第3話:Z進化者
「それで……君はどこから来たんだ?」
瓦礫の上に腰を下ろしながら、クロはサクラに尋ねた。ビルの隙間から差し込む光が、崩れた都市を薄く照らしている。
「“記録都市N-13”。かつての研究都市よ。Z進化者が最初に誕生した場所って言われてる。……私も、そこで目覚めた」
サクラは空になった水筒を指で弄びながら答える。彼女の目はどこか遠く、そして少しだけ怖れていた。
「Z進化者って……つまり、俺たちは“ゾンビじゃないけど、人間でもない”ってことか?」
「そう。ウイルスに感染したうえで、“適応した”存在。でもその進化は、代償付き」
「代償?」
「記憶。感情。そして……時に、人間としての理性」
サクラは、肩の血液アーマーが乾き壊れ落ちていく様子を見ながら、続けた。
「Z進化には段階がある。今、あんたは“第1段階”か、“覚醒初期”。でも進むごとに“今の自分”が薄れていく。代わりに、ウイルスに適した人格が構築されるの。強くなるたび、“ヒト”から遠ざかる」
クロは黙って、自分の左腕を見た。皮膚の一部が灰色に変質し、神経のような模様が浮かび上がっている。**それが“進化の証”**であるかのように。
「……そんなもん、必要か?」
「必要だよ。人類が生き残るには、ヒトのままじゃ無理。あんたがさっきの奴を見ただろ。あれが“感染者第6変異型”。普通のゾンビとは違う、ウイルスの意思に近い存在。『ナンナ』って呼ばれてる」
「ナンナ……」
「そして、そういう怪物を生み出したのが、かつて人類だった“研究者たち”。あんたの進化の先には、そいつらの記憶が眠ってるかもしれないよ」
クロが眉をひそめたとき、遠くから重低音が響いた。
ドォン……ドォン……
「……これは?」
「来たか。『掃除屋』。Z進化者を抹殺するための人間の部隊よ」
サクラは銃を構えた。
「どうして人間同士で――?」
「進化者は危険だから、って言うけど……本当は、私たちが何かを知ってる可能性があるから。消したい記憶。触れられたくない真実。それが、この世界にはあるのよ」
足元の地面が震えた。瓦礫を蹴り上げ、黒い装甲車両が現れる。そこから現れたのは、ガスマスクに黒い外套を纏った集団。
その胸元には、赤い十字のような紋章――《人類秩序回復機構(ORD)》のマーク。
「クロ。悪いけど、次は……“人間”が敵だよ」
> 「Z進化第2段階、接続準備中――」
「記憶領域α:研究記録、封印解除」
「感情フィルター、初期化開始」
クロの脳裏に、また機械のような声が響く。
「おいおい……こっちはまだ“ヒト”でいたいんだけどな」
でも、――どうせならその“記憶”ってやつ、見せてもらおうじゃないか。
銃声とともに、夜が始まる。
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次回予告(第4話案)
第4話「記録の檻」
クロは戦いの中で、断片的な過去の映像を見る。「ウイルス研究施設」「実験体番号X-11」「女性研究員の声」――記録の中で語られる“本当の終わりの始まり”。そして、Z進化者にしかアクセスできない、秘密の場所への道が明かされる。