第8話:失われた日常
《中枢記録庫》、最奥の端末。
そこに残されていたのは、戦闘記録でも、研究資料でもなかった。
ただの――家庭用ビデオ映像。
「これは……?」
サクラが画面を指差す。
映っているのは、旧時代のとある家族の映像。父、母、子どもたち。
画面の奥からは、平和な笑い声が響いていた。
> 「クロー、誕生日おめでとうー!」
「……え?」
クロが固まる。
画面の中央、ケーキのろうそくを吹き消す少年。
顔つきは、明らかに“今のクロ”とは違っていたが、目元の雰囲気はどこか似ていた。
「まさか……これ、お前の?」
「いや……こんな記憶、ない。オレは……記憶を持って生まれてない」
> ――けれどそれは本当に、“最初から”無かったのか?
誰かが、脳裏で囁く。
クロの血がざわめく。
ナンナに触れられたときの“記憶の引き裂かれる感覚”が、逆に何かを呼び戻すようだった。
> 「記憶は、形を変えても消えない」
「お前の中にあるのは、“誰かの記憶”じゃない。“お前自身”の記憶だ」
声は女のもの。だが聞き覚えはない。
ただ、温かく、哀しみを帯びていた。
サクラが、端末の横にあった手帳を開く。
「これは……“ミナの日誌”!」
ページは古く、ところどころ破れていた。
だが、そこにはこう記されていた。
> ――“クロ計画”進行中。
――Zウイルスと記憶保全因子を融合させた、唯一の成功体。
――彼だけが、“記憶を喰われない存在”。
「……俺は、作られた?」
「違う、クロ」
サクラが静かに首を振る。
「あなたは“守られた”の。ウイルスに抗える存在として。人類最後の、進化じゃない。“願い”よ」
だがそのとき、施設が揺れる。
> ドドドドドドッ!!!
「なっ……地上から接近反応!」
サクラが端末をたたく。警告が出た。
> 《ナンナ・融合個体》、侵入開始。
《接触記録対象》:クロ
「……俺を狙ってる……!」
クロの血が再び滲む。だがその血は、さきほどまでの赤ではなかった。
――深い青に変わっていた。
「……サクラ、ここに残って。ミナの記録、絶対に守ってくれ」
「待って! あなた一人じゃ……!」
「大丈夫。今度は、“自分の記憶”を信じられるから」
クロは振り返らなかった。
彼の背に青く結晶化したアーマーが浮かび上がり、記録庫を後にする。
> ――記憶とは、ただの情報じゃない。
――誰かを想う気持ちが、記憶を“感情”に変える。
――そしてその“感情”こそが、人類最後の力だ。
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次回予告(第9話案)
第9話「青き防壁」
“青いアーマー”を纏ったクロと、融合体ナンナの激突。
記憶を喰らう存在に対し、“記憶を守る力”が初めて発動する。だがその戦いの中で、クロは“ミナの死の真実”を知る。