学園唯一の同い年
6
「ターマは、この国の神話を知ってる?」
俺はこの学校の生徒の中では最年長だけど、当然、学校の最年長者じゃない。先生とか用務員さんとかいるから。
それと実は一人だけ、同い年の奴もいる。
それが、若くしてこの伝統ある学校の保健医の座に就く天才癒術師・クラシオンだ。
クラシオンは、見た目は黒髪ロングで線細めの儚げ美青年ってかんじだが、その知識と治癒魔法?の腕は半端ないらしい。
「簡単になら。アレだろ、主神とその兄神が敵とか倒してこの国を創ったみたいな」
「そうそう。つまりそういうことだよ」
「いやどういうことだよ」
クラシオンとの出会いは、入学式の日。
式の途中貧血かなんかで倒れた奴がいて、近くの奴はみんなオロオロしちゃって動けなかったから、俺が保健室まで背負って行ってやった。そのときに対応してくれたのがクラシオンだった。
それ的なことが何度か続いて、その度にポツポツ会話をしてるうちにタメだとわかり、なんか仲良くなり、今では放課後保健室で一緒にお茶を飲んだりする仲になったというわけだ。
今日はお茶を飲みながら、「なんで俺の周りの奴らは俺を兄と呼ぶのか」をふと聞いてみた。
そしたら神の話をされた。
いやどういうこと?
「つまり、この国では『兄弟』っていうのはとても特別な意味があるってこと。特に、血を分けたものでない、いわゆる義兄弟ね。ターマ知ってる? この国の兄弟神は、本当の兄弟ではないんだよ」
「あー、なんか聞いたような?」
「素晴らしい神を見つけた主神が、どうか兄になってほしいとその神に願って、そして許されて兄弟となったんだ」
「へー」
こいつは賢いから、話してるとためになる。あと頭いいからかめっちゃ喋る。
さすがクラシオン、弱冠二十歳にして王子とか通っちゃう学校のセンセーになった男だ。ちなみに俺にとっては、なんか俺に対してキャーッとか様とか言ったりしない、貴重なふつうの友達である。
「そしてこの逸話にちなんで、この国にはある文化がある。エルマノ制度っていうんだけど、『義兄弟』の文化。ターマの村は信仰の中心地である王都から遠いからそうでもないかもしれないけど、この辺の人はみんな、実の兄弟の他に義兄弟を持ってるんだよ」
「逸話にちなんで、ってことは……つまり、すげーとかかっけーとか思った人に、俺の兄になってくださいってお願いして、なってもらってるってこと?」
「うん。だから優れた人にはたくさんの弟がいるし、その人自身にも兄と敬愛する相手がいたりするってわけ。国に登録もするし、準家族的な扱いも受けられる。財産分与の対象にもなれちゃうんだよ」
へー、すげー文化。兄弟関係の図描いたらめっちゃ複雑そう。
…待てよ、てことは俺いまいろんな奴らから『兄』にされそうになってる……?
え、あんなにたくさん? いやいいけど、多くね?
とか思ってたのが顔に出てたらしく、クラシオンは苦笑して、「この一年間は大丈夫」と歌うように言った。
「『この一年』?」
「エルマノ制度の『兄弟』に年齢は関係ない。自分が素晴らしいと思った相手なら、同い年でも年下でも、兄と仰いでいい。
でも、この学校には伝統的な決まりがあってね。なんでか知らないけど、在学中にこの学校の中で兄弟の契りを交わす場合、必ず学年が上の人間を兄としなければならないんだ。もちろん学校を卒業すれば違うけどね。
……いまターマは1年次生、最下級生だから、この一年は誰もターマを兄にはできないってわけ」
「へえ、そーなんだ…」
「うん。だからきっと来年はいっぱい来るよ、『弟』が」
「……えーと、クラシオン?」
「なに?」
「なんでそんな悲しそうな顔してんの?」
悲しげに眉を八の字にしていたクラシオンが、俺の指摘にいよいよ顔を泣きそうに歪めたので、俺はめっちゃ動揺した。
さっきまで楽しく茶ーしばいてたのに、どうした。あとこいつのこんな表情を見たのが初めてで、それにも動揺する。
クラシオンがうつむき、さらりと流れた黒髪で顔が見えなくなった。
「――生徒たちがターマを兄と呼ぶのは、許されないながらも君を兄にしたいと願うからだ。ターマ、君は優れた人だ。優しく、厳しく、愛がある」
いやほんと別にそんなことない。
と思ったが、雰囲気的に口にはしない。てか俺の質問に対する答えになってないけど、今はなんか否定しないで聞いてあげた方がいい気がする。
クラシオンはうるうるに潤んだ青い瞳を俺に向ける。
「ターマ、彼らも心の中では悲しんでるよ。君を兄にできないこと、そして来年入ってくる奴らが、そんな自分たちを尻目に君を兄にするだろうことを。こんな決まり、なければいいのに…。
ねえ、ターマ。僕にもエルマノ制度の兄がいたんだ。でも先日役所に行って解消して来た。制度上、兄も弟も何人持ってもいいんだけど、僕は兄と呼ぶのは一人だけにしたいと思ってるから。本当に兄にしたいと思える人に出会ってしまったからだ。あの日、倒れた生徒を背負って現れたのを見た時から……でも兄とは呼べない、少なくともあと3年は」
ゆっくり歩いて近寄って来たクラシオンが、そのまま真正面からふわりと俺を抱きしめた。清潔な、いい香りがした。
「ねえターマ…。この意味がわかる?」
わかるよ。
貴重なふつうの友人だと思ってた奴も、実はふつうの友人じゃなかったってことだろ。しかも最初っから……
とは言えないので、俺は無言でクラシオンを抱きしめかえしてやった。
なんかまたファンみたいのが増えたし、最近こんなのばっかり。みんなメンタル弱すぎじゃね? もっとサッカーとかやってメンタル鍛えてほしい切実に。