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『奈落』より①

漸く出せる第2話!ナツミちゃん視点で進みます~。

 私たちが目を覚ました日から早くも5日が過ぎた。

「博士」を自称する石和アスカが語るこの世界の形は、なんだか滅茶苦茶で誰かの夢の話を聞かされているようだった。そのせいだろうか。狭い水槽から生まれた子どもたちは、あんなに興味津々だった外の世界に対する好奇心を早々に他へ移してしまった。

例えばタツクなんかは自分の機体(ボディ)がどんな風に動かせるのかに強い興味を示している。文字通り、理想を体現するように身体を躍動させることが心底たのしいらしく、ちゃんばら相手やケンカ相手を求めて一通り皆を巻き込んだ。最終的に誰も相手をしてくれなくなって、今は強引にエイタローを付き合わせて・・・

「逃げてばかりじゃ訓練になん無ぇよ!!エイタロー!」

「・・・そそそんなこと、言われても。無理なことウワッ!!無理だよぉ!!」

 模擬戦とは名ばかりの一方的なリンチが行われています。


男の子組の最後の一人、リョウヤはと言えば、施設内をぐるりと見て回った後数日「書庫」に籠って、今朝突然博士の「研究室」の扉を蹴破ってズカズカと踏み入った。


そして私。N型ことナツミと名付けられた私は、なんとなく施設の廊下を歩きながらサイカさんを探していた。理由は特に無いけれど、なんとなく「あの子は今何処に居るのだろう?」と、ふと気になったから。

博士が言うには、この施設は『タルタロス』という名らしい。

真っ白な廊下に窓は無く、代わりに外界の景色が壁の一部に大きく映されている。真っ黒な断崖絶壁とその奥で光っている真っ青な空。たったの5日間だけど、あの空の色は橙色に光ったり緑色の暗雲がたち込めたりと忙しなく様相を変えている。博士が何度も口にする”世界は壊れている”というのはつまり、ああいう無秩序さ、支離滅裂さのことを言っているのだろう。

混沌と化した世界は刻一刻と姿を変え、更新されてゆく。その中で生じた負荷が歪となって亀裂を生み、無駄なモノ、無用になったモノがそこに流れ着いて吹き溜まる。博士はそういう場所を「奈落(ならく)」と呼んで、それにちなんで基地の名前を名付けたとか。

「捨てられて、忘れ去られた黒に塗れたこの場所は、良くも悪くも変化しない安定した領域だからね。安心安全のマイホームを置くにはうってつけという訳さ」

なんて、博士は冗談めかして私たちに語ってくれた。


「サイカさーん?どこにいるのー?」

廊下の静けさはモノクロの景色により一層に助長されている風に感じる。しんと静まり返った空間で一人、返答の期待できない声を上げながら歩く。空虚さの実感とともにだんだん気恥ずかしさが沸き上がって来た。

「もうやめようかなぁ。別になにか意味がある訳でも無いし・・・」

きっと少し心細かったんだ。

目覚めてすぐに、名前だとか使命だとか、世界のことだとか、半ば強引に色々なことを教えられた。それでも私の胸中はどこか空っぽで、空っぽな分を、重みも色も、匂いすらない不安の霧が埋め尽くしている。

自分でもね、何が不安なのか分らないんだよ。

言葉にならない不安の一つ一つを脇へ除けて、どうにか言葉にできた不安といえば―――

「私ってなに?」

つい口をついて出た呟きに薄く笑う。

おかしいや。散々説明してもらったじゃない。


 ぞわり。 と、背中に総毛立つ違和感が走った。


「何!?」

反射的に眼球を揺らして前方180度素早く確認する。異常は発見できない。さらに首と胴を回しながら視界の端をずらしてゆく。コンマ数秒の間に延長されてゆくパノラマの中に一点、きらりと空の色を反射しながら接近する”異常”を見つけて。

あれは何?

今度はそんな疑問を口に出す猶予は無かった。次の瞬間には点は具体的な姿容(すがたかたち)を目視できるほどに距離を詰めていた。全身に回避命令が駆け巡る。生まれて初めて体験する最大音量のアラートに戸惑う心と、驚くほど迅速に後方へ飛び退く動きをとる機体への違和感が交わって、次の瞬間足と思考が縺れた。

博士は私たちを漸く完成した成功作だと誇らしげに讃えてくれた。彼女が求め続けた、真に魂を宿し心で動くアンドロイドなのだと。

躓いて尻もちをつきながら、間近に迫った頭部が映し出される壁面の映像に怯えながら、こんな風に誤作動を起こす心を持っている私は失敗作なのでは無いだろうか?と考えた。

壁を割って映像じゃない実物が姿を現す。


黒曜石のような光沢をもった黒い鱗。三角柱型の頭部の側面に上下二つの口が並んでいて、同時にがぱりと開く。見上げた顎の下、三角柱の底面にも一つ小さな顎が備わっているようで、細く二股に裂けた黒い下が伸びていた。三対の瞳が六つの光を放つ。長い首は蛇の胴体のようでありながら、ところどころ魚の(えら)のように小刻みに開閉する部位がある。その隙間からとめどなく冷気が漏れていた。

六本指の前脚が壁の裂け目から差し込まれ、隆々たる腕がさらに裂け目を圧して崩す。

「博士が言ってた・・・これが、竜!!」

瓦礫と瓦礫の隙間から覗く光景と、損傷を免れた壁面のモニターに映る景色とか微妙にズレながらもリンクする。歪に組み合わさった視界いっぱいを覆いつくすほどの大きな翼が広げられる。襲い来る風圧に目を瞑りかけ、生じた轟音はひどいノイズとなって入力された。

なんだこれ。規格外すぎるでしょ。

どうにかできる想像ができ無い。私の”能力”ならどうにかできるだろうか?

錯綜思考に突き動かされて、咄嗟に竜に向けて指を指してしまった。竜は私の余りに拙く中途半端な攻撃の動作に感づき、それを敵対行為として見做したらしい。伸ばした腕はあっという間に凍り付きそれ以上動かすことができなくなっていた。

身も心も凍り付いた私に竜の顎が迫る。ぎゅっと目を瞑れば涙が染み出て零れた。


こんな意味の分からない世界で目覚めて。

怖くて冷たくて、凍える思いをして。

こんな訳の分からない怪物に殺されて終わるなんて―――

「ホント、私って何なんだろ」


 「家族でしょ?」


鈴のような声がした。猫のようなあの子の声だ。

次の瞬間爆ぜるような音と衝撃が空を切った。徐に開いた目に映った景色では、サイカと名付けられた少女が力任せに竜の頭を殴り飛ばしていた。

大きく股を開きしなやかに着地すると、また竜へ向かって跳んで行く。

「家族を傷つけるお前は、()()だ!!」

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