声の力 1
つぎの日、ミソラは学校を休んだ。
風邪をひいたわけではない。こころがさびついて、なにもする気がおきなかったのだ。
お母さんは仕事がいそがしく、きのうから家に帰っていない。
大好きなアニメを観る気にもなれず、ミソラは、じっと部屋のなかですごした。
お昼になると、ナナから『MINE』のメッセージがとどいた。
高田先輩のことはわたしにまかせて、いまはこころとからだをゆっくり休めてね!
そんなナナの心遣いがうれしかった。
夕方になると、からだを動かしたくなって、ミソラは散歩に出かけることにした。
なにも考えずに住み慣れた町を、ただボーッと歩く。
すると、まえからふたり組のおじいさんがやってきた。
「そうそう西田さん。ヒビキヤマ、きょうの取り組みに勝って、勝ち越しをきめましたよ」
「そりゃよかった。応援している力士が勝つと、やっぱりうれしいもんですね」
ヒビキヤマはシドの応援している力士だ。
シドのことを思うと胸が苦しくなり、ミソラは足早におじいさんの横をとおりすぎた。
川の近くの土手を歩いていると、コトノハ中学校の制服を着た女の子が橋の下にいるのを見つけた。
(あれ?)
段ボールをざぶとん代わりにして川をながめていたのは、なんとアサミだった。
「アサミちゃん!」
ミソラはいそいで橋の下へおりた。
ミソラを見て、アサミはすぐに逃げだそうとしたが、
「まって。おねがい、逃げないで」
「でも、わたし――」
「わたし、アサミちゃんを助けたい。だから、なにがあったのか話を聞かせて」
「わたしのこと、恨んでないの?」
「恨むわけないよ。だって、わたしたち、ともだちだよ」
「ともだち? そんなわけないよ。だって、わたしミソラちゃんにひどいことしたんだよ」
「そんなの関係ない。アサミちゃんは一緒にランチを食べた、わたしのともだちだよ」
「ミソラちゃん……」
「だから、おねがい。話を聞かせて」
「……うん」
それからアサミは、これまでのことをミソラに話してくれた。
* * * * *
すべてのはじまりは1週間まえだった。
その日、ひとりで塾から帰っていたアサミはひと気のすくない道でナラズにおそわれたのだ。
「あのときは本気でダメだと思った。けど、あいつはわたしを殺さなかった。あいつは人間のこころを理解するために、わたしに寄生したの」
アサミがひとさし指で胸をついた。
「スオンドが『音の世界』なら、この世界は『こころの世界』。音以上のエネルギーを人間のこころが生みだすことに気づいたあいつは、人間の感情を学習することで進化できると考えた。そのためにわたしに寄生したの」
「どうしてアサミちゃんがそんなことを知ってるの?」
「寄生されたときに、あいつの記憶が頭のなかに入ってきたの。だから、スオンドのこともナラズが音を食べることも知ってるの。もちろん声勇のこともね」
アサミは話をつづけた。
「あいつは、もともとほかのナラズよりも知能が高かった。それでも人間のこころを完全に理解することはできなかった。だから、あいつは先輩を傷つけることで、わたしの夢をかなえようとしたの」
「どういうこと?」
「きのう、あいつが高田先輩をおそったのは、わたしの『アイドルになりたい』って夢をかなえるため。先輩が2次審査に参加できなくなれば、わたしがアイドルになれるって考えたんだと思う」
「そんな――」
「いままでは自分の意志であいつをとめることができたけど、もうすぐそれもできなくなる。こころもからだも支配されたら、もうわたしはもとのすがたにはもどれない」
川岸に行くと、アサミは水面にうつった自分の顔めがけて石をなげた。
「わたしはもう人間じゃない。自分の夢のために人を傷つける最低なバケモノ」
「そんなこといわないで。アサミちゃんは人間だよ」
「ありがとう。でも、もう手遅れ。だんだん自分のこころがナラズに支配されていくのがわかるの。だからおねがい、わたしをたおして」
アサミが両手をひろげて、ミソラのまえに立った。
「自分の夢のために、だれかを傷つけるのはイヤ。ミソラちゃん、おねがいだから、わたしをたおして」
「そんなことできないよ、アサミちゃんを救う方法はかならずあるよ。だからあきらめないで」
「おねがい、手遅れになるまえにたおして。だいじょうぶ、わたしがいなくなっても、だれもこまらないから」
「そんなこといわないで! アサミちゃんがいなくなったら、わたし――」
「はやくわたしを……たおして……」
アサミが胸を押さえて苦しみだした。
「おねがい……はやく……」
アサミの頭上に穴がひらき、そこからたくさんの銀色の球体が出現。
そしてアサミのからだにはりつき、彼女をナラズのすがたに変えた。
「アサミちゃん、しっかりして!」
ミソラは必死にナラズに呼びかけた。
しかし、意識をのっとられたアサミにミソラの言葉をとどかない。
ゾゾゾゾ!
ナラズがミソラにおそいかかった。
「装声」
攻撃をかわして、ミソラはナラズの手首をつかんだ。
見た目はナラズでも、目のまえにいるのはアサミだ。
たおす以外にも、かならずアサミを救う方法はあるはず!
「アサミちゃん、おねがい、もとにもどって」
「ジャマヲスルナ!」
ナラズが力まかせにうでをふるう。
手首をつかんでいたミソラは、ナラズに投げ飛ばされるかたちで川に落ちた。
「あ……アあ……」
川に落ちたミソラを見て、ナラズが苦しそうに胸を押さえた。
「ダめ……だめ……」
アサミだ。
アサミの意識がナラズをとめようとしているのだ。
「アサミちゃん!」
ミソラは、いそいで河原にあがろうとした。
「アア……あ……ア……」
苦しむナラズが地面に手をあてる。
そして、足元にひらいた穴のなかにしずんでいった。
「アサミちゃん……」
ずぶぬれのまま、ミソラはナラズが消えた場所を川のなかから見つめていた。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。




