美しい少女
「遅かったわね」
部屋に戻ると、招かざる客が来ていた。
(ドミニクに会って、ただでさえ疲れてるのに……)
今世では、最初の一度以来、食堂へは行っていなかった。ジュリアの顔を見るのも久しぶりだ。
屋敷の外れにある私の部屋まで来るなんて、いじめる相手がいなくてよほど退屈だったらしい。
ジュリアは、私の頭の先から爪先まで眺めると、「ふっ」と鼻で笑った。
「全然似合ってないわね、私のドレス」
「えっ!?」
これにはさすがに驚いた。
「でも心配しないで。一度しか袖を通してないものだから。お父様に頼まれたのよ。あんたにドレスを恵んでやれってね。婚約者に会うのに着ていくドレスもないなんて、あんたって本当にかわいそうな子。でも不思議よね。お父様ってば、私にはいくらでもドレスも宝石も買ってくれるのに」
母譲りの輝く金色の巻き毛、母と同じ、太陽に照らされた海のように煌めく碧眼。
美しい少女、ジュリア。
すでにデビュタントを終えているジュリアは、“社交界の花”と呼ばれていた。
前世では、美しいジュリアが羨ましかった。
父は、ジュリアには、ドレスも宝石も惜しみなく買い与えていたから。
だけど、今ならわかる。
父は、ジュリアを美しく着飾らせ、ジュリアの価値を上げて、ジュリアを高値で売れる商品にしたいだけだ。
その証拠に、数多の婚約者候補がいるのに、婚約者は未だに決まっていない。より高値で売れる機会を待っているのだ。
「それにしても、あんたの部屋って本当に遠いわね。しかも、暗くてジメジメした廊下を通らないと来られないんだから。こんな部屋、使用人だって嫌がるわよ」
眉間に皺を寄せながらも、ジュリアの口元は嬉しそうに歪んでいる。私の置かれている状況を再確認して喜んでいるのだろう。
そういえば……。前世でも、わざわざジュリアが私の部屋まで来たことがあった。
「あんた、おまけ令嬢って呼ばれてるらしいわよ」
あれは、王立学園を退学になり、婚約破棄された直後のことだ。
「家庭教師をつけることさえ忘れられた、字も読めない哀れな令嬢。跡取り息子のついでに生まれた、おまけ令嬢だってね!」
私の顔が悲しみで歪むのを、ジュリアは恍惚の表情で見ていた。
前世では、こんな姉にすら愛されたいと思っていたのだ。
美しい姉の隣に立ちたい。家族として認められたい。
(私って、本物のバカだったのね)
だけど……。
考えてみれば、家族の中で私を無視しないのはジュリアだけだった。この部屋だって、わざわざ訪ねてきたのは、前世と今世合わせてもジュリア一人だけ。
(そう思うと、何だか憎めないわね)
それに、宿屋で働いていた時のいじめに比べたら、ジュリアの嫌味なんて可愛いものだ。怖くもなんともない。
(それに、正直そろそろ休みたい)
その場でドレスを脱いだ私は、ジュリアに向かって思いっきり投げつけた。
(サイズが合ってないので、ドレスは簡単に脱げたのだ)
「ドレスを恵んでくれてありがとう! だけどお返しするわ。こんな趣味の悪いドレス、着こなせるのはジュリア姉様だけよ!」
「なっ! なんですって!?」
ジュリアは顔を真っ赤にしながら喚いていたけれど、マリーとルーシーとリリカの三人がかりで、ドレスと一緒にお帰り頂いた。
(私ったら、やればできるじゃない!)
それから、誰にも見られないように、小さくガッツポーズをしたのだった。