第55話:「人間の定義」
暴走するプロト・ケルベロス。その三つの咆哮が、地形を塗り替える。
黒い霧が辺りを覆い、触れた大地は粉々に崩れ落ちていく。
ナナが通信機越しに叫ぶ。
「アヤメ、制御できてないじゃない!」
「……彼はもう、“私の声”では止まらない。
でも、私たちの“意思”なら届くはずよ──!」
***
クロの《グリムアーマー》は、血液由来の重装鎧。
防御に優れ、敵の攻撃を受ければ受けるほど、再構築とともに密度と硬度を増していく。
一撃を受け止めるたび、赤黒い血の結晶が肩や背に隆起していく様は、まるで“黒鉄の獣”。
ミナの《レゾナンス・モード》は、神経伝達速度の極限加速による、未来予測に近い回避型形態。
全身の血流と神経を強制同期し、まるで時の隙間を滑るように動く。
その姿は、残像すらも武器になる“閃光の亡霊”。
「クロ、あんた受け止めて! 私が切り込む!」
「任せろ、ミナ!」
巨獣の前脚が振り下ろされる。
クロが両腕を交差して受け止め、血の鎧が爆ぜる音が響く。
そこにミナが突っ込む。
閃光のような動きで、三つ首のひとつ《左頭・解析核》へと踏み込む。
──斬ッ!
「今だ、ナナ、転送!」
アヤメの血液をナノカプセル化した“進化因子”が、ミナの刃へと流し込まれる。
《解析核》に直撃した刃は、ただの斬撃ではなく、“感染解除信号”となって敵を貫いた。
ケルベロスの咆哮が止まる。
「効いてる……!」
だが、中央の頭部《制御核》が覚醒し、周囲のゾンビ群が黒い霧に飲まれ“融合変異”を始める。
「これが……第二段階《吸収進化》……?」
アヤメが目を見開く。
「このままじゃ、地球そのものが“彼”に取り込まれる──」
ミナが歯を食いしばる。
「だったら、私たちが人間だってこと、ぶつけてやるよ!」
クロも叫ぶ。
「お前が何百の命を喰おうが、こっちは“想い”で立ってるんだよ!」
燃える地表。崩壊する空。
その中で、彼らは叫ぶ。
「俺たちが“人間”だ!!!」
──戦いは、次なる局面へ。
【つづく】