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第11話 契約破棄

「この国を変えるという話……パルマ王女殿下のことも、若旦那に任せていいか?」


 まさか、自分自身を任せられることになるとは。

 アグーの真剣な眼差しだけど、素直にうなづきたくはない。

 死んでほしくなんかない。


「断頭台だなんて言わないで、公子が支えてくださいよ。公子が思っているより重いですよあの人」

「重いのか?」


 意外そうに聞き返すなよ、悪かったね重い女で。


「まぁ、可憐で儚げな見た目に反して、ずっと重いですね」


 嘘は言っていない、霧も出てないし。

 アグーは手で顔を覆う。


「どうしたのです?」

「いや、【なんでもない大丈夫だ】俺も自分が思っていたより重いらしい」

「そりゃ、豚公子は重いにきまってるじゃないですか。でっかい体してんですからね」


『ミラ、それは体重の話だよ』

『体重の話ですよ』


 ん?


『豚公子は、若旦那がパルマ様の体重を知っていることに敗北を噛みしめているのです。ザマミロですね』


「え? 体重の話なんかじゃないですよ!」

「違うのか?」

「当たり前じゃないですか。どうして男の私が、パルマの体重を知るのです!?」

「そりゃ、なぁ?」


 アグーがミラに同意を求める。


「そりゃ、ねぇ」

「何を言ってってるんですか! ミラも小さいんだからそういう話は駄目ですよ!」

「別に隠さなくてもいいだろう、心配するな【妬んだり憎んだり】言いふらしたりはしない」

「そういう事ではなくセラーノ商会は、資金不足で潰れそうだと言っているのです」


 私が率直に資金不足を打ち明けると、アグーは意外そうな顔をした。


「セラーノ商会といえば、王家御用達の老舗だろう? 資金には困らないはずだが」

「それは昔の話で、今は火の車ですよ」


 私が老商人から聞いた事情を話すと、アグーの表情が険しくなる。


「気の優しい祖父母ですからね。付け込まれたのでしょう」

「セラーノ商会の会長を手玉に取るほどの相手か」


 ミラが、不本意そうに言った。


「あの嫌味な奴が切れ者な分けがないでしょう」


 学園でのリエットを思い出す。

 あれほどしっかりしたリエットですらブルストに騙される方法があるではないか。


「魔術契約でしょうね」


 *


 私たちは三人で事務所の中を探すが、それらしきものは見当たらない。金庫の中も空っぽだ。


「ああいうものは巧妙に隠される。本の形をした金庫などだな」


 アグーの言葉に、私たちは壁一面の本棚を見上げた。膨大な数の背表紙が、無言でこちらを見つめている。これでは、まるで砂漠で一粒の砂金を探すようなものだ。

 ミラがうんざりした様子で、一冊の本を指差した。


「これ全部探すのですか? 【王国の歴史】なんて、退屈そうで開くのもウンザリです」


 素直な不平。私もその気持ちはよく分かる。しかし、そのミラの口から、ひょろりと細い嘘の霧が漏れ出たのを見逃さなかった。

 ただの文句じゃ、ない。


「ミラ。なんですって? もう一回言ってみて」

「本のタイトルを読んだだけですよ【王国の歴史】です」


 ミラが一冊の本を指差して言った。

 嘘だ、その本は王国の歴史ではない。

 問題はパルマ王女ではない若旦那がどうやって本のタイトルが偽りだと気づくのか。さてなんと誤魔化そう。


「手当たり次第探してやるのです! 豚公子【王国の歴史】を取ってください」


 こうして私たちは、あっさりと一枚の羊皮紙を見つけ出した。

 ロイヤル・ジュエリーと交わされたその契約書を一瞥したアグーは、苦々しく呟く。


「……ヴルストが大公家にもちこんだものと同じ印章だ」


 ミラが契約書を読み上げると羊皮紙から黒い霧が立ち上り、おぞましい文字となって宙を舞う。

 それは魔力を持たない者には見えない、悪意に満ちた隷属の条文だった。


「ひどい内容だな。これでは、若旦那も一生奴隷同然だ」

「どういう事です?」


 ミラの疑問に、私は若旦那として答える。


「大旦那様は、嘘だらけの契約でお店を奪われたってことだよ」

「どうする若旦那。相手はロイヤル・ジュエリー、そしてその背後にいるヴルスト伯爵家だ。資金も権力も桁が違うぞ?」

「何を言うのです、簡単な方法があるではないですか」


 そんな方法が?


「学園でやったみたいに豚公子が破ってしまえば良いのです」


 ミラの言葉に、内心ひやりとする。その現場にいたのは、若旦那ではなくパルマ王女と侍女だ。

 まぁ、アグーの事だから……


「そんな事まで王女殿下から聞いているのか」


 ですよねぇ。


「しかし、魔術契約はその契約内容によって契約の悪魔も違います。学園でのものは所詮ブルスト先生のお小遣い契約ですからね。商会一つ乗っ取るほどの契約とは格が違いすぎます。いくら公子でもさすがにこれは」


 私が言い淀むと、アグーは力強く言い放った。


「できるぞ」


 その確信に満ちた声に、私とミラは息を呑んだ。そうだ、学園の時もそうだった。彼ならきっと、この絶望的な状況も覆してくれる。そんな淡い期待が、私の胸に広がった。


 *


 アグーに導かれ、私とミラは店の裏にある倉庫へと向かった。


「若旦那にはみっともないところしか見せないなからな。頼りない共犯者では心配だろう? 婚約者争いに負けた男も見栄くらいは張らせてもらうぞ」

「偉いですよ、豚公子」

「ほんとに、頼りないだなんて思ってませんからね」


 自信満々のアグーに私とミラは拍手で応援をする。

 流石はアグーだ、これほどの魔術契約でも破棄できるだなんて。

 あと、パルマ王女の件は諦めないで頑張ってほしい。


 彼が魔術契約書を掲げる。

 学園でヴルストに見せたように、力ずくで契約を破棄するつもりなのだ。


「不当な契約に、アグーの名において異議を申し立てる!」


 アグーの宣言と共に、契約書がまばゆい白い光に包まれた。

 次の瞬間、羊皮紙から悪魔的な黒い炎が吹き出し、光と激しく衝突する。空間がぐにゃりと歪み、凄まじい魔力の嵐が私たちの体を揺さぶった。学園の時とは比べ物にならない。これが、商会一つを乗っ取る契約の重み……!


「アグー!」


 私が叫ぶのと、彼が契約書を真っ二つに引き裂いたのは、ほぼ同時だった。

 破られた契約書から、禍々しい黒い煙が渦を巻いて立ち上り、やがてシルクハットを被った紳士のような人型を形作る。中級悪魔ベリアル——契約の執行者だった。


「契約を破ろうとする愚か者よ。その報いを受けるがいい」


 ベリアルの声と同時に、契約書に隠されていた無数の黒い霧の文字が、呪いとなってアグーに襲いかかった。


「ぐっ……!」


 アグーはその場に片膝をつき、全身を覆う黒い文字を、自らの魔力で一つ一つ消し去っていく。その顔は苦痛に歪み、脂汗が額に浮かんでいた。


「パ、パルマ様! なんか余裕じゃない感じですよ!?」


 ミラが私をパルマと呼んだが、アグーは全く気づけるよな状態に見えない。

 私は黒い霧の文字掻き消そうと払う。

 手が焼けるように熱い。

 アグーがそんな私を見て笑った。


「見ていろ若旦那、お前に負けても悪魔ごときに負ける男ではない」


 黒い霧の文字を掴み取り束ねて握りつぶす。

 それを見届けたベリアルも霧と消えた。

 全ての呪いを消し去ったアグーは、糸が切れたようにその場に崩れ落ち、意識を失ってしまった。


「アグー! アグー!」


 慌てて駆け寄り、彼の体を揺する。魔力を限界まで消耗しきってるようだ。

 その姿は、私に誘拐事件でのアグーを思い起こさせた。

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