勇者になるとき 1
つぎの日。
「おい、おきろ」
寝ているミソラの肩を、だれかがをゆさぶった。
「う~ん、もうちょっと寝させて」
ふとんをたぐりよせて、ミソラはダンゴムシのようにまるまった。
「さっさとおきろ。きょうは町案内をする約束だろ」
「町案内? あ、そうか。きょうはシドを――って、なんで、わたしの部屋にいるの!」
とびおきると、黒い長袖のTシャツを着て、グレーのロングパンツをはいたシドがベッドのまえに立っていた。
服はおそらくお父さんのお古だろう。
どちらもぶかぶかでサイズがあってないのに、スタイルがいいせいか、かえって、そのゆったりさがおしゃれだ。
「な、な、なんで勝手に女子の部屋に入ってるの!?」
「勝手にじゃない。ノックはした。入られたくないなら、カギぐらいかけておけ」
「ふつうはカギがかかってなくても――」
「はやく着替えろ」
反論するまえに、シドがクローゼットをあごでさした。
「着替えをすませたら、すぐに出発するぞ。あと――」
シドが床に落ちていた36点の数学の答案用紙をひろいあげる。
「部屋がきたない。あとでかたづけておけ」
勝手に部屋に入られたうえに、追試ギリギリの答案用紙を見られ、おまけに部屋のきたなさを指摘される。
これ以上ない最悪な休日の幕開けだった。
* * * * *
それから30分後。
ふたりは、丘の頂上にある広場にいた。
なぜ、ふたりがこの場所にいるのかというと、
「ミソラ、この近くに広くてしずかで人がこない場所はないか?」
「そんな都合のいい場所――ある」
そんなやりとりを家を出るまえにしたからだ。
広場には休憩のためのちいさな建物と転落防止用の柵があるだけで、ほかにはなにもない。それにくわえて人のすがたもない。
シドのいう「近くて広くてしずかで人がこない」という条件がすべてそろっている。
「気にいった。家から近いし、訓練場にするには、うってつけの場所だ」
「訓練場?」
「声勇は毎日の訓練をおこたらない。訓練でからだと声をきたえなければ、ナラズと戦うことはできないからな」
「どんな訓練をするの?」
「走りこみや腕立てふせなどの体力づくり、武器を使っての実戦訓練、あと発声練習や滑舌をよくするためのボイストレーニングだ」
「あのさ、シド……」
「なんだ?」
「体力づくりや実戦訓練はわかるよ。でも、ボイストレーニングって、ナラズと戦うのに必要なことなの?」
「とうぜんだ。声の力を引き出すためにも、声勇はふだんからのどや声帯をきたえておく必要がある。せっかくだ、錬声術について、くわしく――」
いきなりシドが言葉を切った。
「いや、やっぱりやめよう」
「え、なんで?」
「いくら隊長のむすめでも、一般人のおまえを戦いに巻きこむわけにはいかないからな。きのうは場合が場合だったから錬声術のことを話したが、あれで説明はおわりだ。もうおまえに話すことはない」
「そんなこといわずに教えてよ」
「ダメだ」
「おまえには知る権利があるって、きのういったじゃない」
「それとこれとはべつの話だ」
「ちゃんと部屋もかたづけるから」
「部屋は、きれいにしておくのがあたりまえだ」
シドがくるりと背をむける。
「とにかくおまえに教えることは、もうない。いまからおれは広場のまわりを走る。おまえはあっちで休んでいろ」
そういってシドは屈伸運動をはじめた。
声勇は、いったいどんなボイストレーニングをするんだろう。
声優をめざすミソラは、それが気になって仕方なかった。
よし、こうなったら、マンガやアニメでよく見る〝あの〟手を使ってみよう。
「もしかして、シドって錬声術のこと、なにも知らないんじゃないの?」
「なに?」
シドがこちらをふりかえる。
「どういう意味だ?」
「シド、ほんとは錬声術のこと、ぜんぜん知らないんでしょ。それで説明できないから話をはぐらかそうとしてる」
「そんなことはない!」
シドが顔を真っ赤にしてさけんだ。
「おれは筆記も実技も首席でヴィガーノ隊に入った男だぞ。いいだろう、おまえに錬声術のことを一から教えてやる」
やった、作戦成功!
〝挑発〟というありきたりな手だが、スオンド人にはーーというよりシドにはちゃんと効果があったようだ。
「まずは『装声』から説明するぞ」
シドがふかく息をすう。
「装声」
その直後に、シドの黒髪が炎をまとったような赤色に変わった。
「『装声』は声の力を身にまとう錬声術だ。こうすることで、おれたちのからだは強くなり、ふだんの何倍もの力を出すことができる。髪の色が変わるのは術の影響だ」
「髪の色が変わってパワーアップ。なんだかバトルマンガの主人公みたい」
「なにかいったか?」
「なんでもない。こっちの話」
「つぎは『錬声』だ。これは声の力をかたちにする術で、おもに武器をつくるのに使う。『装声』と『錬声』。ナラズと戦うのに必要なのは、このふたつの術だ」
つぎにシドは歴史上の偉大な声勇のことを話してくれたが、これは右から左へすべて聞き流した。
「つぎはボイストレーニングについて説明するぞ」
まってました!
ミソラはこぶしをぎゅっとにぎりしめた。
「まずは発声だ。『いち、にの、さん』で息をすって、そのあと10秒間、息を吐きつづけろ。それじゃあいくぞ。いち、にの、さん!」
息をすったり吐いたりする練習は本物の声優もしているし、ミソラもふだんからしているので、すこしは自信がある。
ミソラは空気をすいこむと、
「ハーーーーーーーーーー」
10秒かけて、ゆっくりと吐き出した。
「つぎは滑舌だ。まずはおれが手本を見せる」
シドがおなかに両手をあてる。
「ドドドレドミドファドソドラドシドド」
滑舌をよくする練習のひとつに早口言葉があるが、シドがやったのは、おそらくそれのスオンド版だろう。
「おまえもやってみろ」
さっそく挑戦してみることにした。
「ドドドレドミドふゃ……」
「なかなかむずかしいだろう。アニメの声優をめざすなら、これも練習メニューにくわえてみるといいぞ」
「そうだね。これも練習メニューに……ん?」
「どうした?」
「なんで……知ってるの?」
ジリジリと後ずさりして、ミソラはシドと距離をとった。
朝の空気はひんやりとしているのに、ひたいからはジトジトしたいやな汗が、とめどなく噴き出てくる。
「わ、わたし、声優をめざしてることはお母さんにも話したことないんだよ。なのに、なんでシドがわたしの夢を知ってるの!?」
「きのう、ひたいをあてたときに、この国の言葉と一緒に、おまえの記憶が頭に流れこんできたからだ。だから、おれはおまえの夢を知っているし、発声練習やマンガを朗読していることも知っている」
「し、知ってるのは発声練習と朗読だけ?」
「いや、おまえの練習メニューはすべて知っている」
「そんな……」
はずかしい。
顔から火が出るとかいうレベルじゃなくて、頭が噴火しそうなほどはずかしい。
シドは知ってるんだ。
わたしが四つんばいになって、犬の鳴きまねをしながら腹式呼吸の練習をしていることも、おしりだけで部屋のなかを歩きながら歌の練習をしていることも、発音をなめらかにするためにペンをくわえて音ずらしの練習をしていることも、シドはぜーんぶ知ってるんだ。
(は、はずかしすぎるー!)
ミソラはその場で気絶したいと思った。
そんなミソラにシドは、
「がんばれよ」
意外すぎる言葉をかけてくれた。
「夢をもつと人のこころは豊かになる。よく隊長がいってた言葉だ。ナラズにおびえることなく、すべての人が夢をもてる世界をつくる。それがおれたち声勇の役目だ」
そういって、シドはミソラにむかってこぶしを突き出した。
「この町はおれが守ってみせる。だから、おまえは自分の夢にむかって進め」
「あ……うん、わかった」
もじもじと返事する。
「応援してるぞ」
そのあとすぐに、シドは広場のまわりを走りはじめた。
応援してるぞ。
たったひとことだけど、シドにそういってもらえたとき、ミソラのこころはロウソクの火がともったみたいに、じんわりとあたたかくなった。
(夢を応援してもらえるのって、こんなにうれしいことなんだ)
トクトクトク。
心臓の鼓動が、いつもよりすこしだけはやい。
まるでうれしくてスキップをしているみたいだ。
(ありがとう、シド)
声に出す以上の想いをこめて、ミソラはこころのなかでシドに感謝した。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。




