第一話
この作品は全2話で完結します。
現在はメインの連載作品と、賞への応募用作品の執筆を進めているため、そちらが落ち着いた後に本作の続編となる物語を書いていけたらと思っています。
(反応次第になりますが)
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どうぞよろしくお願いいたします。
『緊急避難警報、緊急避難警報。名古屋市中村区にてゲート発生、ただちに避難してください。繰り返します――』
サイレンの轟音が街に響き渡った瞬間、空気が一変した。
人々は互いに顔を見合わせ、次の瞬間には我先にと駆け出す。誰かが叫び、誰かが泣き、押し合いへし合いで歩道は混乱の渦と化していく。
母親は子を抱きしめて必死に走り、老人は群衆に押し流されるように足を取られる。車のクラクションが途切れなく鳴り、避難の人波とすれ違った運転手が窓から怒鳴り声をあげる。
パニックは瞬く間に連鎖し、街全体が一つの巨大な悲鳴のように震えていた。
ゲートの発生――。
空間に走ったひと筋の亀裂は、やがて深く口を開き、扉と変化し底知れぬ闇を覗かせる。その扉からは異形の怪物が這い出し、人々はそれを恐れと共に「ゲート」と呼んだ。
最初にその現象が確認されたのは五年前、東京の中心でのことだった。突如として出現したゲートは、世界の理を嘲笑うかのように街を蹂躙し、秩序を塗り替えた。やがて発生は一度きりでは終わらず、年を追うごとにその数を増していき――今では全国各地に点在し、人々の暮らしを脅かす現実となっている。
モンスターゲート対策課・名古屋支部では、その発生に伴い常に慌ただしい空気が渦巻いていた。
ひとたび警報が鳴れば、電話が一斉に鳴り響き、各部署から怒号と報告が飛び交う。
現場へ急行する部隊の準備と同時に、避難誘導の手配や情報収集が雪崩のように押し寄せ、支部全体が混乱を極める。
対策課の扉が開き、一人の男が入ってきた。
「報告しろ」
低く短いその一言に、複数のモニターを前にしていたオペレーターの女性がすぐさま声を上げる。
「本日十四時二十八分、名古屋市中村区のアニメイト前に突如ゲートが発生しました。対となるゲートはナナちゃん人形の股の下です」
「ゲートナンバーはいくつだ」
「今回のゲートナンバーは十五です」
「Fランク相当か……ゲートキーパーの状況はどうだ」
「現在、Dランクのゲートキーパーが二名現場に向かっております」
「なぜそれだけなんだ! Fランク相当だぞ? 少なくともDランクのキーパー四名……最低でも三名は必要なはずだ!」
「お盆期間中ということもあり、休暇で帰省しているキーパーが多くて……」
「この非常事態に何をやっているんだ……」
そのやり取りを、胸に初心者マークをつけた少女が不安そうに聞いていた。やがて彼女は隣の先輩オペレーターの肩を小さくつつく。
「八神先輩、ちょっといいですか?」
「どうしたの?」
「さっきから出ている用語が、何一つわからないんですけど……」
「三崎さん、あなたねぇ。研修を受けたでしょう? 全く、何を聞いていたのよ」
そう言いながらも、面倒見のいい八神は三崎に向き直り、丁寧に説明を始めた。
「ゲートの発生については、さすがにわかるわよね?」
「はい! ゲートっていうのは、モンスターがこちらへ来るゲートと、帰っていくゲートの二つが発生するんですよね」
「そう。ちなみにモンスターがこちらの世界に来るために通るのがインゲート。逆に、帰っていく方をアウトゲートと呼ぶの」
「そうでした、へへへ。じゃあ……ゲートナンバーって何ですか?」
「ゲートナンバーはアウトゲートに表示されている数字のことよ。モンスターが通過するたびに減算されていって、ゼロになれば新たなゲートが出現してしまう。今回の数字は十五だから、十五体が通過時点で"最悪のゲート"が開いてしまうわ。それを阻止するのが、さっき名前の挙がったゲートキーパーの役割よ」
「ゲートキーパー! かっこいいですよね! 私の推しは“爆砕神様”なんです。容姿もそうですけど、キーパーネームまで最高にかっこいいですよね!」
ゲートキーパー――それは、突如現れる異界の門に立ち向かう者たちに与えられた呼称である。
五年前、東京に走ったひと筋の亀裂はゆっくりと広がり、やがて巨大な扉となって異形の怪物を吐き出した。その時、近くにいた人間の一部が突如として特殊な力に目覚めた。彼らこそが、後に「ゲートキーパー」と呼ばれる存在だ。
ただし、その力は常に使えるわけではない。能力が発揮されるのは、ゲートが現れている時間だけ――空間に亀裂が走り、扉が開き、怪物が溢れ出しているその間に限られる。
いまや全国には数多のゲートキーパーが存在し、彼らの奮闘によって、この国は辛うじて平穏を保っている。人々はその姿を畏れと敬意をもって見つめ、ゲートキーパーを“現代の英雄”と呼ぶのだった。
「キーパー協会に登録して、活躍すればキーパーネームが貰えるんですよね」
「そうね。ランクが上がれば報酬も良くなるって聞くわ」
「かっこいいなぁ……」
「ちなみに、さっき言ってた“ゲートナンバーがゼロになるとオーバーゲートが出現する”って話は知っているわよね?」
「はい……京都ナンバーオーバー事件。――あの時に発生した巨大ゲートが、オーバーゲートですよね。悲惨な事件でした」
三崎はその名を口にした途端、痛ましい記憶を思い出し、表情を曇らせる。
「そう。アウトゲートのナンバーがゼロになると、上空に突如として出現する異常なゲート……そこからは、Aランク以上のモンスターが水道から水が溢れるように際限なく流れ出すの」
「謎の救世主が現れなければ、日本は滅んでいたと言われている事件ですよね」
「ええ。その救世主が誰だったのかは、いまだに不明のままだけれど」
二人の声は次第に熱を帯び、大きくなっていた。するとすぐ近くのベテランオペレーターから鋭い声が飛ぶ。
「そこ! さっきから何をずっと喋っているの」
「す、すみません!」
「ごめんなさいー」
そのやり取りをよそに、机に伏せていた室伏長官がふいに顔を上げた。長く沈黙していた彼の瞳に閃光が宿り、勢いよく立ち上がる。
「……仕方ない。トキーナを使うぞ」
「トキーナ!?」
思わず三崎が大声を上げる。
「トキーナって……スキマバイトの、あのトキーナですか?」
「そうだ! 三崎くん、すぐにトキーナでキーパーを募集しろ!」
「な、何を言ってるんですか!?」
「いいから俺の指示に従え! 早く募集だ!」
「は、はいっ!」
いくら長官の命令とはいえ、今この非常事態にキーパーを“スキマバイトサイト”で募集するなんて――。
不安に駆られた三崎は、先輩の八神にこっそり耳打ちする。
「八神先輩……トキーナでキーパー募集って、本気なんですか!?」
「何言ってるのよ、大マジよ。デスクトップに募集テンプレートがあるから、それを使ってすぐにエントリーかけて!」
「わ、わかりました!」
震える指先で操作を始めた三崎。
そして募集開始からわずか数秒後――
「……マッチングしました!」
「名前を確認しろ!」
「“九条 葵”です!」
「やはり来てくれたか……九条くん。よし、即採用しろ!」
「了解しました!」
採用の瞬間、巨大モニターが警告音を鳴らし、赤い警告文字が画面を埋め尽くす。
《高出力反応検出――オールグリーン。対象はゲートキーパーと推定》
「……流石だ、九条くん。即座に現場に駆けつけてくれたか」
その表示を見つめる三崎の唇から、思わず言葉が零れた。
「彼は……一体、何者なんですか……」
長官は静かに目を細め、低く告げる。
「彼こそ、“日本最強のゲートキーパー”だ」