第37話:「紅の槍、貫けしは」
クロの手に宿った真紅の槍――スカーレットランス。
それは、彼自身の血液と、ミナの流した涙が共鳴して生まれた“意志の武器”。
槍の穂先が空気を裂くたび、戦場に残るゾンビたちさえも沈黙する。
「行くぞ、最後の壁を壊す!」
クロが跳ぶ。
赤い光が尾を引き、適応者の胸部へ一直線に迫る。
「“進化”に、感情は要らぬ――」
適応者が咆哮し、黒い触手のような血の装甲を展開する。
激突。
――刹那。
槍が触手を貫き、血の甲殻を粉砕し、適応者の胸を穿つ。
だがその瞬間、クロの意識に再び流れ込む――記憶。
今回は、少女の視点だった。
小さな研究室の隅。
無表情のまま、ガラス越しに自分の血液サンプルを見つめる少女。
彼女はウイルスに最も“適応した”存在だった。
そして、初期の段階で――
“自ら望んで感染した”唯一の人間だった。
「名前は……エレナ」
クロは呟いた。
ミナが顔を上げる。
「え?」
「このウイルス……いや、この進化の原点には、“彼女”がいたんだ。人類とウイルスの境界を、自分の命で越えようとした、少女が」
その名前が適応者の中で響く。
「――エレナ……?」
すると、戦意を失ったように適応者の身体が崩れ落ちる。
血の甲殻が溶け、灰のように空へ舞い上がる。
静寂。
ミナが問いかける。
「クロ……これって……?」
クロは槍を地面に突き立て、深く息を吐いた。
「彼の中にも、“エレナの記憶”があった。
進化じゃない。これは、記憶が命を紡いでたんだ。
俺たちが戦ってたのは、ただの怪物じゃなかった。
――過去そのものだ」
ミナが拳を握る。
「じゃあ……この世界にまだ、希望がある?」
クロは空を見上げる。
そこには、赤く燃える雲の切れ間から、微かに陽が差していた。
「まだ終わってないさ。
進化は……選び直せる。人として、何度でも」
――第37話、終わり。
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次回予告(第38話案)
「エレナの選択」
全ての始まりにいた少女、エレナ。彼女の記憶を辿るため、クロとミナは“中央研究棟跡”へ向かう。そこには、記録されなかった最終実験と、クロ自身の過去の断片が眠っていた――。