第19話:記憶を喰らう塔
融合体は、まるで黒い塔のように施設の天井を突き破り、空へと根を伸ばしていた。
その身には、喰らった人々の“記憶”が断片的に浮かび上がり、呻き声のように空気を震わせる。
「これが……人間の“終わり方”なのか……」
レンが呟く。
彼の腕はすでに“血の鎧”を纏っていたが、敵の重力攻撃で自由に動かせなくなっていた。
「重力が……反転してる!? 空間そのものが、歪められてる……っ!」
ミナが崩れ落ちそうになる床を必死に踏みしめる。
クロはアイリを背負いながら、塔の中心へと進む。
「……あの融合体、ただのゾンビの寄せ集めじゃない。
記憶を、意思を、“個”を取り込んで進化してる……!」
サクラが振り返る。
「なら、私たちの“記憶”も狙われる。ここで倒れたら、自分自身を失うってこと……!」
■《ゼロ・グラヴィス:能力発動》
《記憶侵蝕》――対象の深層意識を読み取り、過去の記憶を幻覚として展開。
対象の精神を崩壊させ、“統合”する。
次の瞬間、クロたちの視界が、白く、歪んだ。
――ミナの前に現れたのは、幼い弟の幻影だった。
「姉ちゃん、どうして僕を置いていったの……?」
――レンの前には、かつて殺めてしまった仲間の姿が浮かぶ。
「裏切り者……お前が俺たちを“見捨てた”んだ……!」
――サクラの周囲には、死んだ部隊の仲間たち。
「お前だけが生き残った。お前だけが、何も変わらなかった」
彼らの足が止まる。
心が、侵され始める。
「やめろ……俺は、そんなつもりじゃ……!」
「私は……私だって、生きたかっただけで……!」
その中で、クロだけが前へと進んでいた。
「記憶を喰らうってのは、過去に縛るってことだ。
だったら、俺は“未来”だけを見てやる……!」
アイリの瞳が開く。
彼女は震える声で叫ぶ。
「にいちゃん、後ろ――ッ!」
――重力が、一点に集中する。
クロの身体が軋む。骨が、皮膚が、砕けそうになる。
だが、そこに――
「甘いわね、塔くん」
サクラが、銃を構えたまま重力場に飛び込んだ。
同時に、レンの拳が“血晶化”し、中心核へと突き刺さる。
「……俺たちは、“忘れてない”。あの時の後悔も、苦しみも、“戦う意味”も……!」
塔が咆哮を上げ、崩れ始める。
「クロ……行って……核を、壊して……!」
クロは仲間たちの声に背中を押され、跳んだ。
かつての世界を喰らい尽くした“記憶の塔”に、拳を叩き込む。
「終わりだ、ゼロ・グラヴィス――!」
――そして、塔は崩壊した。
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次回予告(第20話案)
第20話「再構成」
融合体を破壊し、記憶を守ったクロたち。
しかし、それは新たな進化の扉を開く“代償”だった。
彼らの肉体と精神が、“次の段階”へと組み替えられていく……。