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ようこそ! メリヴェール王立探偵事務所へ  作者: 恵良陸引
Episode 2 シャーロックを探して

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Episode 2 シャーロックを探して(その2)

 「この大きい塀は何ですか?」

 メルルは高い塀を見上げながらレトに尋ねた。塀は目にまぶしいほど白いもので、高さは2メルテを楽に超えている。メルルはもちろん、レトでさえも塀のふちに手をかけてよじ登るのは無理そうだ。


 「ハーヴィング伯爵の屋敷があるところだよ」

 レトは塀に背を向けたまま答える。メルルは目を丸くした。「屋敷って……。この塀に囲まれているところすべてですか?」


 メルルが両手を大きく広げてみせる。実際に、塀はふたりが立っている細道の端から端までひと続きだ。つまり、敷地の一辺が百メルテ以上ある、ということだ。


 「広すぎるでしょ、これ」

 メルルは改めて塀を見上げる。少しぼぉっとした表情は、感嘆のものとも呆れているものともとれる。


 「地方領主は自分の敷地内に教会や墓地を持っていることがある。ハーヴィング伯爵は領地ではなく、ここに礼拝所や墓地を持っているそうだ。それができるだけの土地を持っているってことだね。でもまぁ、王都でこれだけの敷地を持っているひとは少ないだろうね」

 レトはうなずいた。レトの肩には一羽のカラス――アルキオネがとまっている。カラスは細道の奥に目を向けると「かぁ」と短く鳴いた。


 「来たみたいだ」レトはアルキオネと同じ方角に目をやった。


 細道の切れ目からひとりの男が姿を現し、こちらに向かって歩いていた。服装は濃紺の上下姿で、街の商人と同じ格好だ。黒ぶちのメガネをかけているのが遠目でもわかった。


 「あのひとが監視執行官?」

 メルルが思わずつぶやく。


 「あなたがレト・カーペンターさんですね?」

 近づいた男はレトに話しかけた。「治安管理班所属、マーベリック監視執行官です」


 「はじめまして。レト・カーペンターです。ですが、よく確認しないで名乗られましたね」

 レトは差し出された手を握りながら言うと、マーベリックは少しはにかんだような笑みを浮かべた。

 「左腕にだけ大きな鋼鉄の鎧。そして、肩か頭にいつもカラスを乗せている。王都にどれだけ人間がいようと、そんな人物はあなたひとりしかいません」

 「そんなに目立ちますか」

 「逆に、鎧をはずし、カラスを遠ざけられてしまうと、誰もあなただと認識できなくなる。変装するには有利ですね」


 メルルはマーベリックの顔をまじまじと見つめた。マーベリックはお世辞にも男前とは言えない。目鼻立ちにこれといった特徴のない地味な人物だ。しかし、レトの格好についての感想は、これまで考えたことがないような視点で意外性も感じた。見た目ではうかがえない、高い知性を感じさせる。


 マーベリックの視線がこちらに向けられたので、メルルは頭を下げた。

 「探偵助手見習いのメルルと申します」


 マーベリックは小さく会釈した。「どうぞよろしく」


 「監視執行官。被疑者を確保した場所と、それまでの経緯をご説明いただけますか」

 レトはすぐ用件に移った。マーベリックも心得ているようで、すっと右手で奥を指さす。

 「マルコムを確保したのは、ここよりもう少し進んだあたりになります。こちらです」

 マーベリックはふたりの先に歩き出す。ふたりは無言でついていった。


 「ここです」

 マーベリックは立ち止まると塀に手をついた。ずっと続く塀はよく清掃されていて汚れらしい汚れがなかったが、マーベリックが手をついたあたりだけ泥のような汚れがついている。


 「ここでマルコムに追いつき、格闘のすえ確保いたしました」

 「追っていた方角はあちらですか?」

 レトはもともと立っていた方向に目をやりながら尋ねた。


 「そうです。あの角を曲がったところで、ちょうど先ほどおふたりが立っていたところを歩くマルコムを発見したのです」


 レトとメルルが立っていたのは、細道に入って20メルテ進んだところだ。マルコムを取り押さえたのはさらに50メルテ先になる。つまり、マーベリックはマルコムが50メルテ逃げる間に20メルテ差を詰めて追いついたということになる。すごい足の速さだ。しかし、マーベリックは体格的にもレトとあまり変わらないぐらいで、運動能力が高そうに見えない。

 治安管理班は隠密性が要求される部署だと聞いたが、見た目で能力を感じさせない人材が集められたということだろうか。

 メルルはそんなことを考えてしまった。


 「被疑者はまっすぐ走って逃げたのですね?」

 レトは何の感想もない様子で質問を続ける。

 「そうです。その間、マルコムは何かを投げ捨てたりする行動は見せませんでした。断言できます」


 「なるほど。では、被疑者を追い始めた場所から説明をいただいてよろしいですか?」

 「もちろんです」

 3人は細道を戻り、角を左に曲がった。そこも同じような細道と高い塀が続いている。ただ、こちらはひと続きというほどでもなかった。ところどころ切れ目があり、塀が格子状の金属柵になっているところもあった。


 「この先に進めば売人が商売をしていた通りに出ます」

 マーベリックは短く説明した。


 通りに出ると、あたりは一気に王都らしい景色に変わった。広い道路には何台もの馬車が走り、歩道には大勢のひとが行き交っている。マーベリックはレトを目立っているかのように言っていたが、通りに出たレトの姿を気にする者はひとりもいない。誰も3人のかたわらを何ごともなく通り過ぎていく。


 「売人が商売していたのはこちらです」

 マーベリックは少し歩いた先で立ち止まると下を指さした。とある塀に近い歩道で、少し離れたところでワゴンを前に立っている女性の姿が見える。この距離ではワゴンのなかまでわからないが、何かの商品が入っているのだろう。このあたりで路上販売をしているようだ。


 「あのように、ここで商売している者は珍しくありません。法的には認められていませんが、憲兵隊も厳しく取り締まってはいないようです。まぁ、お目こぼしってところですね」

 マーベリックはさらに歩道に並ぶ樹々を指さす。「私はあのあたりの並木に隠れて監視していました。おおよそ20メルテ離れたあたりです。マルコムは私がいたところとは逆方向からやって来ました」


 「マルコムは監視対象の人物だったのですか?」


 「いいえ。ですが、赤い帽子をかぶっていました。麻薬の売人は、一般客と区別するため、顧客には赤い帽子をかぶるよう指示していました。さらに、紙袋に入れるよう注文する客が『本当の』客です。何も知らない客は、透明の袋に入ったクッキーを受け取るだけですから」


 「マルコムは赤い帽子をかぶり、さらに、紙袋で菓子を受け取った。そういうことですね?」


 「ええ。ですから、マルコムは顧客のひとりだと確信できました。私は並木の陰から出てマルコムを尾行しようとしたのですが、私の姿を見るや駆け出したのです。瞬間的ですが、これをそのまま見逃すわけにいかないと判断しました」


 「治安管理班に監視されていると気づけば、売人も姿を消して、そこで商売をしなくなる。これまでの捜査が振り出しになる」


 「おっしゃるとおりです。私たちは複数で監視していたのですが、同僚も同じ判断で行動して売人を押さえました。ですので、私がマルコムを追ったのです」


 「被疑者はこの細道に逃げ込み、監視執行官も細道に入った。しかし、ここで1分近く見失ってしまった」

 レトは細道に視線を向けた。道はすぐ十字路になっていた。まっすぐ進んだ先も十字路だ。


 「ご覧のとおりです。マルコムは十字路をすぐに曲がり、私がこの道に入ったときにはすでに姿が見えなくなってしまいました。ただ、この一帯は高級住宅地で防犯意識が高く、塀は高く設置されています。簡単に塀を乗り越えてどこかの敷地に逃げ込むのは難しいだろうと判断し、諦めることなく探し続けました。結果、あの細道で発見し確保できたのです」


 「しかし、その時点で被疑者は麻薬を持っていなかった」

 「正確には買ったはずの菓子袋そのものです。たしかに紙袋を受け取っていたので、逃げる途中でどこかに隠したのは間違いありません。逃走範囲が絞られるので、袋はすぐ見つかると思いました」

 「隠す方法は、どこかの敷地に投げ込むぐらいしかないですね」

 「そうですね。私たちもそう考えました。私たちは手分けして逃走経路沿いに並ぶ屋敷を訪ね、許可を得て敷地の調査を進めました。しかし、すべて調べたにもかかわらず紙袋は見つからなかったのです」

 「敷地すべてを調べたのですか?」

 レトの問いにマーベリックは首を横に振った。「紙袋は小さく軽いものです。あまり遠くまで投げられないだろうと、塀沿いを集中的に調べたまでです。関係のない敷地の奥まで調べるには根拠がないとできません」


 「魔法道具を使って隠した可能性は?」

 「それはないと断言します」

 マーベリックの断定口調に、レトの表情が初めて動いた。「断言できるのですか?」意外に思ったようだ。


 「私たち治安管理班は独自の術式を開発しています」

 マーベリックはそう言いながらメルルに顔を向けた。「メルルさん。あなたは魔法が使えるのですね?」

 服装からそう思われたようだ。メルルはうなずいた。「ええ、少しですが」


 「何でもいいので、何か魔法を使ってもらっていいですか?」


 「魔法を?」

 メルルは困惑した表情でレトの顔を見たが、レトは無言でうなずくだけだった。メルルは気を取り直して、口のなかで小さく呪文を唱えると、手のひらの上に小さな炎を立ち昇らせた。


 「けっこうです」

 マーベリックが片手をあげたのでメルルは炎を消した。


 「では、今度はこちらの番です。いいですか」

 マーベリックは左袖をまくり上げると銀色に輝く腕輪が姿を現した。ここでは一般的な魔法道具で、いろいろな術式を埋め込むことで魔法が行使できるものだ。


 「痕跡調査トレイス」マーベリックが魔名を唱えると、腕輪が輝きだした。腕輪の光は煙のようにたなびいて、やがてメルルが炎をあげたところで丸い光の玉になった。


 「魔法を使うと、魔法が発現した一帯の魔素が消失します。これは魔法道具を使用した場合も同様です。一定の時間が経つと、魔素の失われた部分は他と混じり合って痕跡は消えてしまいますが、短時間であれば魔法を行使した痕跡は残っているのです」


 「初めて見ました。こんな魔法があったのですね」

 レトは光の玉に顔を近づけながらつぶやいた。感情をあまり顔に出さない男だが、知的好奇心は旺盛で、初めて見るものには目を輝かせる。今も、メルルでもわかるほど興味津々の表情だ。


 「マーベリックを見失ったとき、私はこの魔法を使いました。もしかしたら離脱魔法イクストリケーションで逃げるかもしれない。そう思ったからです。ですが、痕跡調査トレイスの魔法には何の反応もなく、マルコムは魔法を行使することなく逃亡中であるとわかりました」


 「なるほどです。よくわかりました」

 レトは理解したようにうなずいたが、そこに失望の表情がのぞいていることをメルルは見逃さなかった。

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