ハレオチとイケメン 3
ミソラ、ねぇ、ミソラ。
だれかが自分を呼んでいる。
ミソラ、おきなさい、ミソラってば。
ちいさなときから、ずっと聞いてきた声。
そうだ、この声は――。
「お母さん……」
目を覚ますと、そこにはミソラのお母さんが腰に手をあてて立っていた。
「ミソラ、まずは説明おねがい。あの子がだれで、どうして、この家にいるのか。それをぜんぶお母さんに説明してちょうだい」
お母さんが少年に顔をむける。
彼はいまもソファで眠ったままだった。
「ええとね、お母さん。じつは……」
(説明しても、ぜったい信じてくれないよね)
そう思いながら、ミソラはデコピタ以外のことをすべて話した。
「……ていうことなんだけど、信じてくれないよね」
「信じる」
「そうだよね、こんな話、信じるはず――え?」
信じる? お母さん、いま信じるっていった?
ミソラは何度もまばたきしながら、
「お母さん、いま、わたしの話を信じるっていった?」
「うん、いった」
「どうして? あんな話、ふつうはぜったいに信じないよ」
「お母さんはミソラのいったこと、ぜんぶ信じるよ。だって――」
お母さんが、ふふっと笑う。
「だって、お母さん、それとおなじ体験したことあるもん」
「どういうこと?」
「よく聞いてね、ミソラ。あなたのお父さんは、この世界の人間じゃないの。べつの世界からやってきた異世界人なの」
「異世界人?」
お父さんが異世界人?
お母さんは、いったいなにをいっているの?
眠ってすこしだけスッキリした頭が、またぐちゃぐちゃになる。
「だってお母さん、まえにいったじゃない。お父さんはテレビ局につとめてる外国の人だって――」
「それはぜんぶウソ。だって『あなたのお父さんは次元の穴をとおって、この世界にやってきた異世界人なの』っていっても信じないでしょ」
「それはまあ、ぜったいに信じないだろうけど……」
「あなたのお父さんはね、スオンドっていう『音の世界』からやってきた人なの。だから、お父さんは外国人じゃなくて――」
「スオンド人」
こたえたのは少年だった。
いつのまにか少年は目を覚まして、ふたりの会話を聞いていた。
「ええ、わたしの夫は、あなたとおなじスオンドからきた声勇よ。夫の名前はファラド。ファラド・ヴィガーノ」
「ファラド!」
少年が、バッとからだをおこした。
「おばさま、いえ、奥さま。おねがいです、いますぐおれをファラド隊長に会わせてください!」
「ざんねんだけど、それはできないの」
「なぜ!?」
「だってあの人はもう――」
お母さんが目を細めて、天井をあおぎ見る。
彼女の夫であり、ミソラのお父さんはもうこの世にいない。
ミソラが生まれるまえに、ファラド・ヴィガーノは亡くなってしまったのだ。
「もしや隊長はもう……」
「ええ、ファラドさんはこの町をナラズから守ってくれた。でもナラズの呪いが原因で、あの人はいのちを落としてしまったの」
「そうか、あのとき受けた呪いが原因で……くそっ!」
少年がくやしそうにうでをふった。
「あの、お母さんたちはなんの話をしているの?」
えんりょがちにミソラがたずねる。
「わたし、お父さんが声優だったなんて、はじめて知ったよ。っていうかスオンドってなに? ナラズってなに? 呪いってなに?」
「それについては、おれが話そう。すこし長くなるが、おまえには知る権利があるからな」
少年はソファから立ちあがると、にぎったこぶしを胸にあてた。
「おれの名前はシド・クルティス。グイード王国の声勇だ」
「どこの所属の?」
「所属部隊はヴィガーノ隊。階級は一等兵だ」
「いや、そうじゃなくて、シドさんはどこの芸能事務所に所属してるんですか」
「事務所?」
「はい。だってシドさん、声優なんでしょ?」
「ああ、おまえがいっているのは、動く絵に声をあてる声優のことか」
「動く絵って……アニメのこと、そんなふうにいう人、はじめて見ました」
「おれのいう声勇とは、声の力で戦う勇者のことだ。声の勇者、略して声勇。こういえばわかるか?」
わかるかといわれても、わかるわけがない。
ミソラのこまった顔をさっして、シドは説明をつけくわえた。
「神社で、おれが『錬声』といったのをおぼえているか? 声勇は錬声術とよばれる魔術で、みずからの声の力を引き出すことができる。『錬声』もその一種だ」
「じゃあ、シドさんは魔術を使って、自分の声で剣をつくったってことですか?」
「そうだ。おれたち声勇はそうして、むかしからナラズと戦ってきた。おまえたちがゲル・ピープルと呼んでいるのは、ナラズという音を食べて成長する生体兵器だ」
「セイタイヘイキ?」
「戦争のために兵器としてつくられた生物のことだ。ゆえにナラズはほかの種族をおそう習性がある。やつらのせいでおれは……」
そこで一度シドは言葉を切った。
でも言葉にしなくてもワナワナとふるえるこぶしが、彼の過去がどんなに悲惨であったかを物語っていた。
「あるときナラズは巨大な次元の穴を発生させて、べつの世界へ行こうとした。おれたちはそれを阻止するためにやつらと戦った。その戦いのなかで、隊長は次元の穴にすいこまれてしまったんだ」
「じゃあ、お父さんは次元の穴をとおって、この世界に?」
「そうだ。隊長は穴にすいこまれるまえにナラズの攻撃を受け、からだに呪いをかけられていた。あの呪いがなければ、いまもきっと……」
シドが顔をしかめる。
「おれは隊長をおって、すぐに穴にとびこもうとした。だが、ナラズに――さっき、神社で戦ったやつにからだを押さえつけられて、飛びこむのがおくれた」
「おくれたって、どのくらい?」
「そうだな、4秒ぐらいだ」
「ちょっとまってください。お父さんがこっちの世界にきたのは16年まえなんですよ。なのに、たった4秒しかちがわないシドさんが、いまになってこっちの世界にくるのって、おかしくないですか?」
「次元の穴のなかは時間もゆがんでいる。たった4秒の時間が、スオンドとこの世界のあいだに16年もの時間のへだたりを生んだんだ」
「4秒が16年……」
「おれはナラズにからだを押さえつけられたまま穴に飛びこんだ。そしてあいつと一緒にこの世界に落ちてきた」
「落ちてきた? あ、もしかして、あのハレオチって――」
「そうだ。あのカミナリこそ、ふたつの次元をつなぐ道だ。おそらくスオンドとこの町とは、次元の道がつながりやすいんだろう」
「じゃあ、これからもたくさんのナラズがコトノハ区にやってくるんですか」
「次元の道はあらゆる世界につながっている。つながりやすいからといって、穴に入ったすべてのナラズが、この町にやってくるとはかぎらない」
「でもそれって、行きたい世界に行けるかわからないってことですよね? どうしてナラズは、そんな不便な穴をあけたりしたんですか」
「ナラズには仲間も組織も関係ない。知らない世界でひとりになろうが、音さえ食えればやつらはそれでいいんだ」
「そんな……そんなのって勝手だよ!」
「そうだ。ナラズは勝手だ。そんな勝手なやつらを、おれはぜったいに許さない。スオンドにもどれない以上、おれがこの世界をナラズをから守りぬいてみせる!」
シドが声高らかに宣言した。
「シドくん、ありがとう」
お母さんが礼をいった。
「でも守るのは、この町だけで十分よ」
「どういう意味です?」
「ファラドさんは、亡くなるまえに錬声術でコトノハ区に結界をはってくれたの。だからナラズはこの町から出ることができない」
「そうか……。隊長、ありがとうございます」
シドは目をとじて、天国の隊長に感謝した。
「いろいろと話したいこともあるけど、きょうはおそいから話はまた今度にしましょう。そうだ、ミソラ。あしたは休みなんだし、シドくんに町を案内をしてあげてよ」
「えっ、わたしが?」
「あなた以外にだれがするのよ。それと2階に使ってない部屋があるでしょ。あれをシドくんに貸してあげてもいい?」
「ちょっと、お母さん! それってシドさんをこの家に住ませるってこと!?」
「あたりまえじゃない。むすめにデコピタした人をおいだすわけにはいかないでしょ」
「ど、どうして、デコピタのことを――」
「いったでしょ。お母さんもあなたと『おなじ体験』をしたって。わたしも出会って、その場でされちゃったのよね~、ファラドさんからのデ・コ・ピ・タ」
お母さんがほっぺたに手をあてて、はずかしそうに肩をゆらした。
「スオンド人はデコピタすることで、その人の話している言葉を話せるようになるんだって。シドくんがあなたにデコピタしたのは日本語を話せるようになるため。だから下心なんてぜんぜんないの」
「そ、そ、そうなんだ。し、下心なんてぜんぜんない……んだ」
ミソラはちらりと横目でシドをうかがった。
シドはふたりのやりとりを、つまらなそうな顔でながめている。
うん、あの表情と態度なら、お母さんのいったとおり、1ミリも下心はなさそうだ。
「きょうからシドくんはわたしたちの家族。これからはゴミ出しとか買い出しとかバンバンおねがいするから、そのときはよろしくね」
なるほど。どうやら、お母さんはシドに力仕事を押しつけたいらしい。
* * * * *
そのあと、お母さんは2階の部屋をかたづけにいった。
「家族……か」
「シドさん?」
「なんでもない。むかしのことを思いだしていただけだ。それとおれを呼ぶときはシドでいい。あと敬語も必要ない」
「いいんですか? シドさんのほうがたぶん年上ですよね」
「おれがいいといってるんだ。それともこの世界では家族でも敬語で話すのか」
「そういう人がいないこともないけど……あ、ちなみにシドさんって何歳ですか?」
「15歳だ。とにかく、おれのことはシドでいい。ためしに呼んでみろ」
「ええと、それじゃあ」
(男の人を呼びすてにするなんて、ちょっとはずかしいな)
「……シド」
声に味なんてないのに……。
そのとき吐き出した息は、すこしだけ甘酸っぱいような気がした。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。




