ルクス・クロフォード 第七章
花と宝石は揃った。後は満天の星だ。
「なあ、アイリス、春休みも始まったことだし、ケイトに遊びにきてもらいなよ。ジェレミーも誘ってさ。なんなら泊まってもらえばいいよ」
「泊まりって、泊まってもらって何するのよ」
「何って……、パジャマパーティーさ!」
「パジャマ……パーティー!!」
アイリスの瞳が輝く。
「ルクス! あんたって天才なの? パジャマパーティーを思いつくなんて!」
だけど、僕は激しく後悔する。
(失敗した! このままじゃ、求婚する時パジャマ姿ってことになるぞ)
わかっている。アイリスに、ケイトに求婚すると話せばいいだけだ。アイリスもジェレミーも喜んで協力してくれるだろう。ただ……。
(この二人、絶対に顔に出るタイプだ)
もし、二人の態度からケイトに気付かれでもしたら、すべて台無しになってしまう。
(仕方がない。パジャマだって何だっていい。大事なのは、花と宝石と満天の星だ)
パジャマパーティーの日がやってきた。
その夜は、空から星が降ってくるような、満天の星が瞬く夜だった。
アイリスとジェレミーは、パジャマ姿でお菓子を食べながら、パジャマパーティーを満喫している。
「ケイト、庭園に行かない?」
「? いいわよ」
ケイトに声を掛けると、不思議そうな顔をしながらも了承してくれる。
誰もいない夜の庭園。
月の光を浴びた花達が、昼間とは違う表情を見せながら風に揺れていた。
「ルクス?」
僕は、ジェレミーが求婚の時そうしていたように、片膝を突いて跪いた。
「ケイト・ベアール。僕の婚約者になって下さい。そして、将来僕と結婚してください」
ケイトのローズピンク色の瞳が、大きく見開かれる。
「ルクス、私は……!」
「言わないで、ケイト。ケイトが平民だとしても関係ない。僕はケイトがいいんだ。どうか受け取ってほしい」
庭に隠していた薔薇の花束を差し出すと、おずおずとした手でケイトがそれを受け取る。
それから、ポケットから指輪ケースを取り出して、蓋を開けた。
「なんてきれい! 私の瞳の色ね。こんなに珍しい色の宝石、探すのに苦労したでしょう?」
「実は、このピンクダイヤモンドはイミテーションなんだ。本物はとてもじゃないけど手が出なくて……」
ケイトは、いつものはにかんだような笑顔を見せた。
「いいえ、本物よ。あなたが私の為に探してくれて、私に贈ってくれた、あなたの気持ちが込められたこの宝石は、私にとって本物のピンクダイヤモンドよ」
指輪ケースから指輪を取り出して、ケイトの左手薬指に嵌める。
「ケイト・ベアール、どうか返事を」
「ルクス・クロフォード、私もあなたが好きです」
僕はケイトを抱きしめた。
その先のことは……、恥ずかしいので、ここでは教えない。
ケイトと共に父の元を訪れたのは、それから2週間後のことだ。
「彼女は王立学園のクラスメイトで医者の娘、ケイト・ベアールです。僕、ルクス・クロフォードは、将来彼女を妻に迎えたいと思っています。僕たちの婚約を承認して下さい」
「うん。わかった」
「……は?」
「えっ!?」
僕とアイリスの声が、同時に書斎に響く。
「ケイト君といったね。君、平民の医者と結婚した、ランプリング伯爵令嬢の娘だろ? その特徴的なローズピンクの瞳は、ランプリング伯爵家に代々伝わるものだ」
僕は、隣のケイトに聞こえないくらいの、小さな溜め息をついた。
(ったく、何でもお見通しなのかよ、この人は)
「ルクスはまだまだひよっこだ。着飾るしか能のない貴族令嬢と結婚するより、君のようにしっかりしたお嬢さんと結婚した方が、ルクスの為、延いてはクロフォード家の為だ。ところでケイト君、ランプリング家が所有するダイヤモンド鉱山だが、現当主の手に余っていると聞いている。もしよければクロフォー……」
「父さん!」
父の言葉を慌てて遮る。
(この業突く張りタヌキ親父め! 油断も隙もないな)
父の書斎を出ると、一気に疲れが押し寄せていた。
「アイリス……、僕はあのタヌキ親父に、一生敵いそうにないよ」
顔を引きつらせたアイリスは、困ったように苦笑いをするのだった。
それから数週間後のある週末、アイリスを森へ誘った。
いつもの岩の上に、空から光の柱が降り注いでいる。
ここで、初めてアイリスと会った日のことを思い出す。思えばあの日から、全てが動き出したような気がする。
「アイリス」
僕は、ずっと言いたかったことを口にした。
「君のおかげで、僕はここまで生きてこられた。ありがとう、アイリス」
アイリスは「大袈裟ね」なんて言うけれど、大袈裟なんかじゃない。君がいなければ、僕はもう一度死んでいた。
(アイリス、どうして僕たちは、10歳の自分に生まれ変わったんだろう。双子の僕達が揃いも揃って不幸を背負い込んでいたから、憐れに思った神様が機会をくれたのかな? 人生を、自分の力で切り開く機会を)
「帰ろうか、ルクス」
「ああ、アイリス」
僕達は、秘密の森を、並んで歩いていく。
月日は流れ、王立学園を卒業する日がやって来た。
学園を卒業する日、母から手紙が届いた。
『ルクスへ』
封筒に書かれている文字は、確かに母の字だ。
少し考えて、封を切らずに机の引き出しに入れた。
その手紙を読みたいとは思わなかった。
(だって、僕は今、幸せだから)
ルクス、それは“光”。
“光”、それは「希望」だ。
明日2話更新で完結です。宜しくお願いします。




