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婚約者様のことは忘れてました


「今日は、婚約者のドミニク様がいらっしゃる日です。お支度をしましょう」

「…………………婚約者!?」


 素っ頓狂な声が出たが、最近の私の奇行にすっかり慣れてしまったマリーは、顔色一つ変えない。


 10歳の時点で、私には婚約者がいる。

 前世では、王立学園を退学になった後、それを理由に婚約破棄された。


(それが12歳。その後色々あったから、存在をすっかり忘れていたわ)


「今日のドレスはこちらです」


 マリーが持っていたのは、フリルのたっぷり付いた、光沢のある真っ赤なドレス。


(趣味わるっ。最悪だわ)


 普段は贈り物なんて一切しないくせに、月に一度の婚約者との茶会に合わせて、父はドレスを届けてくる。

 そのドレスが、ことごとく私に似合わないのだから笑ってしまう。

 そして、今日のドレスは特に酷い。

 マリーも困った顔をしているが、マリーの雇用主は私ではなく父なので、どうすることもできない。


(今日の今日で、茶会を断るのは無理ね)


 観念した私は、マリーにされるがままになった。



 その男は、庭のガーデンチェアに腰掛けて、一人で茶会を始めていた。

 漆黒の髪、黒曜石のような黒い瞳、非の打ち所のない均整の取れた顔。

 カスティル公爵家の三男、ドミニク・カスティル。

 私は、この男のことがとても好きだった。


 初めて会った日のことを、今でも鮮明に憶えている。

 ドミニクが12歳、私が8歳の時だ。

 挨拶を交わした後、バランスを崩した私に差し伸べられた、まだ少年の面差しがある手。

 家族の誰にも差し伸べられたことのないその温かな手に触れた時、彼を失いたくないと思った。


 それから、月に一度のこの茶会が始まった。

 こちらを向いてほしい、私に興味を持ってほしい、私のことを知ってほしい。そして、家族の誰にも愛されない私を愛してくれる唯一の人になってほしい。

 その一心で、喋らない彼の代わりに茶会の間中喋り続けた。

 けれど、彼はいつだって、困ったような、煩わしそうな顔をするだけでろくに返事もしない。

 結局、彼が私に優しさを見せたのは、初めて会った時に手を差し伸べたその一度きりだったのだ。


「お待たせしました」

「あぁ」

 

 こちらを一瞥すらしない。

 結局、この人も家族と同じ。私のことを透明人間にするのだ。


 カチャリ……

 ティーカップの音だけが辺りに響く。

 いつもなら、ピーチクパーチク、息づく暇もなく喋る私が一言も喋らないものだから、怪訝な顔したドミニクが視線を上げてこちらを見た。

 黒曜石のような瞳と視線がぶつかる。

 その瞬間、前世の記憶が波のように押し寄せてきた。 

 私は、この男のことが本当に好きだったのだ。


(あぁ、だけど……。安心したわ。今の私は、この男のことをこれっぽっちも好きじゃない)


 ドミニク・カスティル。

 三男とはいえ、この国で王家の次に身分の高い、カスティル公爵家の令息だ。普通なら、爵位の劣る伯爵家三女の私が婚約者になることはありえない。

 この婚約が成立したのは、ドミニクの父カスティル公爵が、投資に失敗し莫大な借金を抱えたからだ。 

 借金を精算する最も簡単な方法。

 それが、政略結婚だ。

 カスティル公爵が目を付けたのが、事業で成功し富を築いていたクロフォード伯爵家だった。


 公爵家と姻戚になることは、クロフォード家にとってもプラスになる。

 父はカスティル家の借金を肩代わりし、私とドミニクの婚約は成立した。


 だけど……。あれは、私が王立学園を退学になったすぐ後のことだ。カスティル公爵と夫人が、物凄い形相でクロフォード家に押しかけてきた。


「字も読めない令嬢と婚約していたなんて、大恥をかかされた」

「ドミニクは、これから社交界で笑い者にならなければならない」


 婚約はクロフォード家の有責で破棄され、父は莫大な慰謝料を請求された。

 すでに莫大な額の借金を肩代わりしている上に、今度は慰謝料を支払わなければならない。

 父は、領地の税金を上げざるを得なかった。


 マリーが死んでしまった後、身を寄せていた宿屋のことを思い出す。

 税金が上がったせいで生活が困窮し、親に売られ、働いていた幼い子供が何人もいた。

 家を失った者、仕事を失った者、路頭に迷い路上で死んでいく者。


(私のせいで……)


 もう二度と、あんなことが起きてはいけない。 

 だけど……。

 家庭教師がついた今、今世では王立学園を退学になることはないだろう。それで婚約破棄になることはない。

 だとしたら……。 

 ルクスが死んだらどうなるの?

 婚約破棄になる?

 それとも……、私、この男と結婚しなくちゃならないの?


 そんなことをぐるぐる考えていると、ドミニクが時計に目をやった。

 あと数分で15時になる。15時きっかりに、彼は席を立ち去っていく。こちらを一瞥もせずに。


(その前に、これだけは言っておかないと……)


「あの……、このお茶会、止めにしませんか?」


 ドミニクが、真正面から私を見据えた。


(無表情だから、何を考えているのかさっぱりわからないわね)


 余りに表情が変わらないので、瞬きをしなければ作り物かと思う程だ。そして、その無表情のままドミニクは言った。


「定期的に婚約者と一席を設けるのは、婚約者としての義務だ」

「義務……。そう、義務です。あなたの言う通りこの茶会は義務です。どうしてそんな義務があるのかわかりますか? この時間は、人となりを知らない者同士がお互いを知り、理解し合い、親睦を深めるためにあるんです。結婚した後、良き夫婦となれるように。私達は、この2年の間月に一度こうして会ってきました。だけど……。出会った時よりお互いのことを知れてますか? 理解し合えてますか? 親睦深まってますか? あなたはその努力をしていますか? そうじゃないなら、この時間は意味のない時間なんです。完全なる無駄ってものなんですよ。それに、私はあなたの為を思って言っているんです。お忙しいドミニク様が、無駄なことに時間を割かなくていいようにね!」


 捲し立てるような私の言葉に、さすがのドミニクも驚いたように目を見開く。

 鉄壁の無表情を崩せたことが、少しだけ嬉しい。

 それなのに……。

 次の瞬間には、もう元の無表情に戻っている。


 鐘が鳴る。

 15時だ。


「また来る」


 ドミニクは、そう言い残して去っていった。


「また来るって、何なのよ……」

 

 ひとり残された私は、途方に暮れて呟くのだった。

 


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