第43話:「逃亡科学者イザベラ」
静かに、イザベラは歩を進めた。
高いヒールが鉄床に触れ、硬い音を響かせる。
その背後では、旧世界の研究施設が火花を散らしながら崩れ落ちていく。
「“ナナ”……あなたが動いてしまったなら、もう計画は止められない」
レコーダーが一歩、前へ。
「イザベラ・クロード。旧管理局・第七研究群所属、現在行方不明。
裏切り者と認定されているはずだ」
イザベラは口元で笑う。
「そう。裏切ったわ。あなたたちが“人類を救う”と称して、どれほどの命を切り捨てたか、見ていられなかった」
ミナがナナをかばいながら睨む。
「あなたは……あの子の“生みの親”なの?」
イザベラの笑みが消える。
「そうね。技術的にはそう。でも“母”ではない。
彼女に“人としての心”を与えたのは、私じゃない」
ナナが一歩前へ出た。
「……あなた……知ってる……あなた、泣いてた……。あの、寒い部屋で」
イザベラの目が大きく見開かれる。
だが次の瞬間、彼女は静かに目を伏せた。
「記憶断片が残ってるのね……ええ、そうよ。
でもその“涙”のせいで私は追われ、仲間を殺された」
クロが言葉を挟む。
「なら、お前は……俺たちの敵じゃないのか?」
イザベラは、鋭い視線でクロを見つめる。
「それは、あなたたち次第。
私は“真実”を知る者として、あなたたちに選択を迫るために来た」
レコーダーがデータ表示を切り替える。
「選択……?」
「ええ、あなたたちには二つの道がある」
イザベラは左手をかざす。
「ひとつ、私と共に旧世界の中枢に潜入し、“進化の源”を破壊すること」
そして右手。
「もうひとつ、“進化の果て”を受け入れ、この世界を支配する力を得ること」
クロの拳がわずかに震える。
「……そんな選択、誰が望むんだよ……!」
だがイザベラは静かに、最後にこう告げた。
「どちらを選んでも、“人類はもう戻れない”のよ。
ナナが目覚めたことで……“再起動”は始まったのだから」
――第43話、終わり。
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次回予告(第44話案)
「選択の刻」
イザベラの語る“進化の源”とは何か? 迫られる選択、そしてナナが見た“未来”のビジョン――クロは何を選ぶのか。