第52話:「侵食ノイズ」
──「お前たちは、“限界”を超えてしまったんだよ」
その声は、どこからともなく響いた。
割れたケルベロスの残骸。その奥から、灰のような霧が漂い始めた。
クロが本能的に後ずさる。
「これは……違う。ゾンビウイルスじゃない……」
ミナの血アーマーが反応し、わずかに剥がれ落ちる。ナナも同様に膝をつく。進化した体すら、何かに“侵されて”いた。
「ノイズ、ってやつよ」
ナナが呻きながら言った。「第3波」と呼ばれる情報災害。人類の脳、意識、進化した肉体をすら、音と波長で狂わせる新たなウイルス変異。
そして――
残骸の中から、ケルベロスの“芯”が這い出てくる。だがその姿は既に機械ではなく、半ば黒い触手のような生物と化していた。
「新たな適応を観測。お前たちの“血”を、もらうとしよう」
ナナがよろめく。
「こいつ、Z進化を“食って”……進化してる……」
ミナが前に出ようとするも、頭痛に襲われ崩れ落ちる。
「音が……耳じゃなくて、“脳”に……!」
クロは歯を食いしばり、仲間たちをかばうように前に立った。
だがその肩口から、血が滲み――勝手に“鎧”が形成され始めた。
意志に関係なく、“身体が”戦闘態勢に入る。
「制御が……効かない……?」
彼の目に、薄く赤いノイズが混じる。
そのとき――
「下がれ、クロ!」
誰かの声が、上空から響いた。
降ってきたのは、長い白髪をなびかせた女性。彼女の背から、複数の有機的なブレードが伸びている。
「第三世代・進化型。コードネーム《アヤメ》」
彼女は言った。
「私は“ノイズ汚染”に特化した進化体。制御不能になる前に、排除に来たわ」
クロが叫ぶ。
「待て、ミナもナナもまだ……!」
だが彼女は一瞥し、冷たく言い放つ。
「“まだ”は通用しない。感染源は、お前たちそのものだ」
――新たな進化体の登場。
敵か、味方か。真の脅威、“ノイズ”とは何か。
人類のZ進化は、ついに制御の臨界点を超えようとしていた――
【つづく】
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次回・第53話では、《アヤメ》の過去や、“ノイズ進化”の正体に迫る。