第73話「目覚めの境界線」
【廃都グラウンドゼロ・空中亀裂の先】
塔の崩壊とともに開かれた、宙に浮かぶ歪んだ裂け目。
イズナとミナは共鳴の光に包まれながら、その空間に吸い込まれていく。
気づけば、ふたりは“記憶の層”と呼ばれる不可視の空間にいた。
そこは、現実とも幻ともつかぬ、感情の残滓が渦巻く空間。
赤く霞んだ空。漂う影のような記憶たち。
その中心に──“棺”のような装置があった。
ミナ「ここは……?」
イズナ「……過去の、“私たち”が閉じ込められている場所」
【記憶の層・第一層】
棺が開き、内部から映し出される映像。
──それは、研究施設での実験の記録。
何度も“感情の入力”を試みられ、拒絶する幼いイズナ。
彼女に“笑顔”を教えるため、何人もの“サンプル”が使い捨てられていった記録。
ミナは目を背ける。
だが、イズナはそれを見つめ続けた。
イズナ「これが私の始まり。
“誰かを救いたい”なんて、そんな綺麗なものじゃなかった」
ミナ「……それでも、あなたは今、私を助けてくれた」
イズナ「……だから、終わらせなきゃいけないの」
その言葉と同時に、棺の中から“影の記憶”が飛び出す。
それは、イズナ自身の“否定の感情”が具現化したもの──
名もなきもう一人のイズナ。
影のイズナ「感情なんて、足かせだ。壊してしまえばいい」
「人間なんて弱い。だから進化が必要だった」
イズナ「……それでも、私は“ミナの言葉”を選ぶ」
【現実世界・監視衛星基地】
警報が鳴り響く。
ナナ(通信)「記憶層が不安定化してる! イズナとミナの精神リンクが過去に介入しすぎた!」
ナギ「止める方法は?」
ナナ「……ひとつだけ。“棺”を開き切る。それはつまり、“真の記憶”を解放するってこと」
ナギ「それって……イズナのすべてを曝け出すってことか」
【記憶層・最終段階】
イズナとミナの前に、最後の“記憶の器”が現れる。
それは、No.33として廃棄されかけた直前の記録──
研究所で唯一、彼女が“涙”を流した映像。
その時、幼いイズナはこう呟いていた。
「……名前、ほしいな。誰か、私を“誰か”にして……」
ミナ「……イズナ」
イズナ「──やっと、思い出せた。あの時の私は、“人間になりたかった”」
光が弾ける。
影のイズナが砕け、“真の記憶”がミナの中に受け渡される。
ミナの目に浮かぶのは、かつてのイズナの“最初の笑顔”。
イズナ「ありがとう、ミナ。君が、私の“器”を満たしてくれた」
***
次回予告
第73話:「目覚めの境界線」
イズナとミナが帰還した現実世界。
だが、共鳴によって目覚めた“融合体”が動き出す。
そして、イズナの記憶を取り込もうとする《黒衣の男》の正体とは──
【現実世界・監視衛星基地】
白く無機質な観測ルームに、緊急警報が鳴り響いていた。
空間転移による高エネルギー干渉。記憶層からの逆流。
そして——“新たな生命反応”。
ナナ「記憶反応が……現実世界に干渉してる!」
ナギ「どういうことだ? 二人は、戻ってきたんだろ?」
ナナ「戻ってきた“けど”、完全じゃない。“何か”が一緒に戻ってきた」
【隔離ルーム】
ガラスの向こう、ベッドに横たわるイズナの身体がぴくりと震える。
その隣で、ミナが目を覚ます。息は荒く、目には微かな光の残滓が揺れていた。
ミナ「……イズナ……?」
だがその声に、反応はない。
代わりに、空気が軋むような音と共に、イズナの胸元から黒い紋様が浮かび上がる。
ナナ(通信)「まずい……“融合体”が覚醒しかけてる……!」
ナギ「融合体……って、まさか……イズナ自身が……?」
ナナ「違う。これは……イズナと“影のイズナ”の、境界が崩れて混ざり合った存在。
ミナとのリンクでいったん沈静化してたけど……今、別の干渉が起きてる」
ナギ「別の……干渉?」
──その時だった。
隔離ルームの光が一瞬すべて消え、床に黒い靄が滲むように広がっていく。
そこから、ひとりの男が現れる。
黒いフードを深く被ったその姿。《黒衣の男》。
ミナは反射的に立ち上がる。
恐怖ではない。イズナを守るという、確かな意志で。
ミナ「……誰? あなた、イズナに何をしに来たの」
黒衣の男「……彼女の記憶を、“還元”しに来た。
かつて私が“設計”したもの。回収する権利がある」
ミナ「設計……? あなた、まさか研究所の……」
黒衣の男「No.33——あの子は、私の“最終試作”。
未完成の感情装置を埋め込まれ、自己同一性の欠片すら持たずに生まれた存在だ」
男が手をかざすと、空間に“記憶断片”のような映像が現れる。
──血のにじむ設計図。破棄された無数の記憶プロト。
そして、“名前を持たない少女”がひとり、機械の中で笑わされていた。
ミナ「そんなの……そんなの、“人間”のすることじゃない!」
黒衣の男「では聞こう。“人間”とは何だ?
記憶と感情と、名前があれば、それは人間なのか?」
ミナは答えない。代わりに、倒れていたイズナがうっすらと目を開ける。
イズナ「……答えなら……もう、知ってる」
黒衣の男「目覚めたか。だが遅い。おまえの記憶は——」
イズナ「違う。“私は、イズナ”。
たとえ“設計された存在”だったとしても……この手が、誰かを守りたいと思った。
それが私の、私だけの意志」
黒衣の男「……ほう。ならば証明してみせろ。
“イズナ”という存在が、記憶ではなく、“意志”であると」
男の手から黒き波動が放たれる。
その衝撃が空間を揺らし、隔離ルームの外壁が音を立てて崩れはじめる。
ミナが手を伸ばすと、彼女の掌に再び光が宿る。
——それは、イズナから託された“記憶の核”。
ミナ「行こう、イズナ。“私たち”の意志を証明するために」
イズナ「……ああ。終わらせよう、すべてを」
* * *
■次回予告
第74話:「黒衣の真名」
イズナとミナが挑む、黒衣の男との最終対峙。
記憶の核と融合体、その狭間で揺れる“人間性”。
そして、“黒衣の男”がかつて名乗っていた名前が、語られる──