私を驚かせた二つの出来事
ジェレミーと私は正式に婚約し、王立学園を卒業後、結婚することが決まった。
結婚後も教師を目指すことを、ジェレミーは応援してくれている。
貴族、平民、身分関係なく、大人でも子供でも誰でも学べる学校を作る。
私の夢は、今は私達二人の夢だ。
元平民のジェレミーの両親も、貴族のしきたりなんて気にしないで、やりたい事をやっていいと言ってくれている。
全てが怖いくらいに順調だ。
だけど、私には一つだけ気掛かりなことがあった。
そもそも、今世での私の目標は、マリーを幸せにすることだ。だけど、このままジェレミーと結婚すれば、それは叶わない。
(どうしたものかしら……?)
そんな風に考えあぐねていたある日、マリーが、ひどく恐縮した様子で話を切り出した。
「お嬢様、お話があるのですが……」
勉強の合間に、庭園の花を見て息抜きをしている時だった。
「どうしたの? マリー」
「会って頂きたい方がおりまして……」
「………?」
背の高いグラジオラスの陰からひょいと姿を現したのは、王立学園に入学するまで、私とルクスの家庭教師をしてくれていたキース先生だった。
「キース先生!」
「お久しぶりです。アイリス様」
相変わらず声がいい。
「突然どうされたのですか?」
尋ねる私の前で、キース先生とマリーが見つめ合う。
その温かな眼差しを見た瞬間、察した。
「もしかして……」
「はい、お察しの通りです。先日マリーに求婚したのですが、アイリス様のお許しがなければ結婚はできないと……。そこで、本日は結婚の許しを頂きに参りました」
「お嬢様、どうかお願いします」
頭を下げるキース先生とマリー。
「許すも何も……、そもそも私の許しなんていらないし、もし許しがいるのだとしたら、私は世界中に聞こえるくらい大声で言うわ。許すと!」
「ありがとうございます、お嬢様!」
マリーの顔がぱっと華やぎ、キース先生がほっとしたように息を吐いた。
「ところで、二人はいつの間にそんな関係に?」
「実は、以前マリーに卵パンのレシピを教えてもらったことがありまして……」
「はい。それ以来、屋敷で会うと声を掛けて下さって……」
二人は再び見つめ合う。
労わり合う、優しさに溢れた眼差しで。
「キース先生、マリーのこと、よろしくお願いします。それから……。マリー、今幸せ?」
マリーは、栗色の瞳を三日月の形にしながら、くしゃくしゃに笑った。
「はい、幸せです。とても幸せです」
それから数日もしないうちに、再び私を驚かせる出来事が起こった。
父の書斎に行くようにと執事長に言われ、父の書斎のドアを開けると、そこにはルクスとケイトの姿があった。
(ケイト? どうしてここに?)
「アイリス、君にも聞いてほしくて呼んだんだ」
そう言ったルクスの顔は、何時になく緊張して強張っている。
それから、仕事机に座る父に向き直ると、一つ深呼吸して話し始めた。
「彼女は王立学園のクラスメイトで医者の娘、ケイト・ベアールです。僕、ルクス・クロフォードは、将来彼女を妻に迎えたいと考えています。僕たちの婚約を承認して下さい」
「うん。わかった」
「……は?」
「えっ!?」
私の声とルクスの声が、同時に書斎に響く。
「本当にいいのですか? ケイトは平民ですが」
ルクスの訝しげな声に、父が顔を上げた。父の透き通ったペリドットの瞳が、ルクスとケイトを映す。
「ケイト君といったね。君、平民の医者と結婚した、ランプリング伯爵令嬢の娘だろ?」
「知ってたんですか!?」
ルクスが驚いた声を上げた。
私はといえば驚きすぎて声も出ない。どうやら、この中で知らなかったのは私だけらしい。
「その特徴的なローズピンク色の瞳は、ランプリング伯爵家に代々伝わるものだ。現在は隠居されているランプリング前伯爵夫妻は、孫娘をそれは大切にしていると聞いている。君は平民だが、祖父母の意向できちんとした教育を受けてきたのだろう」
ルクスとケイトが、嬉しそうに顔を見合わせる。
「しかし」
それを父の言葉が妨げた。
「いくらきちんとした教育を受けたとはいえ、君が平民であることに変わりはない。クロフォード家の次期当主が平民の娘を妻に迎えるとなれば、あれこれ言ってくる輩が必ず現れる。そこで一つ提案だ。ランプリング前伯爵夫妻がケイト君を養女として迎えてくれれば、ケイト君はランプリング伯爵令嬢としてクロフォード家に嫁ぐことができる。もちろん、書類の上だけの養子縁組だ。ケイト君とご両親の縁が切れることはない。どうだろうか?」
ケイトが、落ち着いた様子でそれに答えた。
「実は、今日こちらに婚約のお願いに伺うことを祖父母に話したのです。もしクロフォード伯爵様が納得して下さるのであれば、祖父母は喜んで私を養女にすると言ってくれました」
「それなら話が早い。早速顔合わせの日取りを決めないとな」
「ありがとうございます。クロフォード伯爵様」
「ルクスはまだまだひよっこだ。着飾るしか能のない貴族令嬢と結婚するより、君のようにしっかりしたお嬢さんと結婚した方が、ルクスの為、ひいてはクロフォード家の為になる。ところでケイト君、ランプリング家が所有するダイヤモンド鉱山だが、現当主の手に余っていると聞いている。もしよければクロフォー……」
「父さん!!」
父の言葉を遮るルクスの慌てた声が、書斎にこだました。
「はっはっは。まあ、その話は追々だな」
「……それでは、今日はこれで失礼します」
書斎を出ると、ケイトの華奢な体に思いっきり抱きつく。
「おめでとう、ケイト! ケイトがお義姉様になるなんてすごく嬉しい! 私、今なら月まで飛び上がれるわ!」
「ありがとう、アイリス」
普段表情があまり変わらないケイトが、はにかみながら微笑んでいる。
「ルクスもおめでとう!」
ケイトとは対照的に、心底疲れ切った顔をしたルクスが、首を項垂れて大きな溜め息をついた。
「アイリス、僕はあのタヌキ親父に、一生敵いそうにないよ」
「……ははは」
そんなルクスの言葉に、苦笑いするしかない私なのであった。




