第9話:青き防壁
爆音と共に、天井が崩れ落ちる。
《融合体ナンナ》が、蠢く触手を携えて現れる。
ただのゾンビではない。数百体の感染者の集合体、その知性すら保持した“災厄の核”。
「クロ……キオクヲ……ヨコセ……」
女のような声。それはどこか懐かしく、哀しい響きも孕んでいた。
だが、今はただ、破壊と渇望がその身体を突き動かしている。
クロは、自然と腕を構える。
すると、滲み出た血液が空中で振動し、結晶化していく――
ガギィィィッッ!!!
蒼く光るアーマーが、クロの左腕に形成される。
「これが……青の装甲……!」
思考が研ぎ澄まされる。
“痛み”ではなく、“記憶”を媒体にしている感覚――
「来い、ナンナ……お前が何者でも構わない。俺は、俺の記憶を守る!」
融合体が触手を振り下ろす。
だがクロは動かない。ただ、腕をかざすだけ。
バシュン――ッ!!
空間に“防壁”が現れる。蒼く輝く多層シールド。
ナンナの一撃は、それを貫くことなく拡散し、無力化された。
「なに……これ……防いだ、だけじゃない?」
サクラの声が無線から響く。
「クロ、その装甲、衝撃を“記憶フィールド”で変換してる!
つまり、“攻撃を喰らうことで、相手の記憶を読み取ってる”のよ!」
次の瞬間――
クロの視界に“ナンナの記憶”が流れ込む。
> 燃える研究施設。
泣きながら逃げる少女。
誰かを呼ぶ声。「クロ……逃げて……」
そして、ゾンビに襲われ、取り込まれていく意識。
「これって……ミナ……?」
クロは驚愕する。
ナンナの深層には、かつて人間だった“ミナ”の断片が残されていた。
「ミナ、お前、まだ……」
融合体が苦しむように身体をよじらせる。
「ワタシハ……ミナ……?
クロ……クン……オネガイ……」
クロの青き盾が、まばゆく輝く。
「……守るよ。お前の記憶も、奪わせやしない!」
彼は再び構えた。今度は“攻撃”ではなく、“浄化”のために。
> ――この力は、戦うためにあるんじゃない。
――忘れられた痛みを、もう一度“人の手”に戻すために。
クロのアーマーが放つ蒼光が、ナンナを包みこむ。
悲鳴と共に崩れ落ちた融合体。
だがその中心に、少女の姿が横たわっていた。
サクラが駆け寄る。
「この子……まだ、人間のまま……!」
「違う。戻ったんだ。記憶と一緒に」
クロの瞳には、新たな決意が灯っていた。
「戦いじゃない。記憶を、取り戻す旅を始めよう」
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次回予告(第10話案)
第10話「記憶を継ぐ者たち」
ミナの回復と共に、新たな“進化体”が現れる。その者たちは、クロのように“記憶を保持したまま”ウイルスを制御する能力を持つ。だが、彼らの中には“敵”もいた――。