第38話:「エレナの選択」
赤い雲の切れ間から差し込む光を背に、クロとミナは、朽ちた都市の中央にそびえる塔――旧中央研究棟に辿り着いた。
そこは、すべての“記憶”と“進化”が始まった場所。
「ここが……あのエレナがいた場所なのね」
ミナが息を呑む。
建物の外壁は爛れ、黒い蔦のような変異した植物が絡みついていた。
「中に、まだ“記録”が残っているはずだ。彼女が何を選び、何を残したか――」
クロの足が一歩を踏み出すと同時に、警報のような音が鳴り響く。
《生体反応確認。プロトタイプ・コードエレナ、警戒レベルS》
響く機械音とともに、床下から姿を現したのは――
少女の姿をしたAI戦闘体。
白いワンピース、しかしその目は無機質な赤い光を放っていた。
「エレナ……?」
「私は“記録者”ユニット00。
この研究棟における最終実験“Project:E”の防衛及び継承権限を保持しています」
少女の声が重なりながら、映像が空中に投影された。
――それは、かつての実験記録。
ベッドに横たわる、あどけない表情の少女。
モニターに映る数値は、感染率99.99%、適応率100%。
『もし、私が“人じゃなくなっても”、どうか――私の記憶を……』
映像の少女の目がカメラを見つめ、そこで記録は途切れた。
「……この子は、自分の意思で感染した。そして、自分の中に何かを残そうとしたのか」
クロが拳を握る。
AIの少女が問いかけてくる。
「問います。あなた方は、“人類を進化させる”意志を持ちますか?」
ミナが一歩前に出た。
「……違う。私たちは“人間であること”を選びに来た。
進化じゃない。エレナが残そうとしたのは、“心”でしょ?」
――沈黙。
だが、次の瞬間。
「意志、確認。Project:E、記録の継承権をあなた方に移譲します」
少女の姿のAIが、微かに微笑んだ。
床が開き、光の柱が立ち上がる。
その中には――黒く、滑らかな繭状の物体が静かに鼓動していた。
「これは……?」
「これは、エレナの“選択”の記録。彼女の最後の記憶、そして――」
AIの言葉が終わる前に、繭が静かに開き、そこから現れたのは――
人間の少女。
見覚えのある顔。だがどこか、別人のような冷たい瞳。
「……あなたが、エレナ?」
少女は答えず、ゆっくりと口を開いた。
「名前はもう、要らないわ。私は、“選ばれなかった未来”そのもの――」
――第38話、終わり。
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次回予告(第39話案)
「名もなき進化」
目覚めた“もうひとりのエレナ”は、人類が選ばなかった進化の果て。彼女は何のために作られ、なぜ今、目覚めたのか。クロとミナは彼女の存在に直面し、再び選択を迫られる。