50回目の告白
昼食後の気だるい午後の授業を終え、私はカルロ様の所属している2つ隣のクラスに向かう。もちろんその理由は、ブルーノ・ペルティに告白するためだ。
善いことは急いだ方がいいらしい。なので2人に宣言した通り、放課後に告白をすることにした。
告白のセリフは午後の授業の最中に考えた。どういう言葉がいいのかはすごく悩んだ。今までみたいに顔を褒めることは出来ない。すぐに嘘だとバレてしまう。バレてしまえば、どんな相手からの告白であろうと断られてしまうだろう。
しかし本当に告白をしたい理由が私にはない。結局はこれからするのは彼を騙す行為だ。そう開き直り、嘘だと分からず断られないであろう告白を考えた。
真面目に考えすぎて6限目の外国語の授業で、先生に感心された。
外国語の先生はとても低い声の持ち主だ。あまりにも心地の良い低音ボイスが生徒の眠気を誘い、授業中に寝てしまう生徒が多くいるのだ。
いつもはみんなと同様に船を漕いでいる私が、真剣にノートと向き合っていることに先生が喜ぶのは当然。そして真面目に授業を受けているなら答えられるであろう問いを私に尋ねるのも当然であり、告白のことを考えて授業を聞いていなかった私が答えられないのも当然なのである。
もちろんバレて怒られた。優先して怒るべきなのは寝ている生徒なのに、だ。次回の授業は睡眠学習をしよう。
そんな苦労を乗り越えて完成したのは、告白のセリフとしてはありふれた、しかし人の心に必ず響くであろう言葉。これから乙女の戦場に向かう私の武器としては充分すぎる。
教室の前に立った私は、1度だけ深呼吸をしてから扉を叩く。
「……あ、メイアさん。どうかしたのかい?」
扉の近くで待機していたカルロに、お淑やかな笑顔を向ける。
「実は……ブルーノ様に用があるの」
「ブルーノくんだね。分かった、呼んでくるよ」
「ありがとう」
ちなみにここまでの流れは全て作戦通りだ。ヴェロニカにお願いし、カルロを味方に引き入れた私はここで待っているように彼に頼んだ。ヴェロニカへの貸しも、カルロへの貸しも高くつくだろうが、そのおかげで告白までの過程の簡略化に成功した。
……何を要求してくるのか分からない2人からの借りを返すのは、未来の私に任せる。頑張ってほしい。
未来の話はいい。大切なのは現在だ。
カルロは人好きのする顔で、ブルーノ・ペルティだと思われる人に話しかけている。彼の席は窓際の最後列という特等席で、私のいる場所からは1番遠い。距離が遠いのと、彼が俯いているせいで、ブサイクだという顔は一切見えない。どれだけのものか気になるのに見えないのは、もどかしかった。
それにしても呼ぶだけなのに、かなり時間がかかっている。こういうのは、呼んでいるからの分かったが一般的ではないのか。
目を凝らしてみると、なんだかブルーノ・ペルティが両手を振っている。応援……な訳が無い。あれは、遠慮? それか否定?
ブサイクの自分が女生徒に呼ばれるわけが無い、と考えているのだろうか。そうだとしたら、彼の中にあるコンプレックスは相当根深いものだ。
もちろん、本日振られたばかりの面食い令嬢だと知っていて拒否している可能性もある。というかそちらの方が高い。私でも、そんな地雷物件は拒否してしまうかもしれない。
ただここは学園というコミュニティの中だ。拒否し続ければ、今後の関係に支障をきたす。面倒な噂が流れたりしてしまい、まだ半分以上残っている学園生活が、偏見の目を向けられる地獄へと変貌する。だからどこかで折れるしかない。
彼も折れたようで、ゆっくりとした動作で立ち上がるブルーノ・ペルティ。俯いたままこちらに歩いてくる。
「……メイア・チェッキ様、御用件はなんでしょうか」
まず驚いたのが、その身長だ。周りよりも少し高い身長の私でも、見上げる形になってしまう。この身長は威圧感を感じさせる。ブサイクの噂に尾ひれがついたのは、身長が高いせいもあるだろう。
そして見上げていれば、顔が嫌でも視界に入る。死人のように白い肌に、大きすぎる空色の瞳。そして肉の付いていないスラッとした体。確かに、今まで見た事のないくらいのブサイクだ。
ただやはり、噂はガセだった。私は気持ち悪くもなっていないし、気を失ってもいない。少し怖いな、くらいだ。嘘だと思っていても、本当だったらどんな外見かと、考えていたのに。想像の中のブルーノ・ペルティが物語の中に出てくる怪物に寄っていたせいで、目の前の彼に対して恐ろしいという感情は湧き出てこない。私の想像したブルーノ・ペルティの方がよっぽど怖い。その事がとても残念だった。
できれば、最近流行りのマンガに出てくる、悪魔くらいの恐ろしさが欲しかった。人に化けているのに人に詳しくないせいで、とても恐ろしい外見なのだ。身長は主人公よりも高く、肌は白すぎて白玉のようにツルツルしていて、更にあの恐ろしい顔。作者の画力が高いからこそ描写できる姿が好きで、そればっかり読んでしまっている。あれでジャンルが恋愛ものなのだからびっくりだ。ホラーと言われても納得できるクオリティなのに。
「…………? メイア・チェッキ様?」
露骨にジロジロ見すぎたのか、彼が困惑している。私は急いで頭を下げた。
「不躾に見てしまって、申し訳ありません」
「い、いえ……あの、その……すみません」
「え! どうしてブルーノ様が謝られるのですか?」
「……も、もちろん……この醜く、恐ろしい姿を貴女のような美しい人に晒してしまったことです。大変、申し訳ありません」
そう言ってすごい勢いで足を折りたたみ、上半身を地面に付けるブルーノ・ペルティ。あまりの素早い身のこなしに言葉を失うが、すぐに「顔を……いや、体を上げてください!」と叫んだ。
「でも……」
「私は不愉快なんて思ってません!」
外行き用の令嬢らしい演技が剥がれ落ちてしまう程、私は慌てていた。だって、彼は悪くないのにあんな謝り方をさせてしまったのだ。しかも不本意な形で。さらに言えば、告白しようとしている相手に。もう全てが最悪だった。
「で、でも……俺は、醜くて……人をふ、不快に……」
「これから告白しようとしている人の姿を見て、不快に思うわけがないです!」
「え……告白……?」
「あっ」
彼の信じられないという、本音を含んだ声色を聞いて気づく。私、誤爆した。
先生に怒られながら書いたノートの計画通りの言葉とシチュエーションとは程遠い、現在の状況。どうするべきか。ここからどう巻き返せるのか。頭をフル回転させてみるが、なんにも思いつかない。打開策はゼロ。ここからありふれてはいるが、心にグサッと刺さる完璧な告白をすることは不可能だ。だって告白をしてしまったのだから。
どうしようもない。なんとも出来ない。こんな状況で、私が取れる手段など数少ない。その中でマシなものをひとつ、選ぶのなら。
「ブルーノ・ペルティ様。私とお付き合いしてもらえませんか」
告白を仕切り直す。改めて自分の要望を彼に伝え、手を差し出した。
「……ど、うして……俺?」
好きだから、ではない。顔が良い、も嘘だ。私は嘘をつかないように、考えてきた言葉を口にする。
「貴方のことが知りたいのです。知って、そばに居たい」
例え、そこに愛情がまだなくとも。不名誉な噂の流れる彼のことを知りたい。私の家を守るために、そばに居てほしい。それらは本音だ。ここに嘘はなく、私の心の内が見抜かれても問題はない。
真っ直ぐに薄い青の瞳を見つめれば、彼が視線を逸らしてしまう。
視線が逸らされた。これが指すことは。
「駄目……でしょうか……」
悲しくて、俯く。自分勝手ではあるが、そう思ってしまう。告白には勇気を使う。そして勇気と時間を使って失敗すれば悲しいものだ。今の私の中に愛がないのだとしても、それらを振り絞ったことに変わりはない。
笑顔を作れ。淑女らしく、謝ろう。でも上手く顔が作れない。感情に左右されるなんて、私はまだまだだ。ヴェロニカにも笑われてしまう。
自嘲気味になりながらも、必死に表情を作ろうとしている私の耳に「……です」と、か細い声が入ってくる。
顔を上げれば、そこには白かった頬をリンゴのように真っ赤に染めるブルーノ・ペルティの姿があった。
「申し訳ありません、今なにか、おっしゃいましたか?」
私の言葉に、彼の頬はさらに赤みを増した。リンゴというよりは、病人の域だ。風邪をひいているようにしか見えない。保健室に運び込むべきかもしれない。
彼を心配していた私だったが、次の言葉でそんな余裕は吹っ飛んでしまう。
「お! 俺でよければ、喜んで……」
後半に行くにつれ、小さくなっていった声が伝えたかったのは、間違いなくさっきの告白の返事で。
私は彼のことを愛していない。それでも、告白を受けてもらえたことは嬉しかった。
なんと言おう。彼の決死の答えに、何を返せばいいのか。悩む私は、そこでようやくあることを思い出す。
ここは教室の扉付近。授業は終わったばかりで、教室には多くの生徒が残っていることを。
観衆に見守られた告白劇。演劇ならば満員御礼を喜ぶべきだが、残念なことに私は役者ではなくて。
「うあわうぁぅぁー!」
恥ずかしさのあまり意味のわからない叫びを上げて、逃げ出してしまうという最悪の幕引きをしてしまうのだった。




