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獣医師・阿寺渓子の診断推理

作者: 茨木野

 4月1日の朝。軽井沢 緑夏えなは、職場へと向かっている途中だった。


「ん?」


 緑夏の視線の先には、老婆がひとりいた。右往左往している様子から、何か困っていることがうかがえた。

 道行く人たちは、みな老婆を避けて通っている。都心の人々は他者に無関心だ。それぞれが自分の人生で手一杯なのだから、それも当然かもしれない。

 だが……。


「おばあちゃん」


 緑夏は老婆に話しかける。にこっと笑いかける。


「どうしたの?」

「ああ……えっと、この駅に行きたいんだけどねぇ」


 老婆がシニア用のスマートフォンを、緑夏に向けてくる。画面には、駅の乗り換え検索アプリが表示されていた。


「あ、これ、私が降りるところと一緒ですよ」

「あら、そうなの?」

「はい。OK。じゃ、私と一緒に行きましょう」

「いいのかい?」

「もちろんです」


 緑夏は笑いながら、自然と老婆に手を伸ばし、その手を引いていた。


「行きましょう」

「ええ」


 緑夏は老婆とともに、電車を乗り換えるために、ホーム内を歩く。


「ごめんなさいねぇ」

「いいですよ、平気平気。まだ仕事が始まるまで余裕ありますし」

「お仕事はなにをしてるの?」

「ふふん、看護師です。動物看護師」

「あら……まぁ……」

 

 老婆は緑夏の姿を頭から足の先まで眺めた。


「看護師さんなのに、ずいぶんと派手なのねぇ」


 老婆が主に、緑夏の顔を見ながら言う。

 たしかに緑夏は金髪で、耳にはピアスをしている。


「えへへ、そうですか?」


 緑夏は老婆の言葉をポジティブに捉えているようだ。


「おいくつなの?」

「二十歳です。短大卒で、今年から動物病院に就職するんです。で、今日が初出勤」

「あらまぁ……いいの? あたしなんか相手にしてて。遅刻したらまずいんじゃあない?」


 すると緑夏は、屈託のない笑みを浮かべる。


「おばあちゃんが迷子になっちゃうほうが、まずいでしょう?」

「……良い子ねぇ」

「え、まじですか? そう思います?」


 その後、緑夏は老婆と一緒に電車を乗り換え、目的の駅へと到着する。

 老婆は何度も緑夏に頭を下げてきた。


「遅れないように気をつけるんだよぉ~」

「ありがとう、おばあちゃん! おばあちゃんも気をつけて!」


 緑夏は自動改札を抜けて……。


「さて……」


 駅から病院まで走り出した。実はかなり遅刻しそうだったのだ。しかし老婆の前ではそんなそぶりは一切見せなかった。

 老婆に、自分のせいで緑夏を遅刻させてしまった、と思わせたくなかったのである。

 駅から走ること十分。緑夏が務めることになっている動物病院へとたどり着いた。

 国道沿いの動物病院だ。


【美ヶ原動物病院】


 ここが、緑夏の職場となる病院である。


「すみません! 遅れました!」


 緑夏が入り口でそう叫びながら、頭を下げる。


「今日からお世話になります! 軽井沢 緑夏です! よろしくお願いします!」


 受付にいた、動物の飼い主、そして受付嬢らしき女性が、唖然とした表情でこちらを見ていた。

 受付の女性が立ち上がる。

 眼鏡をかけた、暗い印象の女性だ。上下にスクラブ(医療用の制服)を着ている。


「こっち」

「あ、ちょっと……なんですか?」


 女性は緑夏を連れて、いったん外に出る。そして、建物の裏手へ連れてこられた。


「……こっちが従業員の入り口。貴女が入ってきたのは、お客さんの出入り口だから」

「ははあ……なるほど」

「……それくらい、普通わかるでしょ?」


 眼鏡の女性がため息交じりに言う。若干、彼女を非難するようなニュアンスが聞き取れた。しかし……。


「そうですね! すみません!」


 緑夏はあっさり自分の非を認めて、頭を下げる。そして、もう一度頭を下げる。


「今日からお世話になります、軽井沢 緑夏です! えっと……」


 緑夏は、首をかしげた。眼鏡の女性に見覚えが無かったからだ。

 緑夏はここへ、何度が来たことがある。入社する前に実習をしに来たことがあるのだ。

 その際に、緑夏はここの看護師の顔を見ている。

 緑夏の記憶の中には、眼鏡をかけた看護師はいなかった。


「新人の看護師の方ですか?」


 眼鏡の女性は、レンズの向こうで目を大きくむいていた。そして深々とため息をついた。


「……獣医師よ」

「え?」

「……阿寺あてら渓子けいこ。よろしく、新人さん」


    ☆


 阿寺 渓子と名乗った女性を、あらためて、緑夏はまじまじと見やる。

 年齢は自分と同じか、少し上くらいだろうか。身長は女性にしてはやや高め。

 長く黒い髪を後ろで束ねている。そして分厚いレンズの眼鏡をかけていた。地味な印象を受ける。

 全体的に、覇気というものを感じられなかった。どこか、疲れているようにも見えた。


「大丈夫すか? お疲れですか?」


 思わず緑夏は尋ねてしまった。渓子は緑夏を見て言う。


「……あなた」

「軽井沢 緑夏っす! 緑夏でいいですよ!」

「……軽井沢さん」


 なんだかノリの悪い人だ、と緑夏は思った。だが人との距離の取り方は人それぞれだ。これから仲良くなっていけばいい。


「なんすか!」

「……とりあえず、仕事が始まるから。早く着替えてちょうだいね」

「了解っす!」

「……軽井沢さん」

「なんすか?」


 渓子は小さく息をつく。


「……その『~っす』という話し方、やめなさい」

「え、なんです……なんでですか?」

「貴女は今日から社会人になるんだから。そんな、子どもみたいなしゃべり方……やめなさい」

「はぁ……」


 子どもっぽいかな、と緑夏は首をかしげる。


「……同僚相手にそんなことしてると、お客さん相手にも、同じようにしてしまう。それはとても失礼なことだから」

「そういうもの……ですか?」

「……ええ。気をつけて」


 いきなり駄目だしされてしまった。だが、渓子の言っていることはもっともだ。

 今日から社会人になるのだ。例えるなら、コンビニのアルバイトが正式な店員になるようなものだろうか。

 コンビニ店員が、初めてのお客さんに「いらっしゃいませー」だの、「今日いいてんきっすねー」だのと言うのは、たしかに失礼だろう。

 渓子の言うことはもっともだ。


「わかりました! 気をつけます! ありがとうございます! 先輩!」


 緑夏が笑顔で言う。渓子は目線をこちらから外す。


「……ついてきてちょうだい」

「はい!」


 渓子は緑夏を連れて、病院の奥へと向かう。病院のバッグヤードはかなり清潔に保たれている……のだが、なんだか雑多な印象を受けた。

 動物のフードやら、段ボールやらが山積みになっているのだ。

 ほどなくして、小さな部屋の前へとやってきた。中に入ると、ロッカーがいくつもあった。


「……ここで着替えて。スクラブは?」

「持ってきてます!」

「……そう。じゃあ、着替え終わったら言って。外で待ってるから」

「はい!」


 渓子が出て行く。同性なのに、どうして出て行くのだろうか……。別に出て行かなくてもいいのだろうが……。

 まあ、人それぞれか、と緑夏は思い、スクラブ上下に着替える。長い金髪は……渓子にならい、まとめることにした。

 シュシュで髪の毛をまとめる。


「よし!」


 着替え終わった後、緑夏はロッカーの外に出る。渓子は、わざわざ緑夏を待っていてくれた。


「ありがとうございます! 渓子先生!」

「…………」

「渓子先生? どうしました?」


 渓子は「何でも無いわ……」と首を横に振る。


「とりあえず、院長は午後にならないとこないから、挨拶はそのときに。社員のひとたちへの挨拶は……もう診察が始まるから、あとでね」

「はい!」

「……とりあえず私の診察の保定に入って」

「はいっ!」

「……保定って、わかる? 診察中に、動物が動かないように、押さえることだけど」


 一応、短大を卒業してきた緑夏だ。それくらいのことは知っている。

 ともすれば、それは馬鹿にしているように聞こえたかもしれない。それは無理からぬことだ。

 緑夏は、お世辞にも真面目な見た目をしていない。染めたばかりの金髪。チャラそうな見た目をしているのだから。


「説明、ありがとうございます! 大丈夫です! 習ってきました!」

「…………」

「どうしたんですか、渓子先生? あ、先生のほうがいいですかね。渓子先生?」


 すると渓子は頭をかいて、逆に頭を下げてきた。


「……ごめんなさい」

「え? なんで謝るんですか?」

「……見た目で貴女がその……」

「ああ、何も考えていない不良娘が入ってきたと?」

「……そこまでは思ってないけど、まあ、そうね」


 (否定しないんだ)と緑夏は苦笑する。


「気にしないでください。自分、ここに来たの初めてで、右も左も知らないんで。全部教えてください! 頑張って覚えますんで!」

「……そう」

「はい!」

「……じゃあ、保定お願いね。診察中は、基本私がしゃべるから、黙ってて」

「了解です!」


 渓子の後に、緑夏はついていく。緑夏は、渓子を見て、笑った。

 堅そうな見た目をしているし、あんまりしゃべらない人だ。けど……優しい人だなと、緑夏はそう思ったのだった。


    ☆


 あっという間に十二時を回った。午前中の診察はこれで終わり、今は休診時間らしい。


 緑夏は「早いな」とつぶやいた。

 彼女がいるのは、診察室の中だ。

 先ほどまで、渓子と一緒に動物の診察をしていた、のだが。


「あんまり病気の子、来ないんですね」


 と正直な感想を述べた。


「なんか、さっきからちょっと血を採って、板にぽたっとたらして、ばっかりですけど」

「あれはフィラリア検査をしてるのよ」

「あー……なんでしたっけ。あの……あれだ、寄生獣」

「……寄生虫。蚊を媒介にして、心臓に悪さをする虫のことよ。それが体内にいないか調べるために、血をとって調べてるの」

「へー……そうなんですね」

「そうなの。春のこの時期は特に多いの。後は狂犬病の予防注射ね。この検査と予防接種が、この時期とても多いから」


「ふうん……それで、渓子先生は何やってるんですか?」


 渓子は、診察台の上に紙を置いて、何かを記入していた。


「カルテを書いてるの」

「ほほう……カルテを」

「……一応説明しておくけど、診察した動物たちの身体状態や、今日の治療内容を記入してある紙のことよ」

「それくらいさすがにわかりますよ~。やだなあ~。渓子先生ってば冗談きついですって~」

「……あ、そ」


 待ってる間、緑夏は暇だった。今日やったことといえば、ひたすら犬を保定……つまり押さえていることくらいだった。

 少しつまらない、と思っていた。


「……最初はみんなそんなものだから」

「そんなもん?」

「最初は保定から。あと掃除。少しずつ、いろんな事ができるようになっていくから」

「ふぅん……なるほど! そうなんですね! ありがとうございます!」


 渓子はカルテを書く手を止める。そして、こちらを見てきた。


「あなた……いちいちお礼を言うのはどうしてなの?」

「え? なんでって……それは渓子先生の邪魔をしているからですけど」

「邪魔……?」

「はい。だって渓子先生は自分の仕事をやらないとでしょう? その手を止めてまで、いろいろ教えてくれてるんです。だから、ありがとうって。それ、普通じゃないですか?」


 渓子は眼鏡の奥で目を丸くしていた。そして……「ごめんなさいね」と謝る。


「え、またどうしてごめんなさいなんです?」

「……また見た目に引っ張られてしまってね」

「あー、子供っぽい見た目をしてるから、中身もどうせそうなんだろう、みたいに思ったんですね」

「……いやまあ、そこまで思ってはないけど……そうね」

「大丈夫です! 別に私、気にしないんで! というか、駄目じゃないですか、カルテを書かないと。まだあるんですよね、それ」


 ちらり、と緑夏は渓子の足元を見やる。そこには、山のように積まれたカルテの束があった。


「大変じゃないですか、それ……。今日一日でそれなんて」

「……ここ一週間分のカルテよ」

「えー!? なんで一週間も貯めちゃうんですか? 来たらさっさとカルテ書かないと」

「……書けないのよ」

「そりゃまたどうして?」


 そのときだった。


「すみません! 開けてくれませんか! うちの子看て欲しいんです!」

「……急な仕事が、突発的に来ちゃうからよ」


    ☆


 渓子のいる診察室には、老婆が犬を連れてやってきていた。

 診察台の上に、老婆が犬を置く。

 

 あまり大きくはない。子犬と言ってもいいほどだ。だが……。


 (なんだか、やたら太っているな……)


 緑夏が太った子犬を保定しながら、そう思った。

 渓子は老婆から話を聞き取る。


「……今日はどうしました?」

「うちのエリザベスちゃんが、なんだか具合悪そうなの」

「……そうですか。どう具合が悪いんですか?」

「なんだかずっとうずくまって動かないんです……」

「……その他に何か変わったところは?」

「? 特には……」


 (それだけじゃ、わからなくない……?)


 たしかに、緑夏の目から見ても、子犬は具合が悪そうにしている。何匹か保定して、気付いたことがあった。

 元気な犬は、押さえてないと診察台から降りそうになってしまう、と。

 しかしこの子犬は、台の上に置いても、降りようとしない。緑夏は保定しているのだが、ほぼ力を入れていない。

 多分動き回る元気がないんだろう。

 人間だって病気の時は動き回れないものだ。だが……。


 (人間ならお腹が痛いとか、頭が痛いとか、言ってくれるからいいけれど、動物はどこが痛いと言ってくれないからなあ)


 そこが、難しいなと緑夏は思った。さて……具体的にどこが痛いのか。渓子はどうやって調べていくのだろうか。

 渓子はカルテを見やる。


「……エリザベスちゃんは二歳ですね」

「ええ」

「体重は……いつもこんな感じですか?」

「いえ……前はもっと痩せていました。最近よく食べて、よく水を飲むようになりまして」


 渓子はエリザベスちゃんの足を見やる。


「……足のかかとのところ、毛が抜けていますね」


 右後ろ足の一部がはげていたのだ。


「そうなんです。前からここはげてて……それで前から院長先生に見てもらってたんですけど、原因がわからないですねーって」


 渓子は、それだけ聞いて、ため息をついた。


「……少し、外でお待ちください」

「は、はいっ」


 飼い主の老婆が診察室を出て行く。残されたのは、渓子と緑夏だけだった。


「渓子先生、この子の病気なんなんでしょうか。院長もわからないっていうけど」

「……そうね」


 渓子は、黙ってしまった。どこか疲れたように、ため息をつく。


「どうしたんですか?」

「この子の病気はわかったわ」

「え!? もうですか!?」

「ええ」

「すごい……まだ何も検査とかしてないのに?」


 すると渓子は首を横に振る。


「したわよ。患者の飼い主から、話を聞き取った。あとこの子を看た」

「それだけじゃないですか? もっとこう……専門的な検査とかしないんです?」

「……治療の基本は、問診だから」

「へえー……すごい……」


 自分では、さっきの話を聞いていただけで、どうしてエリザベスちゃんが、体調不良になってしまったのかさっぱりわからなかった。


「……この子は、クッシング症候群っていう病気よ」

「…………」

「……聞いたことないわね」

「さっぱりです」

「副腎皮質機能亢進症、っていうの。まあ……簡単に言うと、体のバランスを保つ副腎ってところが、おかしくなったことによる病気ね」


 全く聞いたこともない話だった。だから「はー……そうですか」としか言いようがなかった。


「でもそのクッシング症候群だって、なんでわかったんです?」


 さすがに無根拠、というわけではないだろう。


「……一つ。この子が急激に太ったってこと」

「ああ、そういえば……」

「人もそうだけど、太るときは一気にじゃなくて、徐々に太るものよ。この子のカルテ看て」


 渓子はエリザベスちゃんのカルテを見せる。そこには、来院した日付とともに、体重が記載されていた。


「なんで体重、毎回記載されてるんですか?」

「必要だからよ。薬出すときとかね。体重から、処方量きめるから」

「はー……。あれ、この子ずっと来てますね」

「さっき言ってたでしょ? 院長に看てもらってるって」

「ああ、そういえばそうでしたね」


 カルテには今日より前の日付、そして体重が記載されていた。

 たしかにここ数ヶ月で、一気に太っていた。


「前から太っていたわけじゃなくて、急に太ったということですか?」

「そう。食事量が急激に増えた、そして多飲多尿。そして……皮膚病の治りが遅い。どれもクッシング症候群の顕著な症状」

「へえ……。でも……素人意見なんですけど、それだけでクッシングってやつだと断定できるもんなんですか? 根拠っていうか、証拠なくないです? 他にもその症状を示す病気があったら?」


 渓子は黙ってしまった。それは図星を突かれたから、ではないように感じた。

 渓子は、何か言いたそうにしている。でも、言いたくても言えないように感じた。


「どうしたんです?」

「……貴女、診察室出てって」

「はい……?」


 急にどうしたんだろう、と緑夏は首をかしげた。


「出てって」

「いや、なんでですか? エリザベスちゃんの保定は?」

「……そんなの私がやるからいいわ。貴女は出てって」

「や、ちょ、なんで?」


 理由もなく追い出される意味がわからなかった。緑夏は渓子に尋ねる。


「まじで、なんでですか? 私、渓子先生の気に障るようなことしました?」

「……そうじゃあないけど」

「じゃあなんで追い出すような真似したんですか? というか! さっさと治療しましょうよ!」

 

 渓子が目をむく。


「私にはよくわからないですけど、クッシング症候群ってやつなんですよね? エリザベスちゃん。ならさっさと治しましょうよ。エリザベスちゃんもそうだし、飼い主さんも苦しんでますよ」


 診察室の窓から、ちらり、と外の待合室の様子が見えた。

 エリザベスちゃんを連れてきた飼い主は、目を閉じて、神様にでも祈るようなポーズを取っている。

 

 緑夏は、たしかにさっきの、この子の診断の根拠については気になった。

 でも、それ以上に気になったのは、この渓子がどうして病気が解っているのにさっさと治そうとしないのか、だ。


「……そうね。わかった。飼い主さん呼んできて」

「はい!」


    ☆


 点滴と投薬だけをして、エリザベスちゃんは帰ることになった。


「コルチゾール? とかいうのを抑えるお薬を出したんですね」


 先ほどまで、渓子と飼い主の会話を聞いていた緑夏が、言う。


「そう。クッシング……つまり、副腎皮質亢進症になると、コルチゾールっていうホルモンが過剰分泌される。これを抑える内服薬を処方。あとは体の具合をよくする点滴をうったの」

「へえー……」


 エリザベスちゃんは帰るときには、かなり状態がよくなっていた。あとは、薬を根気よく飲めば、なおるだろうというのが渓子の処置だった。


「でも、なんでさっきは渓子先生、私に出てけーなんて言ったんです?」

「…………院長に言わない?」

「? まあ、渓子先生が言うなっていうなら」


 渓子はカルテを取り出した。カルテには、なにやら写真のようなものが張ってあった。


「これは?」

「腹部エコーの画像よ」

「はあ……?」

「……超音波検査を行ったときの写真よ」

「あー……お腹の中を調べる的なあれ?」

「そう、それ。さっき調べてたでしょ」

「そういえば」


 エリザベスちゃんの病状を、飼い主に説明したあと、渓子は何かおおきな機械をつかって、なにか調べていた。

 あれが、腹部超音波検査だったらしい。

 写真の中には、空豆みたいなものがうつっていた。


「これは? 空豆?」

「……腎臓」


 二枚目の写真を見た。なにか、黒い、これまたまめみたいなものが映っていた。


「これは枝豆?」

「……副腎。普通は、もっとちっちゃいの。でも……これは大きいでしょ」

「いえ、普通の大きさを知らないので」

「……知らなすぎでしょ」

「素人なもので」


 超音波の画像を見ると、たしかにこの副腎とやらが映し出されていた。そばには、厚さがかかれている。


「クッシングになると、副腎が普段より大きくなるの。それが診断の一助になるの」

「あー……それが根拠なんですね?」

「まあそうなるわね」

「ふぅん……でもじゃあなんでさっきは黙ったり、私を追い出そうとしたんです?」

「……エリザベスちゃんは、院長の症例って言ったわよね」

「ああ、普段院長に看てもらってるって。なんか毛がどうたらって」

「普段から、院長はこの子を見てるはずなの。体重の急激な変化には気付いてもおかしくない」


 毎回、体重を量っているのだから、気付かない方がおかしい。


「それに……足の毛が薄くなるところから、クッシングを疑ってもいいはず。でも……このカルテには、超音波検査をした、とは書いてなかった」

「え……それって……」


 わざとなのか、そうでないのか、わからない。でも、この院長は、クッシング症候群を疑う事例が来ていたというのに、超音波検査を実施していなかったということ。

 完全に、院長の落ち度であった。


「……この患者は、私一人が看たことにする。貴女は、何を聞かれても、知らないって院長に言うのよ? わかったわね」


 つまり、こういうことだ。

 院長は、やるべき検査をやっていなかった。

 それに渓子は気付いて、院長がやっていなかったことを、院長の許可無くやった。

 しかも、院長の患者を、勝手に治療したのである。

 緑夏は院長の人となりを、まだよくわかっていない。面接の時に少ししゃべったくらいだ。

 が、さすがに、渓子のやったことが、院長の面目を潰しかねないことであることは、わかった。

 

 ……そして、渓子が緑夏を守ろうとしてくれていることも。


 (やっぱり……すごくいい人じゃない、渓子先生)


「いやですよ」

「は……?」

「私も保定しましたから。何を功績を独り占めしようとしてるんですか?」

「いや……あなた何言ってるの……? 功績って……」

「その場にいたんですから、私も同罪ですよ。悪いことをしたら、一緒に謝りましょうよ。ね?」


 ……緑夏は、一つ気付いたことがある。

 渓子は、午前中、何匹もの患者を、看た。

 その際、看護師が、緑夏以外……手伝おうとしなかったのだ。

 この病院には緑夏以外にも看護師がいるにも関わらず……である。

 そもそも、だ。

 今朝ここに来たとき、渓子が受付にいたのもおかしい。

 渓子は獣医師であり、診察が仕事だ。受付はどう見ても、彼女の仕事ではない。

 ……何となく、緑夏は渓子が、ここであんまり好かれていないのではないかと、思った。


「……同情してるの、私に?」

「いえ、かっこいいなって思っただけです」


 おそらくだが、渓子はこの病院で嫌われている。それでも、彼女はきちんと新人の面倒もみて、院長の尻拭いまでしていた。院長のように、見て見ぬふりだってできたのに。

 それどころか、面倒ごとに巻き込まれないように、新人である緑夏を助けるようなこともした。本当に優しい人だし、本当に……かっこいい人だって、緑夏はそう思ったのだ。


「……最近の子って変なの多いのね」

「あ、先生ひどい。でも、そっちのほうがいいですね! 毒舌クール美人獣医、みたいな感じで」

 緑夏が笑うと、渓子も笑った。

「笑った方が可愛いですよ、先生」

「……うるさいわ」


 初っぱなから、この病院やばいんじゃないかという事例に当たってしまった。運悪く、とは緑夏は思わなかった。

 そのおかげで、初日から、良い先生(先輩)に巡り会えたから。


「これからも、ご指導よろしくお願いします!」

「……ええ、こちらこそ」

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