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秘密の森

 

 学年が上がり、ジェレミーが学園に復学した。

 ジェレミーが復学して、お昼休みはますます賑やかになった。

 エミリー達とお弁当を食べるのを最初は嫌がっていたジェレミーだったけれど、今はすっかり慣れたようだ。


 ルクスとケイトの婚約が学園内に知れ渡ると、小さな騒動が起こった。

 祖父母であるランプリング前伯爵夫妻の養子となったケイトは、今では立派な伯爵令嬢だが、平民の父親を持つ元平民が金髪の王子ルクスを誑かしたと、突っかかってくる女生徒が後を絶たなかった。

 そんな女生徒達を黙らせてくれたのがエミリー達だ。

 最近のエミリーは、毒気を抜かれて呆けたようになっている。


「アイリス、私はつくづく思ったのよ。貴族の身分なんて砂上の楼閣のようなものなんだって。あのカスティル公爵家が、婚約破棄裁判であんなに無様な姿を晒したのよ。自分が信じていたものが崩れ去った瞬間だったわ」


 婚約破棄裁判のことは、今でも度々話題に上がる。

 時間が経てば忘れ去られるだろうと思っていたし、そうなることを祈っていたけれど、簡単にはいかないようだ。

 

「私のパートナーとしてダンスホールに来ていた兄のシャルルも、同じ気持ちになったらしくてね。貴族の身分など一寸先は闇。もう身分を笠に着るのは止めようと言っていたわ」


 エミリーの言葉に、すかさずジェレミーが突っ込む。


「それじゃあ、ローレンス家も捨てたもんじゃなくなるな」

「何よ、その言いぐさ!」

「何だと!」

「まあまあ、二人とも」

「そうよ。喧嘩しないで」


 お昼休みは、こんな感じで賑やかだ。


 

 次の休日、ルクスに誘われて、連れ立って森へ行った。

 二人でいつもの岩に登る。ルクスは、もう肩で息をすることはない。

 光の柱が私達を包むと、ルクスの金色の髪が、光の粒を弄ぶように風に揺れる。

 気持ちよさそうに伸びをしながら、ルクスが尋ねた。


「アイリス、何を悩んでるのさ」


(ルクスには敵わないわね)


「婚約破棄裁判のことよ。時間が経てばみんな忘れてくれると思ってた。そもそもカスティル家の人達が私に冷たくしたのは、私がカーテシーも出来なければお茶のマナーも知らない、期待外れの令嬢だったからなの。それなのに、何の罪もない婚約者を蔑ろにしていたと言われているのが、何だか申し訳なくて……」


 婚約破棄裁判で、ドミニクは最後までそのことを口にしなかった。私がマナーを習っておらず、カーテシーも出来ない上にお茶の飲み方も知らなかったと訴えれば、非難の矛先はクロフォード家に向いたはずだ。

 あのダンスホールの真ん中で、好奇の目に晒されながら、そのことまで暴かれていたら、私は立ち直れなかっただろう。

 そして一度噂が広まれば、私が字を読めなかったことも、いずれ誰かが暴き噂の種にしたに違いない。 私はまた、「おまけ令嬢」と呼ばれていただろう。

 いずれにせよ、ドミニクは私の名誉を守ったのだ。


(……あれは、ドミニクの優しさだったのかな?)

 

 ルクスが、私の言葉を否定する。


「それは違うよ、アイリス。カスティル公爵家が今こうなっているのは、カスティル公爵が欲をかいたからだ。自分が作った借金を人に擦り付け、それを隠し、相手に感謝もしなかったからだ。それに、あの人達は元々評判が悪かったんだ。身分を笠に着て人を見下してきたつけが、今になってまわってきただけさ。それに、ドミニクは案外幸せにやってるかもよ」

「えっ?」

「こんな事になった今も、セーラは一途にドミニクを想っている。娘を溺愛するアングラード侯爵夫妻は、娘が愛する婚約者を殊の外可愛がっているらしい。将来、アングラード侯爵家を継がせるなんて話も出ているくらいにね」

「侯爵家を継がせるって、アングラード家にも跡継ぎはいるでしょ?」

「その跡継ぎ、セーラ・アングラードの弟が、剣の腕しか能のない脳筋なのさ。本人も騎士団入りを希望していて、家は継ぎたくないらしい。ドミニクがアングラード家を継げば、収まるところに収まるというわけだ。君と結婚して、クロフォード家に借金のことで引け目を感じながら、カスティル公爵領の領主として生きるより余程良い。それに、アングラード侯爵家を継げば、ドミニクはカスティル公爵家と縁が切れるんだ。ドミニクにとってもこれが最良だったのさ」


 ルクスの話を聞いて、少しだけ肩の荷が下りる。

 誰かを不幸にしたかったわけじゃない。

 だけど、みんなが幸せなんて世界は、きっと何処にもありはしない。

 幸せになりたければ、抗って、戦って、自分の手で掴み取るしかないのだ。



「アイリス」


 ルクスが私の名前を呼ぶ。


「いくらジェレミーが好きだからって、この森のことは教えたらダメだよ。僕もケイトに教えないからさ」

「わかったわ。ここは、二人だけの秘密の森ね」


 ルクスが、満足げに目を細める。

 それから、もう一度私の名前を呼んだ。


「アイリス。君のおかげで、僕はここまで生きてこられた。ありがとう、アイリス」


 ルクスの瞳の中のペリドットが、陽の光を浴びて、太陽と同じくらい輝いている。


「なによ改まっちゃって。大袈裟ね」


 何だか調子が狂ってしまう。


「帰ろうか、ルクス」

「ああ、アイリス」


 私達は、秘密の森を、並んで歩いていく。



 月日は流れ、王立学園を卒業する日がやって来た。


 学園を卒業する日の朝、母から手紙が届いた。

 手紙には一言、「悪かったわ」とだけ書かれていた。


(お母様らしいわ)


 もう1枚、手紙と一緒に入っていた紙を広げる。

 一輪の花の押し花だ。


 紫色の小さな花、アイリス。


「許すわ」


 私は呟く。


(だって、私は今、幸せだから)


 アイリスの花言葉、それは「希望」だ。



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