第4話 資金調達
昨日の中庭での騒動から一夜が明けたけど、私の胸はまだドキドキして落ち着かなかった。
窓から差し込む朝の光が静養所の白い壁を柔らかく照らしている。でも、その美しい光も、私の高鳴る気持ちを静めてはくれない。
「パルマ様、おはようございます」
ミラの声はいつも通り冷静だけど、その瞳には昨日の出来事への複雑な気持ちが浮かんでいるように見えた。
「昨日の融資の件ですが、私が至らぬばかりに申し訳ございませんでした。そして、現実的な問題として、この静養所に商会を救うほどの予算はありません」
「ううん、ミラだけのせいじゃないわ。でも、あの令嬢を助けるって約束したんだから、何とかしなきゃ!」
「まず資金調達の具体的な方法を考えませんと」
「そうね。でも、あてはあるのよ」
私は部屋の片隅を指差した。そこには、静養中の私への見舞いという名目で、求婚者たちから贈られた箱が積まれている。
「これよ! ダイヤモンド、ティアラ、真珠のネックレスほかいっぱい! かなりの価値があるはず。貴族からの贈り物だから、売っても罪悪感はないわ」
贈り物の整理が終わると、今度は私物の整理だ。
「それだけじゃ足りないかもしれません。他にも売れそうなものを探しましょう」
ミラの提案で、私たちは静養所中を探し始めた。古い宝石箱、使わなくなった装飾品、幼い頃の思い出の品々。どれも手に取れば、思い出が溢れてきそうで、私は極力触らないようにしていた。触れてしまったら、きっと手放せなくなるから。
「パルマ様、思い出の品までは売らなくてもよいのでは?」
ミラが小さなオルゴールを手に、心配そうに尋ねる。
【だいじょうぶ、未練はないわ】
自分の言葉に嘘の霧がまとわりつくのが見える。声が震えそうになるのを必死で抑えた。
「パルマ様、未練タラタラじゃないですか」
「そ、【そんなことないわ!】 ほら、次!」
もはや嘘の霧だらけだ。ミラは呆れたような、でも優しい目で私を見ている。
彼女が次に差し出したのは、小さな象牙の彫刻ブローチだった。古い私物の中に紛れていたらしい。見覚えはないのに、なぜか強烈に売りたくない、と心が叫んでいる。
でも、今は感傷に浸っている場合じゃない。あの令嬢を助けるためには、過去への執着を断ち切らなきゃ。
「見覚えがないわ。古いものね。売っても構わない」
あれ? 今度は嘘の霧が出なかった。本当に見覚えがないからだ。でも、なぜか胸がざわつく。
「本当によろしいのですか?」
「くぅ……本当は売りたくないよぅ! いえ! とにかく全部売るわ!」
私は軽く手を振って、ミラの心配を払いのけた。
『せめて売却先は慎重に選びましょう。大手の商人でなければ信用できません』
「ええ、もちろんよ。さぁ、今日の私たちは、商人の娘とそのメイドに変身よ!」
私は衣装箱から上品なワンピースに着替え、帽子を深くかぶった。
*
王都の商業区は、相変わらず賑やかで活気があった。貴族の馬車が行き交い、露天商たちが声を張り上げて商品を売り込んでいる。なんだか私まで元気が出てくるみたい。
私たちはまず、大通りにある「ロイヤル・ジュエリー」という宝石商を訪れた。王族御用達という触れ込みで、幼い頃に来たことがあるはずだけど、なんだか看板のデザインが記憶と違う気がする。
「お客様、いらっしゃいませ」
出てきたのは記憶にある老商人ではなく、高価そうなスーツを着た中年の中年だった。金の指輪をはめた指で髭を撫でながら、こちらを値踏みするように見ている。
「この品々の査定をお願いしたいのですが」
ミラがカバンを開けて宝飾品を見せると、商人の目がギラリと光った。
「ほう、双頭の鷲の紋章ですな。……これは、イノシシの紋章」
商人が何か言いかけたけど、すぐに商売用の笑顔に戻る。
「以前、ご年配の商会長がいませんでしたか?」
「このロイヤル・ジュエリーは【私が一代で築き上げた】店です。ああ、あの古い爺さんですか? あんな時代遅れの商人では、この店は分不相応でしたからね」
彼の言葉から、嘘の霧がはっきりと見えた。
「ここは王家御用達の宝飾品店ですからご安心を。【正当な】価格で査定させていただきます。【ティアラは五百ルピア、ネックレスは三百ルピア、ブローチは二百ルピア】」
明らかに不当な安値だった。
「もう少し高く評価していただけませんか?」
「残念ながら、よくみたら【ガラス製の偽物】でした。【本当は、もっと安い】のに【高く買う】のですから感謝してほしいくらいです」
彼が鼻で笑うのを見て、腹が立った。こちらを完全に見下している。
『パルマ様、この商人は典型的な詐欺師です。権威を笠に着て、私たちを騙そうとしています』
「どうしましたお嬢さん? ここは大通りの一流店ですよ。それとも、裏路地のみすぼらしい店にでも持ち込みますか?」
その目には、完全な侮蔑の色が宿っている。
「ここはね、王家御用達の【由緒正しい商会】なんだよ。あのパルマ王女が来店したこともあるのだからね」
カウンターに僅かばかりの金貨を積み上げ、彼は言い放つ。
「さぁ、買い取ってもらえるだけありがたいと思いなさい。平民に本当の価値なんて分かりませんよ」
ミラは黙って宝飾品を鞄に戻した。
「こら、何をするんだ!」
「あら? ガラス玉なのでしょう?」
店主が慌てて金貨を一枚追加する。
「強欲な客だな。これで満足だろう、それを置いてゆけ」
「ミラ、行きましょう」
私は彼女の手を掴み、商人の罵声が飛んでくる店を飛び出した。
「たまたま酷い店にあたっただけよ、次に行きましょう!」
ところが、次に訪れた絵画商でも、三軒目、四軒目と回った骨董品店でも、どこも同じ結果だった。
大通りの名の知れた店は、みんな嘘の霧まみれだったんだ。