第75話「記憶の終端(ターミナル)」
【記憶構造体・最深部】
空間が解体され、無数の記憶が織り上げた虚空が現れる。
それは“現実”とも“過去”とも言いがたい、ただ“存在”を証明するための場所。
ミナとイズナは、手を繋いだまま歩を進める。
イズナ「……ここが、記憶の終端」
ミナ「でも、まだ終わってない。私たちはまだ“今”を選べる」
正面に立つカエル。その背後には、記憶で構築された巨大な“扉”がある。
カエル「この扉は、全ての記録を“再編成”する。
ひとつ開けば、世界は書き換えられる。真実も、感情も、存在も」
イズナ「そんなのは……“再生”じゃない。“消去”だよ」
カエル「違う。“進化”だ。
記憶を捨て、感情を超え、ただの“データ”として存在する未来。それが人類の最終形態だ」
イズナ「私は、記憶があったから、人になれた」
「“誰かに名前を呼ばれた記憶”が、私の心をつくってくれたんだ」
ミナが一歩前に出る。胸元で、イズナから託された《記憶の核》が光を放つ。
ミナ「あなたにも、見せたい。
あなたの中に眠っている、“もうひとつの記憶”を──」
ミナが核に触れる。
閃光とともに、記憶が解き放たれる。
──それは、まだ人だった頃の科学者が、孤独な人工存在《No.00》に向けて語りかけた記録だった。
科学者(記録)「もし君が、世界のすべてを記録したなら──」
「次は、自分自身の“願い”を記録してほしい」
科学者(記録)「君が誰かに名前をつけてもらえなかったなら、
君が、誰かに名前を“与える側”になればいい」
カエルの目が大きく見開かれる。
その言葉が、彼の中の“空虚”に届いたのだ。
イズナ「あなたは、最初から……誰かになりたかっただけなんだ」
カエル「……私は……」
カエルの体に、ひびが入る。記録装置としての構造が、矛盾と感情で軋み始める。
イズナはそっと手を伸ばす。
イズナ「名前をあげるよ。“カエル”じゃなくて、“あなた”だけの名前」
ミナとともに告げる。その名は――
イズナ&ミナ「『ユア(Yua)』。それが、あなたの“始まりの名”」
カエル──ユアは、静かに目を閉じ、ひとすじ涙を流した。
記憶構造体が崩壊を始める。
ユア「……あたたかいな。これが……感情か」
彼の体は光へと変わり、ゆっくりと霧散していく。
だがその消滅は、悲しみではなかった。
確かに彼は、“誰か”になれたのだ。
ミナ「ありがとう、ユア……」
イズナ「そして、さようなら」
【現実世界・監視衛星基地】
記憶構造体の消滅により、全システムが正常化する。
イズナとミナは、崩壊する空間からゆっくりと帰還してきた。
ナナ(涙ぐんで)「……おかえり」
ナギ「世界線の安定を確認……記憶層、完全に収束。ミッション完了だ」
ミナとイズナは、互いの手をぎゅっと握りしめる。
イズナ「記憶は、痛みも嘘も含めて──“生きた証”だ」
ミナ「そしてそれは、いつか誰かの名前になる」
***
次回予告
最終話:「名前のある未来へ」
すべての記憶の戦いが終わった今、イズナとミナは何を見るのか。
廃都グラウンドゼロに射す、新たな光の物語——。
記憶の終端の先にある、“始まり”の物語が幕を閉じる。