召喚後もめている最中に次の召喚が行われました
「なぜ私が、そんなことをしなければならないのですか」
「そのために召喚したからだ、聖女よ」
「何よ、人を勝手に聖女だとか言わないでくれる。こんな縁もゆかりもない国に、承諾した覚えもないのに連れてこられて、しかも魔物と戦えですって? そんなもの知るか、てめえの国はてめえで守れ!」
「王太子殿下に対して不敬であるぞ」
「自分の国も自分で守れない王族なんて、王族でいる意味あるの? 剣を握って前線に立って、兵たちを鼓舞してみなよ」
「これはこれは、威勢のいい聖女様ですな」
「聖女じゃないっつってんだろ。聞こえないのか、じじい」
「我が国の教皇様に向かってなんという物言い、いくら聖女様といえど許しがたい」
「なんだよ、教皇の腰ぎんちゃくか? お前の許しなどいるか。むしろ誘拐したことを謝れ、くそメガネ」
「どんどん口が悪くなってくるな。下品だぞ」
「誘拐犯集団に示す敬意などないわ」
「だがしかし、聖女様、もう我々には何の手立ても残っていないのです。聖女様だけが最後の頼みなのです」
「最後の頼みなら、這いつくばってお願いしろや。なんで上から目線なんだよ」
「聖女として人民を守ることは、この上なく崇高で、栄誉ある行いなのだ」
「だーかーらー、お前の人民だろ、王太子」
「敬称をつけんか」
「敬うところが一個もない相手につけるか、バカ。じゃあ、たとえば、王太子は、私と同じ目に遭ったら、その崇高な使命を全うするの? 知らない世界に何の前触れもなく拉致されて、お前が勇者だ、魔王と戦え、と言われたら従うんだね?」
「俺はこの国の王太子だ」
「私は別の世界の一般市民だけど? なんで一市民にそんな重大なこと任せるかなあ。それより、王太子は、そんな状況なら、勇者として魔王と戦うんだね?」
「も、もちろんだ。それが、俺に課せられた使命なら。お前と違ってな!」
「さすが王太子殿下です」
「やれやれ、聖女の誉れも理解できないとは、見下げ果てたものですな」
「ええい、四の五の言うなら力ずくでも従わせろ。明日には、国民へのお披露目がある。召喚成功と、魔物退治軍の出陣を、王太子の名で発表する」
王太子が力強く言い切ると、部屋中の人間が拍手で答えた。
アリスは怒っていた。いまだかつてないくらい怒りのボルテージがマックスだ。
16歳の誕生日に、なにが悲しくて魔物退治を命じられなければならないのか。
今日はお父さんが早く帰ってきて、家族で誕生日を祝ってくれることになっていたのに。船員の父が誕生日に自宅にいることなどめったにないのだ。それがこんな横暴な輩から、理不尽な命令を受けるとは。しかも、最後は力づくで、ときた。
しかし、アリスは元の世界でこんなライトノベルを山ほど読んできた。万が一そんなことがあれば、徹底抗戦すると決めていた。絶対に言うなりになるもんか。たとえ帰れなくなっても。
そんな強い決意でいたせいか、召喚が始まってから、この世界を統べる女神と話し合うチャンスがあった。聞けば、瘴気あふれる世界で、魔物を倒す聖女として召喚されるらしい。冗談じゃないんだけど。
◇ ◇ ◇ ◇
「ねえ、女神様、よその世界のために、無償で働かせるとはどういう了見なの?」
「ごめんなさい、条件に合う人が、どんなに探しても、あなたしかいなかったの」
「よそ様に迷惑かけるくらいなら、潔く滅んだらどうですか」
「そんなこと言わないで。可愛い子たちなの」
「その可愛い子とやらは、私と同じ目にあったら、その使命を全うするとでも言うのですか」
「正義感が強く、心優しい子たちですもの、自分にしかできないことであれば、きっと見ず知らずの世界のために戦うことを選ぶわ」
「ふーーーん」
「ちょっといいかしら」
「どなた? 今取り込み中なのだけれど、後にしてくださる」
「わが子が勝手に拉致られて、黙っていられるとでも?」
「!」
「誰ですか」
「アマテラス様!」
「え、もしかして、天照大神様ですか」
「うちの子をどうするつもりかしら?」
「あ、あの、ちょうど、うちの世界の魔物を倒すだけの聖なる力を、その身に宿せそうな人を見つけ出したので、どうしても協力してほしくて」
「協力してほしくてっていうけど、承諾もなしに召喚するって? ふーーーん。あなたも、偉くなったものね」
「すみません、すみません、まだ力が及ばず、ご迷惑をおかけして・・・」
「ほんとに迷惑極まりないんだけど?」
「すみません、ごめんなさい」
「じゃあ、条件を付けるわよ。いい?」
「はい」
「あなたの可愛い子の覚悟を見せてもらうわね。それに納得できたら、私が魔物を退治してあげる。だったら、うちの子の出番はないでしょう? この子、今日誕生日なのよ。お家で家族が待っているの」
「はい、ごめんなさい」
「じゃあ、あとは私が見届けるから、あなたは自分の可愛い子の、正義の姿を確認するといいわ。ろくでもない姿を見せたら、即座にうちの子を返してもらう。当然、魔物なんて放っておくから」
「そんな・・・」
「さあ、楽しみね」
◇ ◇ ◇ ◇
「さあ、聖女様をお連れしろ。聖女にふさわしい衣装を用意しろ」
王太子がそう口にした瞬間、召喚室の中が眩しく輝いた。
「な、なんだ? もう召喚は終わったぞ、どういうことだ」
「いえ、光っているのは、召喚の魔法陣ではありません。殿下の足元が・・・」
「何! どういうことだ! おい、俺の足が消えていくぞ。おい、早く、誰か助けろ、早く!」
周りの誰一人動けなかった。
下手に助けようとして、道連れにされたらたまらないと思った。
王太子を包んでいた光は、すん、と消えた。
「あれえ、王太子もどこかに呼ばれたんですかね。崇高な任務を命じられるのかなあ。素敵ですね」
「不敬だぞ!」
「だって、名誉なことなんでしょう? それに、口を開けば不敬って言うけど、殿下を助けもせず傍観するのは不敬じゃないの? 近衛みたいな格好してるけど、ただの門番なの?」
「ふざけるな!」
キーーーーーーーーン、という不愉快な音が聞こえてきたと思ったら、空中に映像が浮かんだ。
どこかの石造りの部屋だ。ここに似ている。
「殿下!」
誰かが映像を見て叫んだ。
先ほどまでここにいた王太子殿下が、魔法陣の真ん中でうずくまっていた。
『な、なんだ、ここは』
男たちに囲まれた殿下は、震えながら聞いた。
『あなたを召喚した。あなたは栄えある勇者だ。我が国に魔王が復活した。魔王は、召喚によって現れた勇者にしか倒せない。どうか、わが国のために戦ってくれ』
『なぜ俺が、そんなことをしなければならないのだ』
『そのために召喚したからだ、勇者よ』
『ふざけるな! 自分の国のことは自分たちで守れ!』
『おやおや、勇者の誉れを得られるのに、どうしたのです』
『俺を今すぐ返せ。俺は勇者などではない』
『ふーーーん、どこかの王子サマ、よく覚えておきなさい。召喚という名の拉致をするものは、自らも召喚に応じる覚悟のある者しかしてはいけません。今この状況は、あなたの国の召喚の間で、映像として送られています。あなたの無様な姿を見て、臣下たちは、さぞ心揺さぶられることでしょう』
『噓だ! そんなことができるはずがない』
『嘘かどうか、あなたの国に帰してあげますので、皆さんに聞いてみたらいいですよ』
すとん、という間抜けな感じで、召喚室に王太子が戻ってきた。
どうなっているのか分からず、キョロキョロしている。
「おかえり~~~、カッコよかったですねえ、王太子サマ。どうです? 召喚されて勇者に仕立て上げられる気分は。断るなんて、英雄になりそこなっちゃいましたねえ」
「き、きさま、よくも」
「というわけで、私たち、この国の女神様との賭けに勝ったので、帰りますね。あなた方の殿下だって、勇者を断って帰ってきたんですから、私も聖女にならずに帰りますね」
「待て! 待ってくれ」
「そうだ、この中に、年ごろのお嬢さんをお持ちの方、います?」
数人が、びくりと肩を揺らした。
「今日帰って、おうちにお嬢さんが無事にいるといいですね」
顔色が悪くなっていく。
「今日が無事でも、急にいなくなることってあるから、そういう覚悟はしておいた方がいいですよ。私は、自分の国の神様が迎えに来てくれたんで、連れ帰ってもらえることになりました。私、今日が16歳の誕生日だったんですよ。家族と一緒に過ごせるみたいで嬉しいです。では、失礼します」
最後の最後に、皆の心に、罪悪感と疑心暗鬼をたっぷり植え付けて、アリスは家に帰った。
あとは野となれ山となれ
※誤字報告として、最後の あとは野となれ山となれ に句点(。)がないという報告を何件か受けていますが、あえてつけていません。ことわざや標語などは、そもそも句点が不要だと思いますし、ここはもう後のことなんか知らんもんね、と放り出すイメージなので、句点(。)がない方が、ほったらかし感が出ると思うのですよ。
その他の誤字報告は、助かっています。ありがとうございました。