第44話:「選択の刻(とき)」
暗い地下通路を抜けた先に、白い部屋があった。
イザベラの案内で辿り着いたその場所は、旧世界の“端末室”と呼ばれる空間。
床に配線が走り、無数のホログラムが天井を漂っている。
「ここで……選ぶってのか?」
クロが苛立ちを隠せずに問う。
「ええ。選ぶ覚悟があるなら、私は“すべて”を見せるわ」
イザベラは端末台の前に立ち、指を滑らせた。
その瞬間、空間に像が映し出された。
――《Z因子》
人類が人類であることを保ちながら、ウイルスに“適応”するために作られた改造遺伝子。
だがその副作用は、“個”の崩壊と、“記憶の同一性”の喪失だった。
ミナが呻くように言った。
「だから……あの時、父は……私のことを思い出せなかったんだ……!」
ナナが震えながら、視線をクロへ。
「……私も、同じ。Z因子の試作体……名前も番号で呼ばれてた。
記憶は壊れていったけど……クロに会って、少しずつ、形になった……」
イザベラの声が静かに響く。
「この“因子”を根絶すれば、進化は止まる。
けれど同時に、“感染に耐える”術も失う。
……人類は、再び絶滅の危機にさらされるかもしれない」
クロは答えない。
視線の先では、ナナが静かに微笑んでいた。
「わたし……人間になりたい。
“記憶”が壊れても、忘れても……もう一度、誰かと“心”をつなげたい」
ミナが立ち上がる。
「私は……もう同じ過ちは繰り返さない。戦うわ。例えそれが、終わりに繋がるとしても」
レコーダーも短く言った。
「選択確認。クロ。判断を」
クロは静かに立ち上がり、手を伸ばす。
「――教えてくれ、イザベラ。
“破壊”する方法は、どこにある?」
イザベラが、わずかに笑った。
「……ふふ、あなたが選ぶと思っていた。
でもその前に、“鍵”が必要。記憶のパンデミック……第零区に眠る、“Zの母体”を」
そのとき、警報が鳴った。
《警告。第零区――封鎖解除。対象、接近中。》
「……来たわね。“無き者”の王……《Ω(オメガ)》が」
――第44話、終わり。
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次回予告(第45話案)
「記憶の深淵 ―第零区へ―」
Z因子の源が眠る地・第零区へと向かうクロたち。だが、そこには恐るべき《記憶の墓場》が待っていた。