声の力 4 (最終回)
アンジェロ教会につくと、シドはいそいでとびらをあけた。
教会のなかはめちゃくちゃに荒らされていた。
割れたガラスが床に散らばり、真ん中からへし折られた長椅子が無造作に壁際に積みあげられている。
「ナナ!」
ナナは部屋の奥にある聖壇のそばでナラズのまえに立ちふさがり、高田先輩を守っていた。
「ナラズ、おまえの相手はおれだ」
「ジャマをスルナ」
ナラズがこちらにからだをむける。
「ワタシのユメはアイドルにナルコト。ワタシはゼッタイにアイドルにナル!」
ナラズがシドめがけておそいかかってきた。
「錬声!」
シドは盾をつくり、ナラズのパンチをふせいだ。
「ナナ、いまのうちににげろ!」
「サンキュー、シドっち」
ナナが高田先輩をつれて教会の外に出る。
「ジャマをスルナ! ワタシのユメのジャマをスルナ」
ナラズが何度も盾をなぐる。
「ワタシはゼッタイにユメをカナエル。ジャマするヤツはミンナ、タオス」
ナラズがおおきくうでをふるった。
「錬声!」
シドは盾をムチに変えて、それをナラズのからだに巻きつけた。
「ミソラ、いまだ!」
ガシャーン!
ステンドグラスを割って、窓からミソラが教会にとびこんできた。
「ウオオォォ!」
ナラズがムチを引きちぎった。
「ミンナ、ミンナ、ミンナ、テキだあああ!」
ナラズがミソラになぐりかかる。
「よけろ、ミソラ!」
ミソラはからだをおおきく動かして攻撃をよけると、ナラズのふところにとびこんだ。
そして、
「ラシ・ラ・ミソラ」
両手でナラズをだきしめた。
ナラズをだきしめることで、ミソラはアサミを救えると考えていた。
「わたしがいなくなっても、だれもこまらないから」
橋の下でナラズに変わるまえ、アサミはそういっていた。
それだけじゃない。中庭で胸を押さえたときも、アサミは自分がアイドルになれるわけないといっていた。
もしナラズがアサミのネガティブな感情をエネルギーにしているなら、その感情を消すことでナラズを弱らせ、アサミを救うことができるかもしれない。
ラシ・ラ・ミソラ。
その言葉の力を信じて、ミソラはナラズに語りかけた。
* * * * *
見えない。
言葉も出ない。
もうナラズをとめる力もない。
アサミの意識はナラズのこころのなかで、どんどんちいさくなっていた。
わたし、このまま消えちゃうのかな。
いやだ。消えたくなんかない。
アイドルになる夢だって、本当はあきらめてなんかない。
ずっとあこがれてきたキラキラとワクワクのステージ。
あの舞台に自分が立ちたい。
たのしいことより、辛いことや大変なことのほうが多いのはわかってる。
それでもわたしはアイドルになりたい。
夢をかなえたい。
そのとき、あたたかい感触がアサミの意識に触れたような気がした。
「アサミちゃんの気持ち、わたしにはわかるよ」
ミソラの声がアサミの意識につたわってきた。
ナラズがいまどうなっているのか、アサミにはわからない。
でも、これだけはっきりと声が聞こえるからには、よほどふたりは近くにいるのだろう。
「わたしもね、夢があるの。わたしの夢は声優になること。声優になって、たくさんの人を笑顔にしたいの」
そっか。ミソラちゃん、声優になりたいんだ。ミソラちゃんは見た目も声もかわいいから、きっと人気声優になれるよ。
声を出せないので、アサミは意識のなかでミソラと会話した。
「声優になりたくて、わたし毎日マンガを朗読したり、発声練習したりしてるんだよ」
わたしもね、毎日、歌やダンスの練習をしてるんだよ。
でも、どれだけやってもうまくならないの。
それって、わたしが才能のないダメ人間だからだよね。
「でも失敗したり、うまくできなかったりするたびに、そんな自分がすごくイヤになって、自分のこと、ずっとダメ人間だって思ってた」
え、ミソラちゃんもおなじこと考えてたの?
ミソラとアサミのこころが一瞬だけ重なったような気がした。
「ダメダメな自分がきらいで、自分で自分にひどいことをいったこともある。だから、わたし、アサミちゃんの気持ちわかるよ。うまくできない自分にいらだったり、情けなく感じたりする気持ち。わたしにはぜんぶわかるよ」
「ミソラちャん……」
自分の声がナラズの口から出るのが、はっきりわかった。
「自分はダメな人間だ。存在価値のない人間だ。そう思ったこと、きっとあるよね」
「うン……ウん……」
「イライラしたり、情けなく感じるのは本気で自分の夢にいどんでる証拠。だから、そんながんばり屋さんの自分をほめてあげて」
ホメル? ホメルトハナンダ?
意識のなかでナラズの声が聞こえた。
ナラズは理解できないのだ。
いままでアサミは自分のことをほめたことがなかった。
だから、アサミのこころに寄生したナラズは、ミソラのいっていることが理解できないのだ。
「ホメていいノ? ワたシ、ジブんのこト、ホメてもイイの?」
「アサミちゃんの夢をいちばん近くで応援しているのはアサミちゃん自身。だから自分をほめてあげて。がんばってる自分も、それを応援してくれる自分のこともほめてあげて」
ワカラナイ。リカイデキナイ。コワイ。
ナラズの意識がどんどんちいさくなってゆく。
理解できないものへの恐怖。
それがナラズの意識をちいさくしているのだ。
イヤダ。コワイヨ。ココニイタクナイヨ。
ナラズの意識とアサミの意識がわかれはじめた。
見えなかった景色がぼんやりと見えてくる。
からだの感覚がすこしずつ自分のものになってくる。
自分をだきしめてくれるミソラの手。
いまはその感触をはっきりと感じることができる。
「ラシ・ラ・ミソラ。アサミちゃん、自分のこと愛してあげて」
そうだ。ここは教会。愛も許しも言葉にできる場所。
だからいおう。ちゃんと自分にいおう。
ありがとう、わたし。
アイドルを好きになってくれてありがとう。
アイドルになりたいって夢をもってくれてありがとう。
いままで、いろんなひどいことをいってごめんね。
だけど、これからも、わたしはわたしとずっと一緒。
だから、もう自分を傷つけたりしない。
いままでも、そしてこれからも、わたしはわたしと一緒に夢にむかって進み続ける。
転んでもいい。立ちどまってもいい。
そのときは手をさしのべるし、一緒に休憩もする。
だから、これからもよろしくね、わたし!
意識のなかで、アサミは自分をだきしめた。
* * * * *
その瞬間、銀色のからだが光につつまれて、アサミとナラズが分離した。
ゾゾゾゾ
水色に退化したナラズが教会の外へ逃げようとする。
「にがすか!」
シドはナラズに飛びかかると、
「錬声!
赤い剣で、ナラズのからだを斬り裂いた。
「ミソラ、アサミは?」
「だいじょうぶ。眠ってる」
アサミは自分の肩をだくようにして、ミソラのうでのなかで眠っていた。
「なんだか自分をだきしめてるみたい」
「おまえの声がとどいた……ということだろうな」
ナラズのからだが青いじゅうたんの上に溶けてゆく。
もう音の流れは感じられない。
すべてがおわり、ふたりは装声を解いた。
「ミソラ、おまえにはひどいことをいってしまったな。すまない」
「もういいよ。気にしてない……っていうのはウソだけどね」
「おれひとりの力ではアサミを救うことはできなかった。この町のすべてを守るには、おまえの力が必要だ。だから――」
シドが手をさしだした。
「だから、これからも、おれのそばにいてくれ」
「そのつもりだよ」
ミソラはアサミをおろして、シドの顔を見つめた。
「これからもシドにはいろいろと迷惑かけちゃうし、意見がぶつかることもあると思う。けど、そのときはちゃんと自分の声で想いをつたえる。だから、シド。これからもよろしくね」
そういって、ミソラはシドの手をにぎった。
「あれ?」
「どうした」
「え、え、え、ちょっとまって」
これからもよろしくね。
その言葉をいったのはどこか?
そう、教会だ。
それに気づいて、ミソラはきゅうにはずかしくなったのだ。
だって教会で男の子に「将来」のことを話すのなんて、そんなのまるで……。
(そんなのまるで結婚式だよ!)
「どうした、顔が赤いぞ?」
「え、あ、その……」
どうしよう、どうしよう。
気づかれるまえに、シドの興味をべつのものに変えなくちゃ。
「あ、そうだ。ヒビキヤマ、きょう勝ったよ」
「ほんとか⁉︎」
「うん。きょう勝って、勝ち越しとかなんとか……」
「よしっ!」
シドがガッツポーズをとった。
「これで来場所の幕内昇進は確実だな。ミソラ、すぐに帰ってヒビキヤマの勝ち越し祝いをするぞ」
「勝ち越し祝い?」
「ヒビキヤマが8勝して勝ち越しをきめたら、トンカツをつくってもらうよう、レミさんにたのんでいたんだ。よろこべ、きょうの夕食はトンカツだぞ」
よろこびながら、シドは教会から出ていった。
「ちょっとまってよ、シド。アサミちゃんはどうするのぉ~」
ミソラはアサミを背負うと、いそいでシドをおいかけた。
つめたい風が、黄金のイチョウをアスファルトの地面に落としてゆく。
雪のふる季節はすぐそこまでやってきていた。
* * * * *
それから数か月がたった。
その後、アサミは無事に回復し、いまでは元気に学校にかよっている。
アサミはオーディションの2次審査を受けたものの結果は不合格。アイドルになる夢はかなわなかった。
けど、これで夢をあきらめるようなアサミじゃない。
むしろ以前よりいっそうアイドルへのあこがれが強くなったのか、いまではアイドルをめざしながら『アイドル☆大好きミーチューバー』として、いろいろなアイドルを動画で紹介している。
「きょう紹介するのは『らぶオーケストラ』の金井ほるんちゃん。アルマジロが大好きなおっとり系アイドル!」
アイドルを紹介するとき、アサミの顔は自分の「大好き」を語れるよろこびでかがやいている。
「アイドルって最高! そんなアイドルを好きになってくれたわたしも最高!」
それがアサミのおきまりのセリフだった。
その日もミソラとシドは、こども部屋でマンガの朗読をしていた。
「なぜだ。なぜ、まだ戦える!」
シドが低い声を出して怪人を演じる。
ふたりが朗読しているのは『無敵少女マイティ・マイコ』だった。
「人間のこころから愛はうばったはず。なのに愛を力に変えるおまえが、どうしてまだ戦える!?」
「戦えるにきまってるじゃん。愛なら、わたしのこころにあるもん」
ページのマイコとおなじように、ミソラも胸に手をあてる。
「自分を愛するこころが、わたしに力をあたえてくれるの」
あの日、ちいさな声でしかいえなかったセリフ。
それをミソラはマイコになりきっていうことができた。
「わたしはいつだって、わたしを応援してる」
そうだ。ミソラはミソラを応援している。
勉強も運動も料理をつくるのも人と話すのも苦手。
それでも夢にむかって進み続ける自分をミソラはいつでも応援している。
そして、ちょっとずつでもまえに進めたときは、ごほうびのお菓子を食べながら、いつも自分をほめてあげている。
「世界中のだれよりも、わたしはわたしを信じてる。だって――」
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おおきなふきだしのなかには、あの日いえなかったセリフがある。
あの日は、目にうつるすべてがまぶしくて、見るのがつらかった。
でも、いまはちがう。
たくさんのことを経験して、そしてお母さんとお父さんの想いを知って、ミソラは自分を好きになることができた。
だからいえる。いまならいえる。
力強く、迷いなく。
ミソラは胸をはって、マイコのセリフをいった。
「わたしはわたしが大好きだもん!」
(完)




