のせいでそんなことが気になった。
「うん」コニーは当たり前のことだと言うようにうなずく。「門はお出かけするときだけ開くの」
まぁ、そうなんだろうけど。
それからしばらく、コニーはシャーロックの思い出をメルルに話して聞かせた。
食いしん坊で、ごはんをあげた後でも何かおねだりしてコニーにのしかかってきたり、気まぐれで、コニーが遊ぼうと誘っても寝転がったまま動かなかったり。急に起き上がるとコニーの顔を舐めまわしたりしたなど……。
コニーの話はとりとめもなく話の順序もばらばらだったが、それでも、コニーにとってシャーロックが『たいせつな友だち』なのだとメルルは理解できた。シャーロックのことを話すコニーの表情はいきいきとして、本当に楽しそうだった。さっきまで見せていた泣きべそ顔は完全に消え、メルルは正直なところ、ほっとした。
そうするうちに、メルルとコニーは住宅地のはずれに着いた。その角には四角張った建物があり、入り口には兵士姿の男が立っている。ここが憲兵の詰め所だ。
「着いたよ」
メルルはコニーの手を優しく引く。コニーは珍しそうな表情で建物を見つめていた。
「探し犬?」
受付に座っている男はメルルとコニーの顔を順に見つめた。かなり若い憲兵で、着ている制服も新品の匂いがする。何の件で尋ねて来たのか受付ノートに書き込むと、その若い憲兵は珍しそうな表情でノートから顔をあげたのだ。
「ええ。この4日ほどの間に保護された犬っていませんでしたか?」
「いなかったよ」
即答だった。
「たしかですか?」
落胆したコニーがうつむくのを感じながらメルルは食い下がった。
「探し犬はここ1か月扱ってないね。犬を探すひともここには来なかったよ。ほら」
若い憲兵はノートをぺらぺらめくってみせた。
「犬に限らず、飼いネコとか保護したらこのノートに必ず記録が残るんだ。最近あったのは白い猫を1匹保護しただけ。先月のこと。すぐ飼い主が現れてお引き取り。以来、動物関連の記録はまったくないよ」
メルルは礼を言って詰め所を出るしかなかった。
さて、次はどこに当たるか考えていると、握られた手が痛くなってきた。コニーがうつむいたままメルルの手を握りしめているのだ。表情は見えないが、涙をこらえているのが伝わってくる。
「まだ諦めるには早いよ。詰め所はここだけじゃないし」
メルルは少し早口で話しかけた。とは言うものの、この近くにあるほかの詰め所はこの区域の対角線の先だ。戻った先をさらに進み、角を曲がってその果てまで進まなければならない。大人の足でも少し疲れる距離だ。
シャーロックがもし、この区域内で保護されたのであれば、その場所にもよるが反対側の詰め所にいる可能性はある。通りは大きな馬車が行き交うところなので、新天地に慣れていない犬が通りを越えて進むのは考えにくい。下手をすれば馬車に轢かれてしまう。
幸い、そんな事故が起きたという話は耳にしていない。王都で起きた事故の情報は毎日事務所に届けられる。メルルはその情報をチェックするのを日課にしていたのだ。
しかし、その詰め所まで行く必要があるのか。メルルは考え込んだ。コニーは屋敷から――正確には敷地内から――シャーロックがいなくなったと言っている。しかし、門は開いていなかったとも。開いてもいない門からシャーロックが出るのは不可能だろう。まだ一軒目であるが、詰め所で犬が保護されたという話はなかった。貴族も住まう高級住宅地では野良犬はすぐつかまる。貴族やその家族が野良犬に襲われないように。それぐらいこのあたりは治安が行き届いているのだ。それに、通りの状況からこことは異なる区域まで足を運んだのも考えにくい。そうであるなら、そもそもシャーロックは屋敷から外に出ていないのでは……。
そこまで考えてメルルは思わず首をかしげそうになった。
じゃあ、シャーロックは屋敷から消えてしまったの?




