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ルクス・クロフォード 第一章


 言うことを聞かない重たい体。

 膜が張ったように働かない頭。

 少し動くだけで息苦しくなる呼吸。

 

 それが僕、ルクス・クロフォードの体だ。


 そんな僕から離れようとしない母と、母の機嫌を伺うだけのメイド達。

 母は他の家族の前では平静を装っているけれど、僕の部屋の中では途端にヒステリックになる。

 僕の爪を少し切りすぎたメイドは屋敷を首になり、僕が鼻血を出すと、その場にいたメイドは皆鞭で打たれた。


「あなたの為なのよルクス。全てはあなたの為なの」


 僕は、僕のせいでメイドは仕事を失い、鞭で打たれるのだと思う。

 母がヒステリックなのも、片時も僕から離れようとしないのも、僕の体が弱いせいなのだ。


  

 家族は父と母と二人の姉、それから“あの子”だ。

 初めてあの子の存在に気づいた時、“あの子”は僕にしか見えていないのだと思った。

 だって、家族の誰も“あの子”に見向きもしないし、話しかけもしない。

 父はいつも、上の姉のセリーヌに勉強は捗っているか聞き、二番目の姉のジュリアには何か欲しいものはないのか聞く。だけど、“あの子”には何も聞かない。視線すら向けない。 

 やっぱり僕以外には見えていないんだと思うけれど、メイドは“あの子”の前に食事を運ぶ。


(………?)


 “あの子”が、僕の双子の妹アイリスだと教えてくれたのは、母の機嫌を伺うだけのメイド達の中で、唯一僕自身を気にかけてくれるタチアナという名のメイドだ。

 僕は思う。もし僕があんな風に無視され続けたら、食堂へ行き食事をするなんて、とてもじゃないが出来ない。


(アイリスは、きっともの凄く強い子なんだ)



 週に二度は、熱のせいでベッドから起き上がれなくなる。ベッドに沈み込む、いつも以上に怠くて重たい体。 

 僕が熱を出すと、母のヒステリーが激しくなるので、メイド達は苦しむ僕の耳元で溜め息をつく。


「また熱が出たわ」

「奥様の機嫌が悪くなるじゃない」


 母といえば、看病してくれるわけでもなく、ベッドの側で独り言を呟いているだけだ。


「何で? どうしてなの? ロザンナ先生の教えを守っているのに……! やっぱりそうなのね。双子の呪いよ! あの子……あの子のせいなのね! あの子のせいでルクスは……!」



 何人もの医者が入れ替わり立ち替わりやって来て、僕を診察した。だけど、同じ医者は二度とは来ない。母が次々に出入り禁止にしていると知ったのは、だいぶ後になってからだ。

 とうとう、貴族御用達の医者がいなくなり、町医者を呼ぶことになった。やって来たのは、腕が良く、平民達からの信頼が厚いというベアールという医者だ。

 全てを包み込むような、温かな目をしていた。


「君は強いですね」


 ベアール先生が言った。


「僕が……ですか?」

「はい、君の体は生きようとしています。とても懸命に。熱が出るのはその証拠です」

「そうなのですか?」

「熱は、体が病気と戦っている反応なのですよ」


 熱が出ることへの恐怖が、少し和らいだ。


 だけど、僕はわかっていた。この人も、もう二度とここへは来ないだろう。その証拠に、母は平民だと見下して、ベアール先生の顔を見ようともしない。


 その日の午後、母がベアール先生を出入り禁止にしたと、タチアナから聞いた。

 だけど……。


「奥様、先日の平民の医者が、また門の前に来ているそうです。どうしてもルクス様を診させてほしいと」


 メイド長がそう伝えると、母は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「これだから平民は! 伯爵家の専属医になれる機会を逃したくないからと必死になって。まるで纏わりついてくる蝿のようね」


 それから少しして、事件が起きた。


 それは、母が湯浴みに行っている間のことだった。僕は寝る前の支度を終えて、ベッドに入り目を閉じていた。メイドが交代するタイミングの、一瞬の出来事だった。

 タチアナが周囲を警戒しながらやって来て、僕の名前を呼ぶと、ハンカチに包まれたパンとチーズを差し出した。


「ルクス坊ちゃま、私はベアール先生の所へ行ってきました。そして聞いたのです。坊ちゃまは、栄養のある食べ物を食べなければならないと。今日はこれを持ってくるのが精一杯でした。だけど、このチーズには、坊ちゃまに必要な栄養が沢山入っているそうなのです。どうかこれを食べてください」


 僕が手を伸ばそうとしたその時、


「おまえ! 何をやっているの!?」


 母の声が室内に響いた。

 母の命令で、タチアナは引きずられるようにして他のメイド達に連れていかれた。

 タチアナが持ってきたパンとチーズは、床の上で、踏み潰されてぐちゃぐちゃになっていた。


「タチアナ!」

「ルクス坊ちゃま! どうか……どうか……生きて……!」


 その日以降、二度とタチアナの姿を見ることはなかった。


 16歳の時、僕は突然の高熱に襲われた。その熱はいつもの熱とは違っていた。体中が引きちぎれるような激しい痛みと息苦しさ。朦朧とする意識の中で思う。


(ああ、だけど……。僕は、やっと死ねるのかもしれない。やっと解放されるんだ。ああ、最後にひと目、タチアナに、あい…た……い……………)





「ルクス坊ちゃま、お目覚めですか?」


 懐かしい声で目が覚める。


「……タチ…アナ?」


 そうして僕は、10歳の僕に舞い戻っていた。



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― 新着の感想 ―
[一言]  おまえもかルクス(笑)
[良い点] ルクスくんにも、ちゃんと彼自身を見てくれるメイドさんがいたんですね。 クビにされてしまったようですが、そういう人がいて良かったです。 [一言] 前話のルクスくんの言葉にもしかしてルクスくん…
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