友人の直感と、お誘い
とりあえず謝罪も出来て、交際も継続。万事解決。未来は明るい……とはならない。目の前の壁がなくなったら、またすぐに新たな壁ができる。
私は新しく出来た困難――空腹と戦っていた。
朝ごはんを食べずに学園に来てしまった私とブルーノ。ブルーノは「普段からあまり食べないので大丈夫です」と笑っていた。私も無理やり笑った。そうするしか無かった。
人前で沢山食べる女性はあまり好ましくない。
男性は人前でも沢山食事を摂る。その方が、自身の権威を示せる。食欲旺盛な男性はカッコよく、そして権力と富があるというのが常識だからだ。
しかし女性にそれは求められない。
ふくよかな女性が美しいとはされるが、人前で食べ過ぎるのは良くない。あくまでも慎ましやかであるべきとされる。だから女性が食事を多く摂るのは家の中だけだ。人前だとはしたないとされてしまうから。
だから私はお腹を鳴らさないように力を込めながら、教室で空腹に耐えていた。辛い。お腹空いた。朝ごはんはしっかり食べたい派なんだ。
言い訳はさせてほしい。私は一般的な胃袋しか持ち合わせていない。女性は胃袋をいっぱいにしてはいけないという常識が悪いんだ。
誰に対しての弁解なのか。空腹のせいで、私の思考回路はおかしなことになっていた。
私の頭に数回、何かが当たった気がする。ノロノロと顔を上げれば、いつの間にか登校していたヴェロニカが「あ、大丈夫そうね」と呟く。
「……ヴェロニカ。これがだいじょぶそうに見える?」
「生きてるじゃない」
「ヴェロニカの中では死んでる想定だったの?」
「朝ごはんも食べ損ねた挙句、振られて泣きべそどころじゃないと思ってたの。空腹ぐらいならまだマシじゃない」
「……それはそうなんだけど」
「はい。これ上げるから、どうなったのか話しなさい」
そう言って差し出してきたのは小さなバック。その中を見ると、サンドイッチが入っていた。
「ヴェロニカ!」
「ほら、早く食べなさい」
「ありがとう!」
私は小さく口を開けて、ゆっくりとサンドイッチを食べ進める。本当はもっと口に頬張りたいが、我慢だ。既に教室には多くの生徒がいる。これ以上変な噂を作る訳にはいかない。
「……それで、結局ブルーノはどうなったの?」
「えっとね。結論から言うと、お付き合い継続することになったよ」
「ふーん」
自分から聞いた割には興味なさげな返答だった。いや、返答と呼んではいけないかもしれない。
彼女の考えていることは何となく分かる。きっと今回も長続きしないから、ここで交際を継続してもしなくても、あまり変わらないと思っているのだろう。
私の考える彼女の思考。それを伝える意味はあまりないので、無言でサンドイッチを食べる。寮母さんが作ってくれたであろうサンドイッチは、レタスとハムとチーズというオーソドックスなものだった。この組み合わせで美味しくないわけがない。空腹も良いスパイスだ。あまり食欲の湧かない朝なのに何個でも食べられそう。残念なことにサンドイッチはひとつしかないが。
「――――かもね」
サンドイッチを夢中で食べていたせいで、ヴェロニカの言葉の最後しか聞こえなかった。
「何か言った?」
「なんでもないわ」
彼女がそう言うのならそうなのだろう。私は深く考えないことにして、残りのサンドイッチを口に運ぶのだった。
ヴェロニカのおかげで午前の授業は何とかなった。サンドイッチひとつじゃ足りなくて、4時間目の授業はキツかったが、多少の不真面目は見逃してくれる先生が担当の言語の授業で助かった。これが歴史の授業なら、嫌がらせのように沢山指名されていたことだろう。
お腹がすいて動くのが億劫になっている私の席に、ヴェロニカが近寄ってくる。
「交際継続ってことは、今日のお昼はブルーノのと食べるの?」
「うーん。約束とかしてないからな」
「約束をしていないのに手料理を作って振られたのは、どこの誰だったかしら」
「そこから学ぶのが私だよ。押せ押せは効果無し! 同じミスはしない!」
威張って言うが、ヴェロニカは怪訝そうな瞳のまま私を見ている。
「……イケメンに告白っていう、初歩的なミスを何度もしてたのはどこのメイアだったかしら」
「そ、それはミスじゃないよ!」
「まぁ、なんでもいいわ。それで、お昼はどうするの?」
必死の訴えが躱されたことに気づくが、これ以上は無駄だ。すぐに脳内から追い出し、どうすべきかを考える。
何度考えても、初日からガツガツ行くのはアウトという結論に至ったので、やっぱりヴェロニカと食べよう。
「今日は――」
「め、メイアさん!!」
ヴェロニカと食べるよ、という声を遮るように私の名前が呼ばれた。このクラスにメイアは私しかいない。
だから声の方へ振り向けば、数回程度しか会話をしたことのないクラスメイトがいた。彼女の顔は青白い。何か恐ろしいものを見たかのような表情。ちょうど朝、そんな顔を見た事を思い出す。用件を聞く前に、大体を理解した。
「もしかして、ブルーノが来てたりしますか?」
「そ、そうです! 扉の所で待ってます……! 私伝えました!」
そう言って彼女は凄まじいスピードで前方の扉から教室から出ていく。あれだけの速さで動けるのなら、本物の怪物と出会っても逃げられそうだ。
「多分、お昼のお誘いだと思うから行ってくるね」
私は被害者が出ないように、早くブルーノの元へ行こうとするが、ヴェロニカが私の手を掴んで引き止めた。
「ねぇ、私も同席してもいい?」
思いもよらない提案に思わず目を丸くする。今まで、ヴェロニカがそんなことを言ったことはなかった。いきなりの発言。どう返答すればいいか数秒悩む。
「……ブルーノに聞いてみるね」
私はヴェロニカがいればもちろん嬉しい。でもブルーノも同じか分からない。だから聞く。ひとりで決めたりはしない。
私はヴェロニカに手を掴まれたまま、教室の後方の扉へと向かう。
「メイア……! その、もし良ければ……お昼を一緒にしたいと思いまして」
「うん、もちろんいいよ。……だけど、私の友達も一緒でいいかな?」
「もちろんです」
即答だった。2人っきりに拘らないことに、少しの寂しさを覚える。でもまだ交際初日。そんなものだろう、と自分に言い聞かせた。
「ありがとう。じゃあ3人で――」
「誰か忘れてないかな。メイアさん」
優しいが、突き刺すような棘を感じる声。その持ち主をよく知っている。またいつの間にいたのだろうか。
「じゃあ、4人でお昼にしよう」
突っ込むのもめんどくさくて、当たり前のようにカルロの存在を受け入れる。
ヴェロニカはともかく、ブルーノもカルロに驚いていない。もしかして、気づいていなかったのは私だけだったのかもしれない。