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銀色の脅威 3

 5時間目の授業がおわると、ミソラはアサミをたずねて保健室に行った。

(たき)さんならベッドで寝てますよ」

 先生のいったとおり、アサミはベッドで眠っていた。

 そして放課後。

 ミソラもナナも部活はしていない。ふたりが一緒に帰ろうとしていると、

「あれって、シドっちじゃない」

 ランニングウェアを着たシドを校門のまえで発見した。

「シド、どうしたの。まさかナラズ?」

「ちがう。学校のまわりをランニングしにきたんだ」

「ランニング?」

「そうだ。きょうから朝の訓練以外にもランニングをはじめることにしたんだ。はやく体操服に着替えろ。学校のまわりを走るぞ」

「走るぞって、それ、もしかしてわたしにいってる?」

「とうぜんだ。おまえが走らなくてどうする」

「ええ~、そんな~」

「つべこべいうな。ナナ、おまえも自転車でついてきてくれ。ミソラが歩かないように監視するんだ」

「へぇ~、なんかおもしろそう。そらみん、ファイトファイト」

 ナナはミソラの背中を押しながら、

「がんばったら、あとでお菓子買ってあげるから」

 ごほうびの約束をしてくれた。


 それから1時間後。

「や、やっとおわった~」

 地獄のようなランニングをやり終えたミソラは、ハアハアあえぎながら、校門のまえでしりもちをついた。

「ふたりともおつかれさま。はい、飲み物」

「ありがとう、ナナちゃん」

 ナナのくれたスポーツドリンクを飲むと、渇いたからだが生きかえるような気がした。

「ミソラ、よくがんばったな」

 シドがミソラをほめてくれた。

 ずるいよ。ミソラはやんわりとくちびるを噛んで、地面を見つめた。

 からだはつかれきっているし、足だって鉛みたいに重くて、ほんとなら二度とこんなことしたくない。

 でも、そんなやさしい言葉をかけられたら、つぎもそのまたつぎもがんばろうって思ってしまう。だからミソラは「ずるい」と思ったのだ。

 そのとき、ミソラはあることを思いだした。

 つかれた足に手をのばすと、

(おつかれさま。よくがんばったね、わたし)

 足をさすりながら、ミソラは自分で自分をほめてあげた。


 そのあと3人は家に帰ることにした。

 自転車を押しながら暗い道を歩いていたときだった。

 ゾゾゾゾ

 とつぜん、まわりの空気がふるえはじめた。

「シド、ナラズがいる!」

「どこだ!」

「公園のほう。あっちに音が流れてる」

 あたりに人のすがたはない。その場で装声(ソウセイ)すると、3人は公園へ走った。

「おねがい、だれか助けて!」

 公園でナラズにおそわれていたのは、書類審査に合格した高田カエデ先輩だった。

「そんなバカな!」

 ナラズを見て、シドが足をとめた。

「進化している……」

 にぶく光る銀色のからだ。

 のっぺらぼうの顔についた、うすいくちびる。

 公園にいたのは、いままで見たことのないナラズだった。

「ナナ、彼女をたのむ!」

「わかった」

 戦闘がはじまると、いそいでナナが高田先輩を避難させた。

錬声(レンセイ)

 シドがナラズに斬りかかる。

 赤い剣身がナラズの肩に命中。

 しかし――

「なに!?」

 銀色のからだには傷ひとつつかない。

「ジャマ……スルナ」

 ナラズがシドの脇腹を蹴った。

「うぐっ!」

 シドのからだがサッカーボールのように吹き飛び、ゴロゴロと地面をころがる。

「シド!」

 いそいでミソラはシドに駆け寄った。

 シドは背中をまるめて苦しそうに脇腹をおさえている。

 受けたダメージがおおきすぎて、髪は赤から黒にもどっていた。

「ジャマ……ヲ……スルナ」

 ナラズがこちらに歩いてくる。

(シドをやらせるもんか!)

 ミソラは黄金の手を錬声(レンセイ)して、ナラズに立ちむかった。

「ジャマヲスルナ!」

 ナラズのこぶしと黄金のこぶしがぶつかりあう。

 その瞬間、黄金のこぶしがガラスみたいに砕け散った。

(そんな!)

 こぶしがぶつかった衝撃と風圧がミソラを吹き飛ばす。

 木に背中をうちつけて、ミソラは地面にたおれた。

「うう……」

「ナル……ドルナル」

 たおれたミソラにナラズがせまる。

「アイド……ルナルノ……ジャマスルナ」

 ナラズがうでを剣に変えた。

(負けるもんか。ぜったいに負けるもんか!)

 ミソラは必死に立ちあがろうとした。

 だが、体中をつらぬく痛みが、その想いに歯止めをかける。

(ダメだ。からだがいうことを聞かない)

 からだをつつんでいた声の力が消え、ミソラの髪が、もとの色にもどった。

「……ミソラちゃン?」

 装声(ソウセイ)が解かれたミソラを見て、ナラズが立ちどまった。

「ア、あ、ア……」

 不意にナラズが後ずさりした。

「ダめ、だメ」

 ナラズが苦しそうに胸を押さえて、地面にひざをつける。

「ダメ! ミソラちゃんをキズつけちゃダメ!」

 その直後に、ナラズのからだにヒビが入った。

 ビキッ! ビキッ!

 ひび割れた銀色の肌がボロボロと剥がれ落ちてゆく。

 その下からあらわれたのは、おどろくことにミソラの知っている人物だった。

「ウソ……」

 高田先輩をおそい、自分たちのいのちをうばおうとしていたナラズの正体。

 それはアサミだった。


「ミソラちゃん、わたし――うう」

 アサミが、その場にうずくまる。ブルブルふるえながら、両手を胸に押しつけるそのすがたは、まるでからだのなかに潜むもうひとりの自分を抑えこんでいるみたいだ。

「はやく逃げて。じゃないと、わたし、また――」

「ミソラ、いまだ!」

 苦しむアサミを見て、シドがさけんだ。

「いまなら攻撃がとおる。そいつを――ナラズをたおせ」

「たおせって……アサミちゃんを攻撃なんてできないよ」

「ナラズをたおすチャンスはいましかない。やるんだ、ミソラ」

「そんなのできないよ」

「やれ!」

「できない! わたしにはできないよ!」

 ミソラは耳をふさいで、その場にうずくまった。

「アサミちゃんをたおすなんて、わたしにはできないよ」

 そのときアサミの頭の上に黒い穴がひらき、そこから銀色の球体がいくつも出てきた。

 球体はアサミの肌に触れると、ドロドロと溶けながらスライムのように全身を覆い、ふたたびアサミをナラズのすがたへ変えた。

「ダめ……だめ……だメ……」

 右手で胸を押さえながら、ナラズが左手を地面にあてる。

 するとナラズの足元に黒い穴がひらいた。

「ミソラちゃん、ゴメん」

 かすれるような声であやまりながら、ナラズは穴のなかにしずんでいった。


 ナラズが消えた公園は、ついさっきまで戦いがあった場所とは思えないほどしずまりかえっていた。

「なぜ攻撃しなかった」

 シドが、ミソラにつめよる。

「あいつをたおすチャンスだったはずだ。なのに、なぜ攻撃をしなかった」

「だって、あれは――」

「あいつはナラズだ」

 シドがミソラの肩をつかんだ。

 怒り、くやしさ、いらだち。

 肩にくいこむ指から、それらのはげしい感情がつたわってくる。

「ナラズは音を食べて成長する。そしてある程度成長すると、やつらは進化するんだ。進化したナラズの戦闘力は格段にあがる。戦いのなかで、おまえもそれを感じたはずだ」

「うん……手も足もでなかった」

「どんな事情があるにせよ、あいつはもう人間じゃない。おれたちの敵だ」

「ちがうよ、アサミちゃんは敵じゃないよ」

「ナラズは敵だ。おれたち人間の敵なんだ!」

 シドがミソラをつきとばした。

「二度とジュゼ村の悲劇はくりかえしちゃいけないんだ。声勇(セイユウ)はナラズをたおさなくちゃいけないんだ」

「シド……」

「たとえ人間のすがたをしていても、あいつはナラズだ。だから、おれはあいつを斬る」

「やめて、そんなことしないで」

「じゃあ、このまま世界がナラズに滅ぼされていいんだな?」

「それは……」

「このままやつが進化をつづけたら、いずれは結界を破壊する力をもつようになる。そうなれば被害はもっとおおきくなる。それでもおまえはあいつと戦わないつもりか」

 シドのいっていることはわかる。

 ナラズをたおすのが声勇(セイユウ)の使命だってこともわかる。

 でも、やっぱり、ともだちをたおすことなんでできない。

「ともだちをたおすなんて……わたしにはできないよ」

「なら声勇(セイユウ)をやめろ。おまえに声勇(セイユウ)の資格はない」

 ミソラに背をむけると、シドは公園の出口へむかって歩きだした。

「二度とおれのまえにあらわれるな」

 その言葉を残して、シドは闇のなかに消えていった。

 本当はおいかけたかった。おわなくちゃいけなかった。

 でもミソラは動けなかった。

 二度とおれのまえにあらわれるな。

 その言葉が鎖のように足と地面をつないで、動くことができなかったのだ。


 そのあとしばらくして、ナナがやってきた。

「さすがそらみん、もうナラズをたおしちゃったんだね。あれ、シドっちは?」

 ナナがあたりを見まわす。

「ナナちゃん、わたし……」


 応援してるぞ。

 ありがとう。

 よくがんばったな。


 シドにかけてもらった言葉が、こころからあふれ出てくる。

 けど「二度とおれのまえにあらわれるな」という言葉が、シドとつむいだ思い出をすべて黒くぬりつぶしてしまう。

「わたし、わたし……」

「そらみん?」

「もうわたし、うぐっ……シドに会えない」

 その場にすわりこむと、ミソラは声をあげて泣きはじめた。

 泣いて、泣いて、泣きじゃくって。

 けど、どれだけ泣いても、なみだは枯れなかった。

「だいじょうぶ。だいじょうぶだよ、そらみん」

 泣き続けるミソラの手を、ナナはいつまでもやさしくにぎってくれていた。


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