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目覚めの日

小学6年生の時分に夢想した物語の焼き直しをいざ・・・!

「おはよう、諸君。起きざまにこんなことを言うのも、なんなのだけれどね。

キミたちが目覚めたこの世界は、残念ながらすでに壊れている」


仄かに白く光る照明に照らされて、薄暗い部屋の奥から若い女性の声が響く。

「世界中に蔓延した奇病のせいで経済が不安定になったせいだとか」

翠緑の髪をふわりと揺らしながら、彼女は不思議と朗らかな声音でそんな風に語り始めた。

「ある二国間で起きた領土問題が、あれよあれよと世界戦争へ発展したせいだとか」

今さっき目覚めたばかりの私にだって、あるいは私と同じ境遇であろう他の3人にだって、それがとても明るくて楽しい気分になるような話では無いと理解できていた。

「何世紀も続いてきた宗教、民族をめぐる差別、対立の帰結だとか」

「進んだ科学技術が少数を肥えさせ、多数を置き去りにしたせいだとか」

「行き止まりにたった社会構造が限界を迎え、人類という種自体に限界が来たのだとか」

だからこそ不可解で仕方が無かった。

「変化・進化を捨てて世界に破壊的な変化を施し続けた人類は、自らの居場所を失い、星の限界と共に心中したのだ!!・・・とかね」

何故彼女はこんなにも底抜けに明るい表情と声音で話しているのか。

「実際のところ何が本当に起こったことなのか、一番の原因が何だったのか、そんなことは誰にも分らないまま世界は滅茶苦茶に壊れた」


「これはね、まず理解しておいてほしい大事な事だからね。だから再三繰り返そう。

 ―――――すでに世界は壊れてしまったんだ」


 *  *  *


円筒形の水槽が巨木の木立のように並ぶ部屋で、私は目覚めた。私たちは目覚めた。

水槽は人一人が入れる大きさで、上と下に物々しい機械の塊が蓋と底になっている。側面は透明な素材で囲われていて、内部の様子を見ることが出来た。

はじめに目覚めたのは私だった。

ぼこぼこと音を立てながら、底の辺りから容器を満たす液体内へ空気が送り込まれてゆく。空気と入れ替わりに液体は排出されてゆく。容器内が私の身体を残して空っぽになると、透明の壁面がくるりくるりと数度回転しながら光となって消えてゆく。消滅してゆく様を見ていれば、ごく薄い素材が何重にも重なって容器の外殻を形成していたのだと気づいた。

その次に一人の男の子が目覚めた。同じように機械音を上げながら容器が開く。

私より少し小柄で、少しだけずんぐりとした子。気難しそうに眉間に皺を寄せていて、今にも不満を漏らしそうに口もとを「へ」の字に歪ませている。

「お、おはよう?」

昼も夜も解らないこの部屋で「おはよう」と言うのはおかしいかな。そんなことを思うのと同時に、私は「おはよう」を知っていることを理解した。不思議な感覚だった。何にも知らないけれど、不自由では無い程度には何でも知っているような気もする。

しかめっ面の男の子は私を一瞥したけれど、何も言わぬまま小さく「フン」と鼻息をふいた。私を無視して彼は何やらぶつぶつと呟きはじめる。その独り言はあまりに高速で聴きとることが出来なかった。

私はただ所在の無い心持ちで自分が入っていた容器の部品に腰を掛け、この状況についてゆっくりと思案することにした。

そうこうしている間に、また容器が開く。今度は二つの容器が殆ど同時に。

一人は赤髪の男の子。はっきりとした目鼻立ちが意志の強さと不思議な気品を感じさせる。

もう一人は髪の短い女の子。眠たげに開かれた瞳が爛々と輝いていて、どことなく猫のようだと思った。かわいい()だな。

二人はほぼ同時に口を開く。

「なんだァ?ここ」

「ねむい・・・」

さっきの男の子よりは”話せる”ような気がした私は、再度ファーストコンタクトを試みる。

「おはよう?・・・二人とも」

先に返事をくれたのは赤髪の方。

「よっ。見たところ、アンタもなにも知らねー感じだな」

「う、うん。ちょっと前に目が覚めたところ」

猫のような子の方は少し人見知りそうに私を含めた三人を見回してから、「そうなのか」と俯いて、それから加えてぽしょりと零した。

「名前が、思い出せない。私は誰だっけ」

「あー、そうだな。困った。俺が最強だってことしか思い出せねェ」

「は?何言ってんだオマエ?」

「あ?」

二人が睨み合う。「最強だろうが」と赤髪の子は誇示するように胸を張って腰に手をやった。次の瞬間、その背後から彼女が背中へ蹴りを入れる。

「最強?」

小突かれてよろけた彼へ両の手で指をさし、子猫は勝気に笑った。負けじと赤髪くんも拳を振り返す。私が会話を続ける間もなく、二人は追い掛けっこの小競り合いを始めてしまった。



「いいね、子供たち。どうやら元気に目覚めたようだ」

暗闇から女の人の声と靴音が響いた。部屋の奥へと続く通路が白く光り出す。照明に照らし出されて徐々に彼女の姿が露わになった。ふわりと癖の付いた髪が照らされて、淡い縹色に光って見えた。

黒いワイシャツの上に白衣を纏った少女は、襟元にしめている銀のループタイを数秒だけ指先だけで握って祈るように瞑目した。

それから顔を上げて、よく通る声を張り上げた。

「おはよう、諸君。起きざまにこんなことを言うのも、なんなのだけれどね。

キミたちが目覚めたこの世界は、残念ながらすでに壊れている」

最悪のニュースをおよそ悲劇的とは程遠い声音で朗々と、そして淡々と。まるで退屈な物語のエピローグを口早にまくしたててしまうような様で語った。


「再三繰り返そう」


 ―――――すでに世界は壊れてしまったんだ」


「私の名前は石和(いさわ)・アスカ。あんたたちを創った、産みの親ってやつだ」

大袈裟に白衣をはためかせて、彼女は名乗る。

「手っ取り早く、『博士』とでも呼ぶと良い」

それから私たちを順に指を指し、一人一人に名を告げた。こんな風に。


まずは私。

「第3世代魂魄複写式(こんぱくふくしゃしき)人工知能(じんこうちのう)登載型(とうさいがた)アンドロイド。人型(ひとがた)創世動力(そうせいどうりょく)機構(きこう)・・・銘打って、『コスモズ』!!」

『コスモズ』。それが私たちの名前。

博士がさらりと付け足した、「大雑把に言ってしまえばアンドロイドってやつね」という言葉を両手で受とって、手の中に収まったそれをまじまじと眺めるみたいにゆっくりと咀嚼した。

私たちはアンドロイド。

「そしてあなたは最も均整のとれた性能(スペック)に仕上がったN型。名前は『ナツミ』!」

私の名前はナツミ。

次に指を指したのは赤髪の男の子だった。

「あなたは人工知能の偏向調整を試みた……”戦士の精神”を追求したT型。名前は『タツク』!」

「もっとカッケー名前は無ぇの」

不平を言うタツクを無視して、博士は続けざまに猫っぽいあの子を指さす。

「対してあなたは”戦士の身体”を追求したS型。本体(ボディ)性能の最高峰(ハイエンド)モデル。名前は『サイカ』!」

「サイカ…なんか変な名前」

猫の子は不思議そうに首を傾げ、頭の中を見回すみたいに虚空をきょろきょろと見上げた。

最後あの不機嫌そうな男の子だった。

「あなたはR型。学習能力と演算能力の畢竟。名前は『リョウヤ』!」

「了解」

リョウヤは短く答える。不機嫌そうな顔の割に、不平不満は洩らさなかった。

これで4人。既に目覚めているコスモズたち全てに彼女は名と存在を示した。

けれど、これで最後では無かったみたいだ。

博士は私たちのずっと奥を睨みつけて、指を指した。背中の方角から機械音が聞こえる。泡立つ音。排水音。つまり私たちと同じようにまた一人目覚めたのだ。

「最後に・・・」

さっきまでと同じように、自慢げに、博士は意気揚々とその性能と名を告げようとした。

彼のその姿を見るまでは。

博士の表情はみるみる内に移り変わる。困惑や不安、苛立ちの色はじきに理性によって制御されてゆく。最後には不敵に笑ってみせた。

「彼はA型。名前は・・・そうだね、『A太郎(エイタロー)』とか、そのあたりでいいんじゃないか?」

朗らかな微笑みを湛えたまま彼女は彼にそんな風に言った。どこか冗談めかした言い方で。

覚束ない足取りで歩み出た少年は、怯えた表情で私たちを見る。細く小さな体格に青白い肌。浅く視線を覆う長い前髪の隙間から覗く瞳の黒さ、底なしの闇みたいな色が印象的な少年だった。


挿絵(By みてみん)


エイタローに。”私たち”全員に背を向けて、彼女はかつかつと数歩歩んで離れる。

「さて。君たちは私によって創り出され、私の宿願を果たすべく各々が使命を負っている」

子どもたちの視線が博士の背に集まった。

 使命。

生まれた意味と言い換えられるそれを知りたくて、私たちは彼女の言葉に耳を傾ける。しかし振り返った彼女はふっと笑って「でもまぁ、いいか。そんなことは」なんて肩透かしを食らわせる。

白衣のポケットに手を突っ込んだまま、羽みたいにパタパタとしながら彼女は両手を軽く上げる。

「今はただ、これから始まる物語に、君たちの運命に期待してほしい」

ポケットの中の手が何かのスイッチを押した。その瞬間薄暗い部屋は光に包まれる。三角錐のような部屋の構造、その全様が明らかになるのと同時に、部屋の壁は黒々とした断崖絶壁とその狭間の彼方に輝く青空を写していた。

四方八方、否、三方の壁が硝子のように透明なものなのか。

「鉄の壁に・・・複製された景色?」

呟くと頭の中に「液晶」だとか「モニター」だとか知らないような知っているような言葉が浮かんだ。その私の呟きを遮って彼女の声が響く。

「ここから始まるのは、蔓延る”イセカイども”を処刑する断罪の物語…!!」

つまり、彼女が語り出すエピローグの続き。

「舞台の幕はとうの昔に落ちた。けれど錆びて腐った大道具の片付けが終わっていなくてね」

悲劇の残骸を吹き飛ばして、新たな喜劇を始めるための幕間劇。

「陰気な復讐劇だって、幕間のコントにしてしまえば、きっと痛快で爽快な復活劇だろうさ!」


これは物語を終わらせるための物語。

君たちこそはデウス・エクス・マキナ。

世界を殺し、世界を救うんだ。


石和・アスカは最後は少しだけ声を潜めて演説を結んだ。

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