第6話:進化の共鳴
地下記録中枢。
その最深部で、クロとカナ・ジンライは対峙していた。
互いに、人類の“進化”を身に宿した者同士――だが、立つ場所は正反対。
> 「記録なんて、もう終わらせる時期なのよ」
そう言い放ったカナの右腕が、鋭く伸びた。血液の硬化により形成された刃が、空間を裂くようにクロに迫る。
クロはわずかに身を捻り、肩でその攻撃を受け止めた。
ジャリ……ッ!
血が滲み出た肩口から、赤い繊維が広がり、即座に装甲化する。
まるで意思を持つかのように、血は“盾”となって攻撃を受け流していた。
「……相変わらず、変な進化の仕方するわね。あんたの“装甲因子”って、自律的なの?」
「知らないさ。でも、俺の身体は……“壊されたくない”って叫んでる」
クロが一歩踏み込む。
蹴り上げられた足から血が弾け、その瞬間に鋭いスパイク状の装甲が形成される。
カナは義手を交差して受け止め、すぐに後方に跳ぶ。
「へぇ、なるほど。攻撃=防御。反応硬化型の防御進化ってわけか」
「お前はどうなんだ?」
クロが問いかけると、カナは笑った。
「私はね、“感情”に反応して武装を変えるの」
彼女の義手が熱を帯びる。
血液が脈動し、まるで生き物のように刃から爪、そして鞭のような武装へと姿を変えていく。
「怒り、悲しみ、喪失――。私は記録の中にいた人間たちの感情を“食って”進化してきたのよ」
攻防が交錯する。
刃と鞭、装甲と血液――進化の武器同士が音を立てて衝突するたびに、断片的な“記憶”が漏れ出す。
> 「……お姉ちゃん、怖いよ……」
「私が守ってあげるから、泣かないで……」
「また、人が死んだの? どうして……」
カナの中に宿る“記憶の残響”。
それは、彼女が破壊してきた“記録”に染みついていた、消しきれない人の声だった。
「お前は、こんな感情を抱えたまま戦ってるのか」
クロの声は、攻撃の最中に届いた。
「当たり前でしょ! 私が背負った記憶を、誰が消してくれるっていうの!」
カナが叫ぶ。だが、瞳の奥は――どこか、迷っていた。
> ザリッ――!
クロの腕が突き出され、カナの肩を掠める。
刹那、彼の血がカナの血と触れ合った瞬間――
共鳴が起きた。
互いの中に眠っていた“記憶”が、一瞬、交差する。
> 「カナ……逃げなさい! あなたの進化は未完成なの!」
「でも……私は……私だけは、家族を守りたいのよ!!」
「ミナ……あなたも、クロも……なんで私を置いて……!」
カナの表情が凍りつく。
自分が消そうとしていた“記録”に、まだ愛情が残っていたこと。
憎しみだけでなく、守りたかった感情も、確かにあったことに気づいてしまった。
「……お前も、失ってるんだな」
クロの声は、静かだった。
「記録を壊しても、失ったものは戻らない。でも、記憶が残っていれば――“進化”は選べるはずだ」
カナの腕が止まる。
一瞬の沈黙。そして彼女は、背を向けた。
「……ミナが君に託した理由、少しわかった気がするわ」
彼女の血液アーマーが引いていく。
「また会いましょう。クロ。今度は……私自身として」
そう言い残して、カナは闇に消えた。
> ――共鳴が残したもの。それは、戦いの中に宿る“感情の記録”。
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次回予告(第7話案)
第7話「記憶を食らう者」
休息の束の間、サクラが語る《ナンナ》の正体。それは人の記憶を喰らい、進化を妨げる存在。
クロたちは、ミナが残した“最後の記録の場所”へ向かう――しかし、そこには最初の《ナンナ》が待ち構えていた……!