第58話:「ナギとアヤメの記憶」
崩壊を始めた進化中枢。その中心で、アヤメはナギを抱きしめていた。
彼の瞳が、わずかに揺れたのはほんの一瞬。
「アヤメ……これは、夢じゃないのか?」
「……違うよ。これは現実。あなたが帰ってきた現実」
ナギはゆっくりと腕を動かし、彼女の背に触れる。その手は、まだ冷たく震えていた。
***
外ではミナとナナが、迫る自己崩壊のタイムリミットを前に撤退の準備をしていた。
「あと5分で臨界突破、逃げなきゃ共倒れになるよ!」
「でも……アヤメとナギが戻ってこない!」
「……行くしかない。私たちが信じなきゃ、誰が信じるのよ!」
ミナは叫び、周囲に向けて信号を撃った。
《全員、ナギとアヤメを信じて脱出準備!》
***
アヤメはナギの手を引いて立ち上がる。崩れゆく構造体の中を、ふたりは走り出した。
「……俺、覚えてる。お前の声、あのときの青い空……俺は、ずっと……」
「もう、思い出さなくていい。今を生きよう、ナギ」
「……ああ」
その瞬間、天井が崩れた。
ナギが反射的にアヤメをかばい、その腕が赤く滲んだ。
次の瞬間、その血液が蒸気を発して硬化する――
「……これが……僕の進化?」
「ううん、それは“希望”だよ。ナギ」
突き破るように走るふたり。その背中を守るのは、真紅の血で形成された“アーマー”。
希望の名を宿した進化が、世界を救うために動き出す。
光が、外へと通じる道を開いた。
仲間たちの姿が見えた瞬間、ナギはアヤメの手を強く握った。
「……もう、離さない。誰も、何も」
【つづく】