第32話:「決戦前夜」
――夜が、静かすぎる。
フェアレイン中央部、崩壊した市庁舎跡。
そこに、クロたちは身を潜めていた。
先の戦闘で深手を負ったクロは、右腕をアーマー化したまま気を失っていた。
血液硬化による負荷は想像以上で、細胞再生能力がなければ身体は砕けていたという。
ミナは彼の傍らに座り、彼の手を握っていた。
その瞳には、迷いと決意が揺れている。
そこへ、エルナが現れる。
銀の髪を短く束ね、無表情の中にほんのわずかな怒りを宿した女性。
彼女の手には、何かのデータドライブが握られていた。
「これは……ノエルが、君たちに託した“最後の鍵”。」
ドライブを差し込むと、ホログラムが起動した。
そこに映し出されたのは――ノエルの記録映像。
> 「アレンは、“人類最後の賭け”だった。
ウイルスに適応するだけでは足りない。
“共存”を選ぶために、彼はあえて進化を促された。
でも……失敗した。
感情も、人間らしさも、すべて失われた。
だから、もし彼が完全に覚醒する前に――
“私を思い出させて”。
それが、彼を止める唯一の方法だから。」
沈黙が落ちる。
ミナがゆっくりと立ち上がった。
「……私、行く。アレンに“人間だった時間”を思い出させるために」
「だが、それは危険すぎる」
エルナが制止するが、ミナは首を振る。
「彼は私の弟のような存在だった。放っておけない」
そして、目覚めたクロが低く呟く。
「行こう……皆で、終わらせるんだ」
そのとき、リタが空を見上げて言った。
「……動いてる。アレンの波動が、都市外縁にまで広がってきてる。
最終進化体に至る“予兆”だ」
エルナは冷静に言う。
「彼が完全に変異すれば、この大陸全土がゾーン化する。
最終兵器を使うしかない。だが、それは“世界ごと焼き尽くす選択”よ」
クロは静かに、だがはっきりと断言した。
「それは最後の手段だ。まずは、“希望”で終わらせる方法を試す」
夜が明ける。
終焉の都市に、最後の戦いの朝が訪れようとしていた。
――第32話、終わり。
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次回予告(第33話案)
第33話「記憶の叫び」
アレンとの最終戦突入。ミナが過去の記憶を喚起させようと語りかける中、クロが「ノエルの記憶」を具現化し始める。だが、アレンはすでに“自我の最終消失”を迎えようとしていた――。