聖夜祭準備
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ロッソと裏庭で話してから数日。巷の話題は、あっという間に聖夜一色になった。
聖夜祭の日の衣装がどうだとか、アクセサリーを新調したとか、なんとかっていうこの時期限定のお菓子を食べるのが楽しみだとか。学校も街も超楽しそうだ。
ある日帰宅すると、子供たちがいつも以上に弾ける笑顔で迎えてくれた。
「ターマ! すごいんだよ、カトロが聖歌隊に選ばれたんだよ!」
リコ家三男の美少年カトロが、顔を真っ赤にしている。
本人はもちろん、その姉も乳兄弟たちも我が事のように喜んでいてもうそれがめちゃくちゃに可愛くて、めちゃくちゃに撫でて抱きしめた。
一方、長男・ブロニアも、役者に選ばれた。しかも主役。この国の主神役だ。役者は人気投票だから、実はブロニアって超人気者だったんだな。たしかに美形だもんな。
褒めてほしそうにこちらをチラチラ見てくるのが可愛かったので、やはりめちゃくちゃに撫でて抱きしめた。
俺は、なんでか聖歌隊になった。
ちなみに俺、実は学校の聖夜祭はブッチする予定だった。「聖夜は家族で過ごすものだ」と聞いたので、じゃあ聖夜は村に帰ってそのまま冬の休暇いっぱいそっちで過ごそー、と思っていたのだ。
が、
「聖夜祭の日におまえをそっちにいさせてくれっつー嘆願書を大量に詰め込まれたことにより、教会のポストが破裂した。休暇はともかく聖夜は帰ってくんな」
と教父さんから手紙が来たのでその計画は頓挫した。
この話を学校でしたらすげー喜んだ奴らがいたので、ポスト破壊犯はすぐ発覚した。結構な人数で大変だったが、みんなデコピンの刑に処す。
そしてある日の音楽の授業で、なんか聖歌隊に選抜されてしまったというわけだ。俺、そんなに歌上手くないと思うんだけど。
「ターマはふつうに上手いよ。でもそれよりも、声がイイよね。低すぎない落ち着いた声」と褒めてくれた良い赤頭ことロッソは、またもや役者に選ばれた。今回は兄神の従者役。さすがイケメン。
なお、「周りの子たち、残念がらなかった? ターマ兄様が兄神役がよかったのに~! って!」とにやにやしていたのはさすが鋭いなと感心した。
その通り、なぜか俺が兄神役になると信じていたらしい奴らは一様に落胆し、しかもある者は実行委員会に文句をつけに行くとか言い出して、なだめるのに要らぬ苦労を強いられた。
ロッソいわく、兄神役は三年のなんとかという奴で、男前で人柄も良く、俺の世界でいう生徒会長的な役割に就いている人気者だそうだ。いやふつうにそいつだろ。なんで俺になると思うんだ。
聖夜祭が近付くと、準備のために毎日授業を半分くらいつぶして充てるようになった。
それぞれが準備や練習をする中、もちろん俺は歌の練習をする。聖歌隊は30人、二部に分かれていて、俺は低いパート。低い方は二、三年次が多く、俺とは初対面の奴ばかりだった。キャーキャー言う奴もいなくて気が楽だ。
俺もみんなも最初はガタガタだったが、音楽の先生指導のもとだんだん上達してきて楽しい。きっと音楽と劇と合わさったらすごく良いと思う。おじさんもリコ家のチビッコたちも見にくるって言ってたから、頑張ろ。
そうそう、見にくると言えば。
練習中、「おいターマ、また来てるぞ」と声を掛けられ、見ると、教室のドアの隙間から、サラッサラツヤッツヤの金髪とルビーのような赤い眼のスーパーイケメンの姿がちらりとのぞいていた。
「プリンシペ殿下、本当にターマのこと好きなのな」
「殿下って殿下だし、綺麗だから見られてると緊張するんだよなー」
「バカお前のこと見てるんじゃねーよ」
「わかってるけど! おいターマ、早く行って中にお招きしてこいよ」
「うぃーっす」
プリンシペは王家の者として当日は方々にお顔を見せて回らねばならず、学校の催しには参加しない。だから準備の時間は暇らしく、かなりの頻度で聖歌隊の練習を見に来る。
ていうかハッキリ言って、俺を見に来る。
近付いていけば、ハッとした顔をした後、偉そうな表情をつくるプリンシペ。
「よう、貧乏に――た、ターマ。しっかりと練習に励んでいるかどうか、今日も王家の者として確認に来たぞ。勘違いするなよ、お前だけを見ているのではない。劇の練習も、聖歌隊の練習も視察した上で時間が余ったからここへ来ただけで」
「うんわかったから、中に入れよ。御付きの人たちもどうぞ、椅子あるんで」
ツンデレ金パは今日もうわ何それどこで買ったのみたいな豪奢な椅子に座って、教室の隅から俺だけを見まくっていた。180ある俺と同じくらいはある体格を縮こまらせ胸の前で手を組んで顔を赤らめ目を潤ませて。乙女か。
聖夜祭というのはほんとうにビッグイベントらしく、全体での練習が終わった後も、みんな居残って練習したり準備したりしている。なんか高校の文化祭みたいなかんじ。
かく言う俺も、家に帰ってもまた練習している。
まず、リコ家三男・カトロと一緒に歌の練習。そして、子供たちみんなと一緒に踊りの練習。つまり、子供たちの練習に付き合ってるだけなんだけど。
そして、夜はブロニアの練習に付き合っているのだが、これがなんかオカシイ。
最初はブロニアの演技の相手役で、演技とはいえこいつがこんなに喋るのおもしろいなーとかおもっていたのだが、最近ではなんかブロニアが絡まないところを、俺一人で演じさせられたりする。
ていうか兄神役をやらされているわけで、それを熱のこもった視線で超見られている。
お前はプリンシペか。さてはお前も俺にこの役やらせたかった派だろ。
恥ずかしいし意味もないし、俺一人で演じるのを見られるというのは断りたいのだが、俺は年下の頼みに弱い。
「…そんな目で見るな、大してうまい演技でもないだろ」
せめて小突いてやると、ブロニアはそれはもううれしそうな顔をする。なんで?
まあやってやると喜ぶから、意味はないけど演じてやるのも吝かではない。恥ずかしいけどな。
何はともあれもうすぐ聖夜祭。何気に楽しみである。