第45話:「記憶の深淵 ―第零区へ―」
地下都市〈セラフィム・ネスト〉の奥深く、さらにその下層――そこが封印されていた領域、第零区だった。
重力がゆがむような感覚。金属も石もすべてが黒に染まり、空間そのものが記憶の残滓で構成されている。
ナナが一歩踏み出すたび、足元から靄のようなものが立ち上り、過去の断片を映し出した。
――子どもの声。誰かの笑い。誰かの悲鳴。
それは、かつて彼女が“人間だった頃”の記憶のかけら。
クロはその横顔を見つめながら、口を開いた。
「……本当に行くのか、ナナ? お前がいちばん、この場所に……」
ナナはゆっくりと頷いた。
「行くよ。ここに、私たちの“始まり”がある。……そして、“終わり”も」
ミナが背後から言う。
「この場所、気を抜いたら記憶ごと飲まれる。……気を張っていきましょう」
レコーダーが言葉を続ける。
「この領域は“記録された痛み”の海。各人、精神耐性を最大まで維持せよ」
そのとき、前方の黒い霧が裂け、巨大な“影”が現れた。
それは人の形をしていた。だが、明らかに“人”ではなかった。
「――これは……記憶の集合体?」
クロが問うた。
「いえ、違う」
イザベラが静かに言った。
「……《Ω(オメガ)》よ。
記憶を喰らい、自己を膨張させる“王”。
Z因子の、最終的な進化系」
《Ω》が口を開いた。
「……還れ。ここは、記憶の海。お前たちには重すぎる」
ナナが前に出た。
「いいや――私は、ここで知りたい。自分が、なぜ生き延びてきたのか。
“誰かの記憶を食べてまで”進化した意味を、見つけるために!」
空間がうねる。
黒い波が襲いかかるその瞬間、クロの血が弾けた――。
「ガードッ!」
その血液が瞬時に結晶化し、盾となる。
砕け、赤い霧となって宙を舞う。
「……これが……“適応”ってやつかよ。悪くねぇ……!」
ナナとミナも応戦する。
ナナの腕に走る亀裂から、青白い発光が広がり、半透明の“鎧”が形成される。
「進化の本当の意味は、“共に生き残る”ことだって……私、信じてる!」
――そのとき、レコーダーが静かに呟いた。
「記憶波動、安定。第零核、発見」
彼らは、Z因子の“母体”へと手を伸ばす。
それが、希望になるか、破滅の鍵になるか――まだ、誰も知らない。
――第45話、終わり。
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次回予告(第46話案)
「Zの母体 ―進化の代償―」
ついに姿を現したZ因子の原点《母体》。しかしその正体は、人類の罪と絶望が生み出した存在だった。選ばれるのは「進化」か、「人間性」か――。