ルクス・クロフォード 第六章
そうはいっても、求婚の仕方など誰に相談すればいいのだろう。
ジェレミーに聞いてみる。
ジェレミーは、恥ずかしいことを思い出させるなと顔を真っ赤にして怒った。
(アイリスは……ないな。セリーヌ姉さんもない。エミリー達には相談しづらいし……。あれ? 僕って、もしかして友達いない?)
衝撃の事実に気付いた。
それから、田舎の領地にいるジュリアに手紙を書いてみた。この手の話に詳しそうなのは、僕の周りにはジュリアしかいない。
ジュリアからの返事はすぐに届いた。
『あんた馬鹿なの?
私を何だと思ってるわけ?
あんたの求婚なんて知ったこっちゃないわよ
だけど、あんまり不憫だから教えてあげるわ
女の子が好きなのは、花と宝石と満天の星よ!』
言いぐさはあれだけど、ジュリアが元気そうで安心した。
花は、真っ赤な薔薇の花束にした。
実は、もう一度ジュリアに手紙を書いていた。
具体的に教えてくれない?と。
ジュリアからの返事は、またすぐに届いた。
『あんた、いい加減にしなさいよ!
私は忙しいのよ
今日だって、これからお母様とリハビリなんだから
あんたになんか構ってられないわ
だけど、あんまり可哀想だから教えてあげる
花は真っ赤な赤い薔薇。宝石は相手の瞳の色
星は説明いらないでしょ!
もう手紙なんか寄越さないでよ!』
本当に元気そうだ。
花は決まった。問題は宝石だ。
クロフォード家御用達の宝石商を屋敷に呼ぶ。
「ルクス坊っちゃん。坊っちゃんが仰るようなローズピンク色の宝石は、この世でピンクダイヤモンドしかありません。そして、ローズピンク色のピンクダイヤモンドは、最果てのピョルンテ鉱山でしか採れないのです。何が言いたいかと言いますと、とても貴重な宝石なのです。……はっきり言った方がいいですか?」
「はっきり言ってくれ」
「はっきり言って、城一つ買えるお値段です」
「それは……流石に無理だ」
「イミテーションもありますが、ローズピンクの柔らかな色彩を再現するのが難しく、数が少ないのであまり出回っておりません。まぁでも、イミテーションなら坊っちゃんのお小遣いで買えないこともないでしょう」
「イミテーションか……」
(偽物じゃなくて本物を贈りたい。それが誠意ってものだろ?)
どうしたものか考えあぐねているうちに、以前から招待されていた、シュナイダー家が爵位を賜り、シュツルナード子爵家になったことを祝うパーティーの日になった。
見慣れた顔が大勢いる。ジェレミーは、クラスメイトどころではなく、学園の生徒全員を招待したようだ。
(さすがはシュナイダー家。いや、シュル……何だっけ?)
アイリスは、ジェレミーの婚約者として大勢に囲まれていた。
もちろんケイトもいる。モスグリーンの清楚なドレスが似合っていてとても可愛い。だけど、何しろ人が多い。ゆっくり話などしていられない。
外の空気を吸うためにテラスに出ると、エミリーが一人で涼んでいた。
「イザベルとレイチェルは?」
「人が多すぎてはぐれちゃったわよ」
「ところでエミリー。君って婚約者いないよね?」
いい機会なのでアドバイスを貰おうと思い尋ねたのだが、エミリーを怒らせてしまった。
「あなたねぇ! あれ程あなたにアプローチしていた私に、そんなこと聞く?」
「ごめんごめん!」
「まぁいいわ。とっくに諦めたしね。だってあなた、ケイトのことが好きなんでしょ?」
「えっ!」
「あれだけケイトのことばかり見ていたくせに、気付かれてないと思ってたわけ? まぁ、ケイト本人は気付いてもいないでしょうけどね。ところで、もたもたしていていいの? いくら平民だからって、あんなに綺麗なローズピンク色の瞳をした子、男子が放っておかないわよ」
「エミリー……、君って、案外いい子なんだね」
「案外って何よ!」
その後パーティーは大人だけの時間となり、僕達は家路に就いた。帰りの馬車の中、
(結局、ケイトとあんまり話せなかったな)
なんて考えていると、アイリスのイヤリングとネックレスが目に入る。瞳と同じペリドットが、アイリスの耳と首元でキラキラと揺らめいている。
「アイリスはいつもそのアクセサリーだね。デビュタントの時もそれだったろ? たまには違うのにすればいいのに。ジェレミーに買ってもらいなよ。あいつの小遣いなら、ピンクダイヤモンドだって買えるかもね」
アイリスは、少し呆れ顔をしながら僕を見た。
「私はこれが気に入っているのよ。11歳の誕生日の贈り物に、セリーヌ姉様がくれたものだから」
「知ってるよ。支払いをしたのはセリーヌ姉様だけど、僕も一緒に選んだんだから」
「そうだったの? それは知らなかったわ」
イヤリングを外したアイリスは、それを大切な宝物のように見つめている。
「ルクス、これはね、私が生まれて初めて貰った誕生日プレゼントだったの。だからこのペリドットは特別なのよ。それに、私とジェレミー、今お小遣いを貯めているのよ。だから必要のないものは買わないと決めているの」
「はっ!?」
「将来、字の読み書きを教える学校を建てるためにね」
「そんなのシュナイダー家……、いや、シュル…とにかく、ジェレミーの家の財力に頼ればいいじゃないか」
「ルクス! 私がそんなつもりはないってわかってるくせに、そんなふうに言うのね」
「ごめん。もう余計なことは言わないよ。……ところでアイリス。もし、そのペリドットがイミテーションだとしたらどう思った?」
「そんなの関係ないわ。もしこのペリドットがイミテーションだとしても、これは私の宝物よ」
「だけど、女の子にとって宝石は特別だろ?」
「たぶん、特別なのは宝石じゃなくて、そこに込められた気持ちよ。気持ちが込められたものなら本物じゃなくたっていい、偽物だっていいの。なんなら、その辺の草だって嬉しいわ。贈り物ってそういうものでしょ?」
宝石商から、ピンクダイヤモンドのイミテーションが見つかったと連絡があったのは、春休みが始まってすぐのことだった。
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